中日新聞 暴言自浄なき列島

 【中日新聞・特報】2013年5月22日

首相、東京都知事に大阪市長。昨今、日本とその東西を代表する人物の「暴言」が相次いで非難された。発言内容からは当然ともいえるが、問題の所在はもう一段深そうだ。というのも、いずれの発言も海外のメディアや政府の指摘により「炎上」したからだ。一磁を返せば、国内の自浄作用は働かなかった。私たちメディアの責任もあるだろう。原因と改善策を識者の皆さんに聞いた。
 (上田千秋、小坂井文彦)
 
識者 「歴史観 世界に通用しない」
 批判は「外圧」頼み
 
安倍晋三首相の「侵略の定義なし」、東京都の猪瀬直樹知事のイスラム圏批判、大阪市の橋下徹市長の「慰安婦容認」の各発言は、いずれも米国などの政府やメディアに批判され、瞬く間にトーンダウンした。

ただ、その引き下げ方は、内容の是非より「国益を損ないかねない」という政治判断の色合いが濃かった。先月の国会議員らによる靖国神社集団参拝でも、議論は中国や韓国との外交上の損得レベルに集中、かつて問われた政教分離や戦争責任は論点になっていな各発言に対する印象について、心理学者の小倉千加子氏は「国民意識の変化」が背景にあるとみる。「尖閣諸島や北朝鮮問題などで、多くの人が防衛や憲法改正などに関心を深めている。そういう土壌が安倍発言などにつながったのでは」

東京大の高橋哲哉教授(哲学)は「(発言した政治家らは)国際的に適用しない歴史観、人権意識しか持っていないと感じた。国内では威勢がよくても、その発言で逆に彼らが大切にする国益を損ねている」と話す。

神戸女学院大名誉教授(フランス現代思想)の内田樹氏は「発言に新味はないが、米国の反応は変わった。日本の憲法には、米国の統治理念の模範解答が盛り込まれている。それを批判するのは米国の政治理念、建国理念も否定するに等しく、容認できない。加えて、尖閣問題などで、安倍政権の暴走を抑制しておきたいという思いがある。

日米安保条約に基づいて後始末をせざるを得ない米国は、対立の激化を望んでいない」と語る。

民族派団体「一水会」顧問の鈴木邦男氏は「戦争をしないことが政治家の最大の仕事ということを忘れている。『本音を言っている』といった形で、国民受けを狙っているのだろうが、卑しい根性だ」と切り捨てた。
 
★選挙ありき
 
では、今回の問題がなぜ「外圧」でしか、焦点にならなかったのか。

内田氏は「政治家は選挙しか考えなくなり、マスコミもそれを許してきた。世界でも例外といえる経済的繁栄と平和が続き、日本人は国際社会の中で自分たちをどう位置付けるか考える習慣をなくしてしまった」と指摘する。

鈴木氏は「実際には、国民は外圧もあまり気にしていないのでは。国民も政治家も外国の反応に鈍感になった。結局、日本が外国に対して対応できていたのは、捕虜の扱いもきちんとした日露戦争までだ。文明国と見られるため、背伸びをして頑張った。それは誇りだったが、今はおごりになっている」と考える。
 
★過ち学ばず
 

「現代史を学校で教えてこなかった。過去の温ちを直視せず、臭いものにふたをしてきた」ことの帰結が外圧頼みの現状だ、と高橋氏は語る。

 「ナチスを体験したドイツも、一九六0年代までは政治家の妄言が多かった。七0年、当時のプラント首相がポーランドのユダヤ人ゲットー跡地でひざまずいた際には、独国内で批判を浴びた。それでも、ひるまない政治家たちがいて教育を積み重ねてきた。日本がこれまで何とかなっていたのは、戦争を体験した政治家たちがいたから。体感として、日本はひどいことをしたと意識していた。現在の政治家は歴史を学んでいない」

千葉大の酒井啓子教授(イラク政治)は「日本は欧米こそが国際社会と認識する一方、戦後は関係修後のためにアジアの一国であることも強く意識してきた。だが、冷戦が終わり、国連平和維持活動(PKO)などの国際貢献を求められるようになり、立ち位置が混乱している。中韓との距離感を失い、米国に強く言われたら屈してしまう。それが外圧の構図ではないか」と分析する。

働く女性の増加で、女性が社会運動に携わる余裕をなくしている点に注目するのは小倉氏だ。
 「従軍慰安婦の問題で従来、真っ先に声を上げたのがフェミニスト。ところが、二十年ぐらい前に比べると、比較的時間に余裕がある専業主婦層が少なくなり、活動できる人が減ってきた。それに加え、フェミニストの中でも主張するテーマが多様化し、一つにまとまりにくくなっている」
 

改善に特効薬なし
 
こうした状況に特効薬など求める方が無理かもしれないが、さりとて放置はできないだろう。改善策はないのか。

高橋氏は「国内のメディアが権力に腰が引けていることが問題」と批判したうえで、「日本は戦後の東アジア情勢に甘やかされてきた。その後、韓国が民主国家になり、中国では中産階級が育った。従来、抱いていた優越意識ではなく、対等な相手として協調していくしかない」と説く。

酒井氏も「戦後、日本は周辺諸国に政府開発援助(ODA)をばらまき続け、対等な振る舞いが身についていない」と問題点を挙げつつ、「日本の政治家には、どのカードを切ったらどうなるかといった国際政治の感覚が鈍い。政治家の発言は全て翻訳されて、ネットで世界を駆け巡る時代。内向き志向だとか、個人的な発言とかは適用しない」と断言した。
 
もっと声上げて/謙虚さが必要
 
小倉氏は「図書館に通い、新聞も読み、政治や社会に対する意識が高い」という団塊世代の男性に期待する。「時間とお金を持っているのは会社をリタイアした人たち。彼らの中から新しいオピニオン、動きが出てくるかもしれない」

一方、民族派の鈴木氏は「黙っている人がもっと声を上げなければ。マスコミもおかしいという声を取り上げてほしい」と注文する。「日本はある程度、自虐史観でいった方がよい。日本はもともと謙虚な国。いまは謙虚さを取り戻すことが大切だ。それに売国奴と呼ばれて殺される覚悟を持って正しいことを行う人が、本当の愛国者だ」 内田氏は冷静にこう提言した。「正解や特効薬はない。戦後六十八年、近代百五十年かかってつくり上げてきた日本のシステムは、そんなに簡単に変わらない。とりあえず、直近の参院選などで各人それぞれが考えて、よりましな選択肢を選んでいくしかない。

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