毎日新聞 2014年01月28日
NHK新会長の籾井(もみい)勝人氏が就任記者会見で従軍慰安婦問題などについて、不見識な発言を繰り返した。公共放送のトップとしての自覚のなさ、国際感覚の欠如に驚くばかりだ。その資質が大いに疑問視され、進退が問われてもおかしくない。そして、彼を選んだ経営委員会も、任命責任を免れない。
籾井氏は25日に会長に就任した。任期は3年。NHKは受信料で成り立つ公共放送であり、政府から独立して、健全な民主主義の発展に貢献する役割を担っている。そんな自覚が感じられない会見だった。
まず、籾井氏は従軍慰安婦について「戦争地域にはどこにもあった」「なぜオランダに今も(売春街を示す)飾り窓があるのか」と発言した。慰安婦問題には、さまざまな議論がある。しかし、女性の人権に対する深刻な侵害だ。他国を引き合いに出して正当化するつもりではないかと海外から思われかねない。
一方、慰安婦問題について語る中で、売春一般について言及すること自体に違和感がある。そのうえ、オランダ人女性が慰安婦問題の当事者でもあることを考えれば、著しく配慮に欠けた乱暴な発言だ。
また、日本と韓国は目の前の摩擦をどう和らげるべきか、取り組まなければならない。それなのに、NHK会長がこんな発言をすれば、溝は深まるばかりだ。
不十分な審議のまま強行採決された特定秘密保護法については、「一応(法案が)通ったので、もう言ってもしょうがないんじゃないか」「政府が必要だという説明だから、様子を見るしかない。あまりカッカする必要はない」と発言した。
秘密指定が適切なのかチェックする仕組みが整っておらず、将来的な原則公開も担保されていない。条文の解釈をめぐって人権と衝突しかねないなど、さまざまな問題が挙げられている。取り組むべき課題が山積する法律であり、それを指摘するのはメディアの仕事だ。
安倍晋三首相の靖国参拝問題については「総理の信念で行ったので、いい、悪いと言う立場にない」と発言した。これは国際的な議論を招いている問題だ。その背景を報道し、いろいろな意見を紹介して、問題を多角的に整理したうえで、議論を深めるのが放送機関の役割だろう。
籾井氏は「個人的な意見」と言うが、そんな言い訳が通用するだろうか。公人として、抱負を述べる場での発言だ。また、たとえ個人的な意見であっても、NHKの報道や制作の現場がトップの意向をそんたくし、萎縮してしまう懸念が否定できない。そんな公共放送が内外の信頼を保てるだろうか。