東京都、都立高校図書館で“偽装請負”蔓延か…労働局が調査、ノウハウない事業者に委託
2019.09.14 ジャーナリズム
https://biz-journal.jp/2019/09/post_118349.html
文=日向咲嗣/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】パナソニック, キヤノン, 偽装請負, 東京労働局
「Getty Images」より
2015年5月21日、東京労働局・受給調整事業部が突然、ある事業所へ調査に入った。
悪質なケースでは刑事告発も辞さない姿勢で、違法な派遣事業者を指導することで知られている同局が調査対象にしたのは、民間企業ではなかった。公的機関であり、なおかつ教育現場でもある、東京都立高校に設置された学校図書館だった。
いったい、学校図書館でどのような違法行為が行われたのだろうか。取材を進めてみると、意外な事実が次々と明らかになった。
学校図書館の民間委託について調べていた筆者は、事件の全容が詳細に書かれた文書を6月下旬に入手。そこからは、4年前に都立高校が民間委託していた学校図書館の運営において、「偽装請負」と呼ばれる違法行為を労働局から認定されたうえ是正指導までされていたことが判明した。関係者への取材によっても、その事実は確認できたのだが、なぜか当時、この件に関するメディア報道はなく、密かに闇に葬られたかのような不祥事だった。
都立高校では、11年度から学校図書館の運営を民間企業に委託する事業をスタート。15年には、すでに全体の約3分の1にあたる80校が学校図書館を民間企業に委託していたのだが、この日の調査は労務管理上の違反疑惑についてだった。
都側の報告書から、調査当日のやりとりを詳しくみていこう。
2015年5月21日に東京労働局が都立高校に調査に入ったときの事務連絡
業務委託の実態
東京労働局の指導官2人が某都立高校を訪問したのは午後2時。資料提出は30分で終わり、2時30分からは都の関係者に対する事情聴取が始まった。出席者は、労働局側が指導官2名なのに対して、都側からは9名、うち2名が担当教諭である。
やりとりの詳細については、別記事を参照していただくとして、ポイントを解説したい。「委託範囲は?」「本の購入は?」「業務従事者の人数は?」など、指導官からの事実関係を確認する質問に都側は淡々と回答している。急に歯切れが悪くなったのは、請負会社スタッフと担当教諭とのミーティングに関する質問が出てきたあたりからである。該当部分を引用する。
労働局「ミーティングの目的は? こちらに報告されている議事録の内容を見ると、次回のミーティングの日程も決めているようだが」
都立高校担当者「学校担当では詳細な事までは確認できていない。このあと、司書教諭に確認してみる」
都側が少し慌てているかのような印象を受けるのは、回答次第では違法行為だと指弾されかねない質問だったからだ。
そもそも、学校図書館の運営が「業務委託」という契約ならば、仕様書に記載された範囲の業務について、具体的に誰がどのように進めるかは、受託者に完全に任されているはずだ。現場で、担当教諭が請負会社のスタッフと緊密に打ち合わせをしたり、あるいは担当教諭が直接、請負会社のスタッフに指示命令を出す行為は、固く禁じられている(労基法6条、職業安定法44条)。そうしたことが可能なのは、一定の要件を満たした事業者に許可されている労働者派遣業のみであって、無許可の「業務請負業」では許されていない。
そうでないと、なんのノウハウも持たず、自社で採用した労働者を他社に派遣して、その給料をピンハネして稼ぐ悪徳業者が巷に溢れかえるからだ。
見逃しがちだが重要なのが、労働局指導官の「こちらに報告されている議事録の内容を見ると」という発言だ。一般的に、労働局がなんの証拠も持たずに突然、事業所に調査に入るとは考えづらい。このようなケースでは、内部告発者が資料を揃えて当局に提出していることも珍しくない。
今回のケースでも「こちらに報告されている議事録の内容を見ると」とした労働局は、議事録の現物を動かぬ証拠として、すでに持っていることを示唆している。手の内を明かしているわけだ。「今さら言い逃れしようとしてもムダだよ。こっちは全部つかんでいるんだから」とでも言いたげな雰囲気である。それに対して、都側は即答を避け「司書教諭に確認してみる」と留保しているのも興味深い。
このあと、労働局の指導官は、畳みかけるように都側の行為を追及している。ここでの注目ポイントは、「従事者とのミーティングの実施頻度は?」という質問に対して、都側が再度、司書教諭にヒアリングして回答した部分である。回答の要旨は、以下の通りである。
「業務委託者(請負業者)からの要望により、互いの意見程度の認識でしていた」
「生徒指導は司書教諭が行うため、生徒とのやりとりの確認や図書館の利用マナーについて報告等があった」
「出席者は、司書教諭と従事者の代表の2名」
