経営に都合よく制度利用 「IT企業は残業代いらぬ」

東京新聞 2013年2月28日
   
裁量労働制の導入が広がる中、IT業界では経営者が都合のいいように制度を悪用するトラブルが後を絶たない。「IT企業は残業代が出ない」という誤った認識が、業界では半ば常識のようにはびこり、過酷な労働環境を生む温床になっている。(中沢誠)
 
「裁量労働制だから残業代は出ない」
 
神奈川県内のシステム開発会社に勤めていた四十代のプログラマーの男性は会社から採用時にこう説明された。
 
「情報処理システムの分析・設計」を統括するシステムエンジニア(SE)は、裁量労働制の対象だが、プログラマーは対象外だ。
 
実際の勤務は朝九時に出社し、上司の指示通りに業務をこなす。自分の裁量はほとんどないのに、無理な納期を強いられ、長時間労働が慢性化していた。入社三年後の二〇一〇年九月、過労からうつ状態になると解雇を言い渡された。
 
個人加入できる労働組合「プレカリアートユニオン」(東京)の清水直子書記長は「残業代を払わない口実に裁量労働制が使われている。中には、裁量労働制だと言いながら、労働基準監督署に届け出もしていない企業がある」と話す。
 
プログラマーの男性は会社と団体交渉し、二年分の残業代と退職補償金が支払われた。
 
清水氏は「裁量労働制といっても、上司の指示で仕事をしている人がほとんど。制度の適用を拡大すれば、ますます長時間労働がまん延する」と規制緩和の動きを懸念する。
 
裁量労働制の安易な適用には司法も警鐘を鳴らしている。

 
大阪高裁は昨年七月、三十代の元SEの男性に裁量労働制を適用したIT企業「エーディーディー」(京都市)に対し「適用要件を満たしていない」として、残業代など約九百万円の支払いを命じた一審判決を支持した。
 
会社は一日の労働時間を八時間とみなし働かせていた。会社側は元SEに「SEの肩書を付けとけば、残業代払わんでもいい」と言ったという。高裁はSEと言いつつ裁量の低いプログラミング業務やノルマのある営業活動まで課していたことから「不当」とみなした。会社は上告せず、判決が確定した。
 
元SEは過労でうつ病を発症し、労災も認定された。退職前の残業時間は最長で月百五十三時間。厚生労働省は〇三年、裁量労働制でも会社は従業員の健康に配慮するよう通達を出している。今回の高裁判決では、会社の安全配慮義務違反も認められた。
 
裁量労働制適用は、労使合意が必要だが、元SEは「勝手に労働者代表にされ、会社が一方的に決めた内容に署名させられた」と明かす。元SEの代理人だった塩見卓也弁護士は「裁量労働制なら時間管理しなくてもいいと誤解している経営者も多く、悪用の余地も大きい。労使で定めたみなし労働時間と実際の労働時間の乖離(かいり)が激しい場合は、適用を認めないといった規制が必要」と話す。

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