森岡孝二「サマータイムは食べてはいけない毒饅頭」

各紙の報道によれば、夏季に時計の針を1時間進めるサマータイム(夏時間)制度の導入に向けてにわかに動きが強まってきた。2004年に発足した自民、民主、公明、国民新各党議員らの「サマータイム制度推進議連」が休眠状態から覚めて、同制度の導入のための法案を今国会に提出することを決めたという。法案が通れば、2010年から毎年3月の最終日曜日に時計の針を1時間進め、10月の最終日曜日に元に戻すことになる。

5月24日の「朝日新聞」天声人語子は、日没が1時間遅くなれば、まだ日高いのに「お先に」とはいかず、残業を強いられる心配もある言いながら、サマータイムは省エネに役立つ「天然の照明」で、真夏には「天然の冷房」の効果もあるという理由から、「一度食べて判断する」ことを薦める。

中央環境審議会地球環境部会は、すでに2001年に京都議定書の締結に向けた国内制度の在り方に関連して、地球温暖化対策の一環として、サマータイム制度の導入を建言していた。このたび、上述の推進議連が急に制度化を言い出したのは、いうまでもなく、地球温暖化問題が重要なテーマとなる北海道洞爺湖サミットを計算に入れてのことである。

しかし、始業時刻はあっても終業時刻はないに等しい日本の企業社会において、サマータイムが実施されれば、期間中は始業時刻が一時間早まるが、終業時刻は実施前とあまり変わらず、その分だけ実労働時間が長くなる恐れがある。閉店時間を遅くするかたちで営業時間を延長してきた小売業やサービス業では、開店時間を早める方向での営業時間と労働時間の延長が起こるであろう。そういう恐れのあるサマータイム制度は導入するべきではない。

中世においては教会や封建領主が時間を支配していたが、資本主義になると時間の決定権が資本家に握られ、工場の時計は、朝は早められ、夜は遅らされることがしばしば生じた。イギリスでは産業革命の時代には労働時間は週75時間から90時間にも達した。これを昔のことと言ってすませることはできない。

5月25日の厚労省発表によれば、過労が原因の脳・心臓疾患で倒れて労災認定された人は、昨年度、392人で過去最悪となった。そのうち108人(4人に1人)は過労で倒れる直前に月120時間以上の残業をしていた。これは平日に毎日、6時間以上の残業をしている計算になる。過労死認定基準の2倍にあたる月160時間以上の残業をしていた人も35人に上る。これは氷山の一角に過ぎないとはいえ、異常に長時間の早出、居残り、休日出勤が常態化していることを物語っている。言ってみれば、日本の会社の時計はいまでも、朝は早められ、夜は遅らされ、それによって過労死・過労自殺が多発しているのである。

こうした現状があらためられないかぎり、サマータイムは働く人々の命を奪う毒饅頭となりうる。戦後一時期導入してすぐにやめてしまった経過からも、毒饅頭は、餡が美味しそうだからいってうかうか食べてはいけない。

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