持ち帰り残業月82時間… 自殺の英会話講師に労災認定

朝日デジタル 2014年11月6日
写真・図版:女性が自宅で作成したレッスンの教材など(省略)

 大手英会話学校の講師だった女性(当時22)が2011年に自殺したのは、長時間の「持ち帰り残業」が要因だったとして、金沢労働基準監督署が今年5月に労災認定をしたことがわかった。女性は一人暮らしのため自宅の作業量の裏付けが困難だったが、労基署は女性が作った大量の教材などから作業時間を推定する異例の措置をとった。過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が今月施行されたこともあり、女性の父親は持ち帰り残業の問題性を広く訴えたいとしている。

 女性は11年春、子ども向け英会話学校を各地で展開する運営会社「アミティー」(岡山市)に入り金沢市の学校で勤務。実家がある大阪府を離れて暮らしていたが、同年6月に自宅マンションから飛び降り自殺した。生前、持ち帰り残業の多さを聞いていた父親が労災認定を申請した。

 労基署の資料や代理人弁護士によると、労基署は、女性が入社後約2カ月間で主に自宅で作成した文字カード1210枚、絵入りカード1175枚の教材に着目。丁寧にイラストなどがあしらわれ、担当者が作ってみたところ、1枚につき29秒〜9分26秒かかったという。これをもとに1カ月の持ち帰り残業時間を82時間と推定し、学校での残業を含めると111時間を超えたため、女性が長時間労働でうつ病を発症したとして労災を認定したという。

 残業状況を巡り会社側と遺族側の主張に開きがあったことから、労基署はこうした立証方法をとったとみられる。持ち帰り残業が要因の自殺が労災認定された例は過去にもあるが、問題に取り組む弁護士らによると、残業の裏付けは同居の家族の証言などが中心になるという。

 アミティーは「イーオンホールディングス」(岡山市)のグループ企業で、朝日新聞の取材に「会社としては、持ち帰り残業などで過酷な勤務だったとの認識を持っていなかったが、改めてお悔やみを申し上げたい。従業員の業務を軽減する取り組みに一層力を入れたい」としている。

■自殺直前、メールで苦しさ訴え

 「家帰っても全力で仕事せないかんの辛(つら)い……」。女性(当時22)は自殺の直前、知人や同僚にメールを送り、持ち帰り残業の苦しさを訴えていた。

 女性は英語が得意で、「子どもたちに教えたい」と講師になった。入社後約10日でレッスンを担当し、レッスン計画や教材などの作成に追われるようになった。大阪府に住む父親(63)にも電話で、「仕事の段取りが遅すぎるとしょっちゅう叱られる」「学校に行くのが怖い」と泣きながら相談がくるようになり、心配した母親がマンションを訪ねたことも。ゴールデンウイークに帰省した際は、両親も女性の教材作りを手伝った。父親は「新人で仕事の流れを覚えるだけでも大変だったのに大量の教材作成を求められたようだ。無理にでも辞めさせていれば……。悔しさは決して消えないが、今回の労災認定の意味を広く訴えたい」と話す。(阪本輝昭)

■「心の病」過去最多の申請

 過労死防止法は今月1日に施行され、過労死を防ぐ対策を「国の責務」と明記した。政府は具体的な対策づくりに乗り出す。

 厚生労働省によると、働き過ぎなどの要因で「心の病」を発症したとして労災申請をしたのは、昨年度は過去最多の1409人。436人が労災認定を受け、このうち自殺や自殺未遂の人は63人だった。

 東京都の2008年度の調査(無作為抽出の企業と従業員が対象)では、持ち帰り残業が一部または多くの職場であるとした回答は23・3%あり、教育・学習支援業に限ると35・9%にのぼった。労働問題に詳しい森岡孝二・関西大学名誉教授(企業社会論)は「塾などは授業準備に時間がかかり、持ち帰り残業が増える傾向にある。だが労災申請は、労働実態の証明や証言が必要なためあきらめる人も多い。企業側の一層の自覚と取り組みが必要だ」と指摘する。

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