松浦 章 これが損保業界に見る「残業代ゼロ制度」の先取り実施の実態です

政府が導入しようとしている「新たな労働時間制度」の対象者について、産業競争力会議の長谷川閑史氏(武田薬品社長、経済同友会代表幹事)は、中核・専門職種で働く「幹部社員」に限定するものであり、全体の1割にも満たないと述べています。また、労使合意、本人同意を要するため問題はないと、労働者がいかにも自らの意思で制度を選択できるかのように言っています。しかし、すでに「新たな労働時間制度」の内容が先取りされ実質導入されている損害保険業界の現状を見ればそれがまやかしであることは明らかです。

 現在「裁量労働制」がもっとも多く導入されているのは損保業界です。東京労働局の「企画業務型裁量労働制」導入状況調査(2006年度)によると、届け出のあった493事業所のうち損保業界が実に117件を占め圧倒的に第一位となっています。「企画業務型裁量労働制」や「事業場外労働制」などの「みなし労働時間制」は、あらかじめ労使で決めた「所定の労働時間」を労働したものとみなし、企業が一定額の「みなし労働時間手当」を労働者に支払うことによって、残業料支払い義務を免れるというものです。

 損保ジャパンや日本興亜損保では入社2年目から「裁量労働制」を適用します。しかし、入社2年目の社員が自由な時間に出退勤できるでしょうか。入社2年目どころか、好きな時間に帰れる社員などほとんどいません。三井住友海上は、昨年度から、転居を伴う転勤のない「地域社員」(主に女性)にも「みなし労働時間制」を導入しています。

 日本興亜損保の現状を見てみましょう。同社の「裁量労働制」の対象者は、「当該事業場における事業戦略を策定する業務」に従事する者とされていますが、実際同社で本制度が適用される労働者の割合はグローバル社員(総合職)の81%にものぼります(2008年1月時点、筆者の調査による)。しかしこれらの労働者すべてが、はたして「事業戦略を策定する業務」に携わっているのでしょうか。ありえません。

 また、「裁量労働制」適用者と「管理監督者」とを合計するとグローバル社員の91%を占めます。全社員で見ても45%の規模になります。この「管理監督者」の多さも問題です。労働基準法第41条は、いわゆる「管理監督者」について、労働時間、休憩および休日に関する規定の適用の除外を認めています。しかし2008年の厚生労働者の通達で、管理監督者とは「労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者」を言い、役職名で判断するものではないとされています。つまり課長だから「管理監督者」というわけではないのです。しかし同社は、「経営者と一体的な立場」とは到底考えられない課長クラスを管理監督者とするだけではなく、ラインを外れ一担当者となった元課長をも「管理監督者」とし、一切の残業料を支払っていないのです。

 損保ジャパンも同様です。同社は「裁量労働制」と「事業場外労働制」を合わせると総合職、専門職の8割以上に「みなし労働時間制」を適用していますが、それに、水増しした「管理監督者」を加えるとこれまた9割以上になります。

 もはや、相対的に高賃金の労働者には「残業」という概念はない、生産性をあげてとことん働け、ということにすでになっているわけです。

 これは明らかに労働基準法違反です。「新たな労働時間制度」の導入は、労基法の拡大解釈で違法性をごまかしている危うい現状を「合法」化するとともに、今払っている(とはいえ一部だけですが)「みなし労働時間手当」すらも支払わなくてすむようにしようというものです。新たな「残業代ゼロ」制度の問題点を示すと同時に、現在すでに導入されている労働時間制度の違法性を明らかにすることもいよいよ重要となっています。

               (筆者は損保業界で働く研究者)

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