「毎日新聞」 Viewpoint:橋下市長は職員調査命令撤回を=ローレンス・レペタ

毎日新聞 2012年3月3日 東京朝刊

◇Lawrence Repeta(明治大学法学部特任教授)
 
大阪市の橋下徹市長は2月、市職員へのアンケート調査で、労働組合活動や支持する政治家などに関する個人情報を強制的に答えるよう命じた。命令が許されるのならば日本の民主主義社会にとって大きな後退になるだろう。
 
米国史に詳しい人なら、プライバシーや結社の自由に対する同様の攻撃があったのをご存じだろう。最も有名なのは1950年代にマッカーシー上院議員らが率いる米上院小委員会が俳優や作家、学者らの政治歴を調べた例だ。共産主義が米国を席巻するという恐怖感から行われ、後に「赤狩り」と呼ばれた。
 
職員への調査で、橋下氏は「正確な回答がなされない場合には処分の対象となりえます」と述べたが、マッカーシー議員らの調査を拒否した人たちも処罰によって脅かされた。多くの作家や大学教授が政治信条や政治活動の秘密を守る憲法上の権利を主張して、仕事を失うなどした。
 
ブルックリン大学教授だったハリー・スロックアワー氏は52年に小委員会に呼ばれた。共産党員だった過去について証言を拒否し大学を解雇されたが、憲法で保障された権利を侵害されたとして提訴。56年、米連邦最高裁は解雇を違憲とする判決を下した。
 
同じころ米南部では黒人に平等な権利を求める公民権運動が始まっていた。55年、アラバマ州でバスに乗っていた黒人のローザ・パークスさんが黒人用に分離された座席への移動を拒否し逮捕された。
 
パークスさんは全米黒人地位向上協会の会員だった。アラバマ州政府は協会に会員名簿の開示を求めたが、会員への暴力や嫌がらせにつながると恐れた協会は拒否した。州政府は協会を提訴した。
 
58年の連邦最高裁判決は全員一致で、結社の自由が民主主義社会に不可欠な権利だとし、「結社の自由を保つためには多くの状況でプライバシーを守ることが必要だろう」と指摘した。判決は個人情報の保護における画期的な出来事として称賛されている。
 
「公権力の乱用からの個人情報の保護」は簡単に実現したわけではない。スロックアワー氏やパークスさんといった個人の勇気のおかげで米国人は今日、憲法上の権利を享受しているのだ。この歴史を考慮すれば、橋下市長の命令は衝撃的だ。日本が民主主義社会だと認識しているのなら、橋下市長は直ちに命令を撤回すべきだ。【訳・秋山信一】
 
◇大阪市職員の政治・組合活動調査
 
昨年11月の大阪市長選で市職員の労働組合が前市長を支援した疑いがあるとして、市が2月10〜16日に市職員約3万5000人にアンケートを実施。記名式で特定の政治家の応援や組合活動への参加の有無などを尋ね、非回答の場合は処分を検討するとした。労組側が不当労働行為に当たると申し立て、大阪府労働委員会は、府労委が結論を出すまで調査を中断するよう勧告。市側は月内に結論が出なければ、アンケートを廃棄するとしている。
 

毎日新聞 2012年3月3日 東京朝刊

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