大口耕吉郎 生活保護法の改悪の狙いは何か

社会保障制度改革推進法と生活保護法の改悪の狙いは何か

 抜き打ち的な法律の「改正」

 昨年夏、民主・自民・公明が社会保障制度改革推進法を成立させた。第二次安倍政権はこの推進法に基づき、生活保護を改悪しようとしている。その改悪は、?生活保護基準の引き下げ、?就労指導の強化、?扶養できない親族に説明責任を課す、?「不正手段」の厳罰化などである。さらに同内閣は今年5月に生活保護法「改正」を閣議決定した。現在委員会で審議中である。

「改正」案は、主に?申請のハードルを今まで以上に高くし、?扶養義務の強化によって生活保護の利用に制限を加えるというものだ。

 申請権の問題

 現在、申請は口頭でもできる。生活保護法施行規則第2条には申請の3要件が明記されている。申請3要件とは、住所・氏名・申請理由(例えば「生活ができません」など)であり、もし、福祉事務所が生活保護の申請用紙を渡さなければ、市場のチラシでもよい。このことは厚労省でも認めている。

 ところが今回の法律「改正」案は、申請時に住所・氏名はもとより、資産・収入の状況、就労・求職活動の状況、さらには扶養援助の状況などを記載した書類が整わない限り、申請を受付けないというものだ。

 今でも福祉事務所に「生活ができない」と申請に行っても、多くのところで「あなたは働ける年齢だからダメ」「親に面倒を見てもらえ」などと追い返しが横行している。これは違法である。しかし今回の「改正」案はこれを合法化するものである。こんなことをすれば生活保護の申請は絶望的になるといっても過言ではない。

 扶養の問題

 扶養の強化は生活保護利用のハードルを高くする。しかも「改正」案は、これから生活保護を利用しようとする者に止まらず、現に生活保護を利用しているもの、過去に利用していた者までを対象にしている。福祉事務所の扶養の調査権限は、親族の収入・資産の調査、勤務先への照会、扶養が出来なければ説明責任を課すことができるとなっている。こんなことをすれば親族間のトラブルが続出し、生活保護の利用をためらう人、辞退する人が増え、全国で餓死・孤立死が頻発する。

 門真市の生活保護を利用しているひとり暮らしの女性(75歳)はこう言っている。

 「申請の時の扶養援助は思い出すのもつらい。相手にものすごく気を使った。あの時の辛さは、今も忘れない。扶養の強要なんて人の心に踏み込む残酷なやり方です。やめて欲しい」

 民法上の扶養の問題は明治29年のままなのだ。これは大家族制だった時代のものであって、核家族化が進む今日の状況に合わない。もう一つの問題は、日本の扶養の範囲は三親等まで及ぶことだ。イギリスやフランスなどは、扶養は同居する夫婦と親と未成熟(15歳未満かまたは、障害を持っていて自立できない子)に限定されている。一方、日本は、同居の親族、別世帯の親子と兄弟、伯父・伯母(または叔父・叔母)、祖父母にまで扶養義務が及ぶ。

 捕捉率の問題

 こうした改悪は生活保護人員の捕捉率を低下させる。捕捉率とは生活保護を必要とする人のうち、どれだけ対応したかの比率である。日本は15%〜18%しか捕捉されていない。約800万人が放置されたままだ。イギリスやドイツは90%以上ある。生活保護率も日本の5倍から10倍だ。(表参照)

 学習会でこの話しをすると「それはイギリス、フランス、ドイツが金持ちだからだ」という人がいる。違う。日本の国内総生産(GDP)は世界第3位で、イギリス、フランス、ドイツより上位である。

 その気になれば西洋諸国並みにできるはずだ。

  
           日本(11年)  イギリス(08年)   フランス(08年)   ドイツ(08年)   
捕捉率    15%〜18%         90%               91.6%                65%   
保護人員   210万人        574.4万人           372万人          793.5万人 
と保護率      1.6%       9.27%               5.7%                9.7%

(出所)『生活保護「改革」ここが焦点だ!』

 これからの課題

 今回の社会保障攻撃の特徴は、社会保障と同時並行して労働法制の改悪をしようとしていることである。その目的は、セーフティーネットを破壊し、国民が社会保障に頼れなくし、どんな安い賃金でも働かざるを得ない状況にすることが狙いだ。それで得するのは誰か? 大企業しかない。

 
こうした状況のもとで生活保護をはじめとする社会保障の捉え方の改革がいる。生活保護や社会保障は、たんに弱者救済だけとしてだけではなく、労働者の闘いの糧として位置づけることが重要である。

 生活保護法第1条は、最低生活が維持できない人は憲法25条に基づく最低生活を保障しつつ、自立をめざすことを目的にしている。この自立はたんに経済的自立だけではなく、社会生活や日常生活も含まれており、人間的成長がその範疇にある。

 社会保障と賃金闘争を車の両輪で

 いま多くの若者がブラック企業の不当労働行為や解雇と闘えない状況がある。これを若者の気力の問題と捉えてはいけない。闘えない主たる要因は生活基盤が確保されていないからだ。岸和田生活保護裁判の40歳代の原告(男性)は、派遣切りに遭い、生活保護を申請したが、11ヶ月間に5回却下され、電気・ガスを止められ、家賃を滞納して団地を退去させられた。その後、6回目で生活保護が開始された。原告はこの不当性を求めて3年以上も闘っている。それができるのは、働いている収入の不足分を生活保護で補えているからだ。これが権利としての生活保護の形である。社会保障と賃金闘争を車の両輪として闘うとことが重要なときは今をおいてない。 2013.5.25 (つづく)

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