http://mainichi.jp/articles/20160112/k00/00m/040/054000c
毎日新聞2016年1月11日
1954年に太平洋ビキニ環礁で米国が実施した水爆実験で、静岡県のマグロ漁船「第五福竜丸」以外に周辺海域で操業していた漁船に乗り組み、後にがんを発症した高知県内の元船員や遺族が、船員保険の適用による事実上の労災認定を求め、全国健康保険協会船員保険部に集団申請する方針を固めた。病気と被ばくの因果関係を主張して補償を求める。元船員らを支援している市民団体「太平洋核被災支援センター」(高知県宿毛市)によると、10人前後になる見通しで2〜3月の申請を目指す。第五福竜丸の元船員以外に船員保険の適用例はなく、認められれば救済の拡大につながる期待がある。
同センターや「ビキニ被災検証会」など高知県内3団体と、第五福竜丸元船員の保険申請に携わった聞間元(ききまはじめ)医師(71)=浜松市=が10日から元船員らを訪問して意向を確認。3団体や弁護士らは11日に高知市で会合を開き、元船員らの「救済検討チーム」を設立した。
ビキニ水爆実験の被害を巡っては、1955年に米国が日本に200万ドル(当時で約7億2000万円)の「見舞金」を支払い政治決着した。第五福竜丸の元船員には1人200万円が分配されたが、他の船の被害については実態解明すらされていない。
2014年9月には厚生労働省が同センターの請求に対し、第五福竜丸以外の被ばく状況を調査した文書を初めて開示した。ただ、当時の船員が浴びた被ばく線量は微量で、健康に影響する国際基準を下回るという見解だ。一方、岡山理科大の豊田新教授(放射線線量計測)らは同年、現場の東約1300キロで遭遇した元船員の歯のエナメル質を調査し、最大414ミリシーベルトを計測したと報告した。これは広島原爆の被爆者が爆心地から1.6キロで浴びた線量に匹敵するという。
原爆被害では、被爆者援護法は爆心地から3.5キロ以内で被爆したなどの条件を満たす人が、がんなど特定の病気になると「原爆症」と認める仕組み。原発作業員の場合、年間の被ばく線量を加味して被ばくと病気の因果関係が認められれば労災認定される。
ビキニ水爆実験に遭遇した元船員には救済制度はないが、第五福竜丸の元船員が船員保険の適用を受けた例がある。申請に当たっては豊田教授らの調査結果などを示す考えで、聞間医師は「保険適用の可能性は十分にある。元船員や遺族の長年の苦しい思いを少しでも晴らしたい」と話す。多数の船が被害に遭ったとされる高知県内には数百人が存命しているとされ、同県は昨年、元船員を対象にした健康相談を実施した。
同県室戸市のマグロ漁船「第二幸成丸」で実験に遭遇し、胃がんを発症した桑野浩(ゆたか)さん(83)=高知市=は「これまで政府は無関係を通してきた。救済手段があることも知らず、あきらめの気持ちが強かった。事件を風化させないためにも協力したい」と語る。【最上和喜】
【ことば】ビキニ水爆実験
米国が1954年3月1日〜5月14日、太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁を中心に実施した6回の核実験。初回に東方約160キロの危険区域外にいた第五福竜丸が放射性降下物(死の灰)を浴びて被ばく、乗組員23人のうち無線長の久保山愛吉さん(当時40歳)が半年後に死亡した。日本船は広範囲で被災、漁獲物を廃棄するなどした。厚生労働省は「当該海域に延べ1000隻、(2回以上被災した船もあり)実数550隻程度と言われる」とし、1隻当たり約20人、実数で約1万人が影響を受けたとみられる。