2012年1月24日 東京新聞朝刊 本音のコラム
過労死をなくそう
鎌田慧
「全国過労死を考える家族の会」や弁護士さんなどが中心になって、過労死防止の基本法制定をもとめる署名運動がはじまった。わたしはこの運動に大賛成で ある。
昨年十一月、大阪地裁は過労死をだした企業の名前を公表せよ、という過労死遺族の行政訴訟を認めた。過労死をさせるような会社は、非人道的な会社である。と世間に知らしめるのはいいことだ。そうでもしなければ過労死はなくならない。人道主義的な会社では過労死などありえない。
人間は生きるために働いている。しかし、仕事によって死ぬなら本末転倒だ。もしも、それが事故死だったらだったなら、会社が安全装置の設置をサボっていたからだ。過労死は余剰な労働の押しけだから、無作為というのではない。強制なのだ。
ところが、それでも遺族の訴えが認められないとしたなら、それはあなたの夫や妻や子どもは、勝手に働きすぎて死んだのです、ということになる。だれも死ぬほど働きたいとは思わない。
歯止めなく働かなければ、追いつかないほどの仕事が与えれているのは、拷問である。有名大企業でも、過労死がなくならないのは、チェック機能としての労組が弱体化しているからだ。過労死は社内民主主義のレッドカードである。
法制化とは過労死や過労自殺を、個人の責任にせず、社内問題にすることだ。(ルポライター)