朝日デジタル 2014年5月24日
写真・図版:法案が可決され、散会後に祝福される寺西笑子さん(左)=23日、越田省吾撮影(省略) 。
衆議院厚生労働委員会で23日に可決された「過労死等防止対策推進法案」は、「過労死や過労自殺をなくす」という目標をはっきりさせ、防止策について「国の責任」と明記したことに大きな意味がある。過労死の主因である長時間労働を抑える具体策に結びつけることが、次の課題だ。▼3面参照
「職場は違っていても、まじめで責任感が強い優秀な人が、長時間、過重労働で心身の健康を損ない、過労におちいり、命を奪われている実態があります」
この日、委員会で意見を述べた「全国過労死を考える家族の会」代表の寺西笑子さん(65)は、1996年2月に夫を失った。京都市内の和食レストランの店長だった。長時間労働やパワハラに苦しんだ末、不本意な異動を告げられて、投身自殺した。
「(社会問題化して)四半世紀続いた過労死をなくし、明日にでも過労死するかも知れない命を、一人でも多く救うために」。過労死防止法の成立を求める理由を、こう説明した。
今回の法案が定めているのは、国による過労死の調査研究。労働時間を制限したり、過労死を出した企業への罰則をもうけたりするなど、企業活動を直接規制する内容は入っていない。このため、与党や経済界からも強い反対はなかった。
しかし、寺西さんらと法制定を求めてきた森岡孝二・関西大学名誉教授は「日本の労働立法の歴史を塗り替えるもの」と高く評価する。調査研究の結果、必要に応じて法律を改正することが定められており、今後の過労死対策の足がかりになる可能性があるからだ。
過労死問題が注目されるようになったのは80年代後半。当初は脳や心臓の病気が主な原因で中高年の問題と考えられた。最近では若者を使い捨てにする「ブラック企業」での過労自殺が目立つようになった。
問題の深刻さは変わっていない。2012年度の統計では、脳や心臓の病気で労災に認定されたのは338人で、2年連続で増えた。精神障害による認定も3年連続で過去最高を更新している。しかも、この数字は、客観的な証拠があり、行政の基準を満たした場合だけで、問題の氷山の一角に過ぎない。
政府は現在、どんなに働いても賃金が一定になる働き方を検討している。これは、残業代を企業に負担させることで、長時間労働を規制している唯一の枠組みをなくそうというものだ。労働組合などの「残業代ゼロ」という批判に対し、経済界は「米国で当たり前のことがどうしてできないのか」と反論する。
しかし、労働市場や企業文化の違いを抜きにして、議論することは危険だ。11年度の統計では、長時間労働(週50時間以上)の人が雇用者全体に占める割合が、日本では3割を超えており、アメリカ(11%)、イギリス(12%)、フランス(9%)など、欧米諸国を大きく上回る。
法案の趣旨を生かし、長時間労働を効果的に抑える方法を考えるのが先だ。
(編集委員・沢路毅彦)