日本経済新聞 2014/6/2
原則として週40時間といった労働時間の制限をなくし、時間の長さではなく仕事の成果で賃金を払う制度が米国にはある。「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれている。日本でも思い切った労働時間規制の見直しを考えるべきだという意見が産業競争力会議などから出ている。
政府は6月にまとめる成長戦略に、ホワイトカラー・エグゼンプションを想定した新しい労働時間制度を盛り込む方向だ。対象者の範囲を職種などで限り、そのなかで希望する人が新制度を選べるようにするという。
社会の変化に対応
労働時間規制に時代に合わなくなってきた面があるのは確かだ。工場でモノを作る仕事なら生産量は働いた時間に比例しやすく、賃金も時間をもとに払えばいい。しかし創造性や企画力が問われる仕事は、成果が労働時間に比例するわけではない。賃金も時間に応じて決めるのは合理的でない。
労働時間の管理を定めた労働基準法は工場労働者を念頭においている。いまは経済のソフト化・サービス化やグローバル化が進み、創造性などが求められる仕事が増えているため、労働時間規制の見直しは理にかなう。働く時間を本人が柔軟に決められるようにして成果を生みやすくすれば、日本の成長力の向上につながる。
労働力が減っていくなかでは1人あたりの生産性向上が重要になる。労働時間の配分を本人の裁量にゆだね、成果を出すことを意識させる制度は、人口減少時代に即したものともいえるだろう。
ただし、懸念もある。労働時間規制が撤廃されたり大幅に緩められたりすることで、働く時間が際限なく長くなりはしないかという心配だ。
いまも日本は長時間労働が問題になっている。厚生労働省によれば、1人あたりの年間総実労働時間は2013年で1746時間と年々減少傾向にあるが、これはパート労働者が増えたためだ。パートをのぞけば2018時間に跳ね上がる。
1週間の労働時間が60時間以上にのぼる人は30代、40代の男性で2割近い。長時間労働が続けば健康を損ないやすい。現に過労死は後を絶たない。
労働時間規制の緩和・撤廃が過重労働を助長しないかという疑念が労働組合などにあるのも理解できる。労働時間規制の改革にあたっては、休日や休暇の取得を促すなど、働き過ぎを防ぐ十分な対策を講じることが必要だ。
厚労省は新しい労働時間制度の対象者として、為替ディーラーなど高度な専門職を考えている。ただホワイトカラーの生産性を上げるという制度本来の狙いからすれば、より多くの社員を対象にすることが望ましい。そのためにも過重労働を防ぐ対策に真剣に取り組まなければならない。
そのカギのひとつは、「何でもやる」正社員のあり方を改めることだ。職務がはっきりしている欧米と違い、日本では仕事の内容を定めずに雇用契約を結んでいるため、ほかの社員との間で受け持つ範囲が明確に区別されていない場合が多い。会社から言われるままに仕事が増えがちになる。
カギは正社員改革
職務の線引きがあいまいなことはチームワークを生んでいる面もあるが、過重労働を招いている点は見過ごせない。企業が日本的な雇用のあり方を見直して一人ひとりの職務内容を明確にし、日々の仕事量を自分で調節できるようにする必要がある。
そうすることが、忙しいときは集中して仕事をし、一段落したら十分に休むというメリハリをつけた働き方につながる。
もちろん社員の健康管理を入念にすることも欠かせない。企業は産業医との連携を密にして、定期健康診断以外にも受診の機会を増やすなど工夫すべきだ。
政府が労働時間規制の見直しを成長戦略に盛るのは、人材が生む付加価値を増大させることが経済・社会を元気にすると考えているからだろう。その目的のためには、ほかにもやり方がある。たとえばIT(情報技術)、医療関連など成長分野に人が移りやすくすることも大きな柱になる。
ハローワークの民間開放を進め職業紹介を活発にし、職業訓練を充実して非正規労働者が成長分野で就職しやすくするなど、やるべきことは多い。こうした柔軟な労働市場づくりにも着実に取り組むことが、社会全体で人の生産性を高めていくため必要だ。労働時間規制の見直し以外にも政府は多面的に手を打たなければならない。