「実施頻度は、行事前など多い時で1週間に1回、通常は月に1回程度で、時間は 15分程度。長い時は1時間程度と記憶している」
「従事者とのミーティング」の部分を正直に答えると、偽装請負と指摘されかねないという認識は、都側にもあったはずだ。だからこそ、「担当に確認する」として一度は回答を留保して、あとから慎重に回答しているのだろう。
また、「議事録」について聞かれると、「“メモ”のみで、(議事録は)作成していない」とし、そのメモも「提出されていない」と答えている。議事録の提出・保管については否定してはいるものの、「メモをした」ことは認めている。メモがあるのならば、それが実質的に議事録とみなされかねない。そのため「提出されていない」と答えた可能性もある。
そのほかに従事者との関わりがあるかを聞かれると、「『図書だより』の作成を毎月依頼し、内容を確認。校内決裁をするため、細かい修正等を依頼している」と回答。その際、司書教諭は「主に生徒指導や図書委員の活動、選書リストの確認等。選書リストは必要に応じて訂正等を依頼している」と説明した。
この「修正を依頼する」との発言が、業務責任者を介在しない現場レベルのやりとりだとしたら、「完成品を納入する」という業務請負業の範囲を完全に逸脱していることになる。つまり、もはや「請負」ではなく、無許可の「派遣」である。
偽装請負で違法な“派遣”が横行
正式な是正指導書は後日出されているが、都側の報告書に記載した「労働局の意見」の結論部分のみを抜き出してみる。都が労働局から“偽装請負”の疑いを指摘されたのは、以下の3点だった。
(1)「図書だより」では、校内決済により学校側が修正指示を出しており、受託会社の独立した業務とはいえない。
(2)従事者(請負会社のスタッフ)とのミーティングにおいても、司書教諭と連携しており、議事録のような書類を残していると、(それが学校側の)間接的な指示となっているととらえかねない。
(3)業務内容を変更できる者(請負会社の責任者)が現場にいて、従事者への指示命令が取れる体制があれば、発注者との調整は可能である。逆にいえば、本件では、責任者が現場にいないケースが多いため、合法的に高校側の依頼を伝えて調整したとはいいがたい。
請負会社のスタッフは、独立して発注された業務を完了させるべきで、現場で請負先社員と詳細な打ち合わせをしたり、その指揮命令の下で、業務の完成前に修正を求めたりしてはならない。しつこいようだが、それができるのは労働者派遣業だけだ。
ささいなことのようにも思われるが、この「偽装請負」こそが、今から13年前、キヤノンや松下電器産業(現パナソニック)など、名だたる国内製造業の現場で次々と違法行為として摘発されたときの罪状名である。
当時、朝日新聞が偽装請負追及キャンペーン報道を大々的に展開。翌2007年2月には国会に飛び火し、「労働行政の根幹にかかわる重大事」として、厚生労働大臣が野党から集中砲火を浴びたほどの問題である。
2006年7月31日から偽装請負追及キャンペーン報道を始めた朝日新聞。国内製造業での違法実態が明るみになったこの報道は「7.31ショック」と呼ばれ、国会にも飛び火した。
本来、都立高校の司書教諭が担当するべき学校図書館司書の担当業務を、民間企業に委託している実態は、調べれば調べるほど高校側の無責任さが浮き彫りになる。
委託会社のスタッフの待遇は、司書資格者であるにもかかわらず、ほぼ最低賃金水準。そのうえ委託自体が単年度契約のため、更新なしの1年ごとの有期雇用。期間満了時には、容易に“解雇”可能。現実に、受託会社が翌年度落札できなければ契約終了となる。勤務時間数は原則1人当たり週30時間未満で、社会保険も加入しないケースが多い。
東京都は、違法に“派遣”された労働者を使って、低コストで学校図書館を運営しつつ、雇用責任は取らない。当時、事業者は、ほぼ落札価格のみで決定され、委託会社のノウハウや現場で働くスタッフの雇用条件などは一切考慮されていなかった。
受託企業の顔触れをみると、図書館運営の専門企業は1社もなく、ビル管理業や清掃業など異業種から参入してきた事業者ばかり。そのためか、司書を仕様書通りに配置できずに、始末書を提出するという不祥事が後を絶たない。そんな惨状が報告書によって明らかになっている。
“雇用破壊”の象徴として論議を呼んだ“偽装請負”が、ついに学校図書館という教育現場まで波及していることに、教育関係者なら少なからぬ衝撃を受けるはずである。
それにもかかわらず、都立高校における偽装請負事件がほとんど報道されなかったのは、なぜなのか。この点については、次回詳しく紹介したい。
この事件は、不適切な民間委託による公務の極端な質の低下と、現場スタッフの劣悪な労働条件の問題をあぶり出しているといえる。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)
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