「毎日新聞」 シルバー人材センター、就労時負傷は実態重視で=龍谷大学法学部教授・脇田滋

毎日新聞2012.10.25  オピニオン これが言いたい

◇労災保険適用で救済を
定年後などの高年齢者が働くシルバー人材センターで仕事中に負傷した人の医療負担が問題になっている。労災保険と健康保険の制度の隙間(すきま)に追い込まれたケースが出ているためだ。問題提起を受け、厚生労働省は健康保険適用の方向で結論を出すと一部で伝えられている。

  同省所管のシルバー人材センターは原則として市区町村単位に置かれ、都道府県知事の許可を受けた社団法人が運営する。最近問題になったケースでは仕事中に負傷したAさん(70)が61万円を超える高額の医療費負担を強いられた。

 「業務上の傷病」であれば労災保険が適用される。ところが同センターを介した就労者は「労働者」ではないとの理由で労災保険給付を受けられなかった。

  それだけではない。Aさんは娘さんの「被扶養者」として健康保険の適用があるとも思っていた。だが、健康保険は「業務外の傷病」を対象とするので「業務上の傷病」は対象にならないとされたという。厚労省の二つの担当部局がAさんを「制度の隙間」に追いやったのだ。

厚労省は、国民すべてに漏れなく医療保険を適用する「皆保険」政策を基本としてきた。戦前は健康保険が業務上・外の傷病を区別なく対象としたが1947年、業務上の傷病を対象とする労災保険が健康保険から独立して役割を分担した。労災保険の対象外ならば健康保険の対象になると合理的に解釈し、今回のような漏れをなくすべきである。

  かつて、中小企業の社長で従業員と同様に働く人の「業務上の負傷」が問題になった。社長は労働者ではないので原則として労災保険が適用されない。他方、今回と同様「業務上の傷病」なので健康保険の適用がないとされた。

ところが国民健康保険適用の個人経営事業主は業務上・外の区別なく医療が給付されており、事情は似ているのに扱いが大きく違っていた。03年7月、厚労省保険局長は「5人未満の事業所に所属する法人代表者など、一般従業員と異ならない労務に従事している者」については健康保険による保険給付の対象とすると通達した。

  同省が検討しているとみられる解決方向はこれと同様な現実的解決策であり、同省自身が推進してきた「皆保険」の理念に基づく最低限の責務とは言える。

  しかし、Aさんをはじめシルバーセンター会員のほとんどは、その実態が労働者であり、「業務上の傷病」として労災保険を適用することが必要である。政府は人材センターを介した就労は、委託・請負の形式の「生きがい」目的であって雇用労働者のみを対象とする労災保険は適用されないとしてきた。だが、高齢者の多くは年金給付が不十分な中で生活のため就労しているのが実情だ。そして、企業の中には、同センターの高齢者を低賃金労働力として経費削減のため利用している例も少なくない。

  危険な剪定(せんてい)・伐採作業も多く、転落・転倒で高齢者が負傷する事例が続出している。多い年には約6000件もの事故が発生し、重篤事故も多い。08年には死亡者44人と報告され安全就業が大きな課題となっている。腕や指を失う事故で高額の損害賠償が支払われた事例、国の労働保険審査会が就労実態から「労働者性」を認め労災保険適用を命じた例もある。

  国際労働機関(ILO)は06年の勧告で、就労の実態に基づいた労働者保護の必要性を再確認している。政府はシルバー人材センター就労者を名目や形式ではなく、実態に基づき労働者として保護し、労災保険を適用すべきである。

 ■人物略歴
◇わきた・しげる
労働法、社会保障法を専攻。著書に「労働法の規制緩和と公正雇用保障」(法律文化社)など


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