(記者解説)教員のなり手が減少 「ブラック職場」敬遠、対策も後手 編集委員・氏岡真弓
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朝日新聞デジタル 2019年10月7日05時00分
〔写真・図版〕教員の雇用をめぐる状況 https://digital.asahi.com/articles/photo/AS20191007000206.html
・教員のなり手が減っている。採用試験の受験者が減少し、非正規教員も不足している
・教員を大量に採用する時期を迎えることは分かっていたのに、対策が後手に回った
・長時間労働の問題を解決し、教職の魅力を高めなければ、教育の質も低下しかねない
■非正規も見つからず
この夏、教員の採用をめぐる調ログイン前の続き査を朝日新聞として二つ手がけた。一つは、採用試験の志願者の動向。もう一つは、正規の欠員を埋めるためなどに採用される非正規教員の状況だ。教員のなり手不足が各地で問題となるなか、実態を調べようとした。
結果は予想より深刻だった。今年度から働き始めた公立小中学校教員向けの採用試験の受験者は、全国で約9万8千人。2012年度の約12万2千人から約2万4千人減っていた。さらに動きがあったのは、採用者に対する受験者の割合(競争倍率)だ。近年は採用人数が増えていることもあり、今年度は小学校が約2・8倍、中学校が約5・5倍と、00年度の約12・5倍、約17・9倍から大きく落ち込んだ。
非正規の教員のなり手が見つからない件数はどうか。今年5月1日現在、全国で1241件が配置されていなかった。教育委員会が独自に進める少人数学級の担当や病休、産休・育休をとっている教員の代役などが見つからないためで、教頭が代わりに授業をしたり、少人数学級をあきらめたりする学校が出ている。
二つの問題の根底にあるのは、教員の需要と供給のバランスの崩れだ。
現在、学校現場では第2次ベビーブームの子どもたちを教えるために大量採用されたベテラン教員が定年退職の時期を迎えている。そのため、正規教員の採用人数が膨らんでいるのだ。
これに対し、志望者の減少は、教員の長時間労働が問題となって「ブラック職場」とみなされていることや、民間の就職の好調さが理由だと言われている。つまり、教員の需要が伸びると同時に供給は減り、競争倍率が下がっているというわけだ。
多くの教委では正規教員の欠員に備えて非正規教員の候補者をリストアップしているが、この候補者も減っている。兵庫大学の山崎博敏教授(教育社会学)は「正規の採用試験の倍率が下がって受かりやすくなった結果、合格を目指して非正規を続ける層が減っている」と指摘する。
■給与改革には触れず
教員志願者の減少が直ちに教員の質の低下につながるかは、見方が分かれる。多くの教委は「競争倍率が下がると、優秀な教員を選ぶことが困難になる」と懸念するが、文部科学省幹部は「バブル期は今より受験者が少なかったが、当時採用された教員の質が低かったとは聞かない」と反論する。
しかし、大量のベテラン教員が定年を迎えることで、需要がこの時期に伸びることは、ずっと前から分かっていたことだ。その時に志願者が減ることは誰も歓迎しない。にもかかわらず、なかなか手は打たれてこなかった。
ここでも文科省と教委の言い分は対立する。別の文科省幹部は「大量退職の波が来ると、ことあるごとに伝えてきたが、多くの教委が十分準備したとは言えない」と言う。一方、教委側は「特別支援学級や外国人の児童生徒が急増するなど、社会的な要因が読み切れない」「教員の給与にかかわる予算をめぐって文科省と財務省が毎年攻防を続けており、長期的な計画がなかなか立たない」と訴える。
非正規教員の需要も拡大してきた。小泉政権が進めた規制改革のなかで、教員の人数や給与は自治体が決められるようになり、少人数学級などの取り組みが広がった。しかし自治体の財政は厳しく、多くの場合は安い給与で雇える非正規に頼ることになった。
その間、教員をめぐる状況は厳しさを増してきた。学力向上、いじめや不登校の指導、保護者への対応、部活動、事務仕事……。社会や政治からの要請にともない、学校の役割は膨らみ、教員の仕事も増えてきた。
文科省は06年、40年ぶりに勤務実態調査を行ったが、目的だった教員の給与改革が頓挫すると、成果は活用されなくなった。働き方が問題となって、改めて実態を調査したのは16年。労働時間が06年の調査よりさらに増え、小学校教諭の約3割、中学校教諭の約6割が「過労死ライン」に達していた。
この結果を受けて中央教育審議会は今年、教員の働き方改革の答申をまとめた。「教師は『魅力ある仕事』であることが再認識され、教師を目指そうとする者が増加することは、子供たちの教育の充実に不可欠」と志願者減にも危機感を抱き、時間外勤務の上限規制のガイドラインなどを提案した。
ただ、長時間労働の原因とされる、給与の問題には踏み込まなかった。日本では「残業代を出さない代わりに、給料月額の4%を一律に支給する」という仕組みが採用され、「勤務時間を意識しにくい」などと批判されている。しかし、見直そうとすると巨額の予算が必要になることもあり、中教審では本格的な議論が行われなかった。
■労働環境にためらい
働き方改革は、志願者の減少を食い止められるのだろうか。調査に合わせて、教員養成学部や大学院に通いながらも、教員になることをためらう計21人にインタビューした。全員が理由として挙げたのは、労働環境だった。
ある国立大4年の学生(21)は「教材研究も、いじめ指導も、保護者対応もしなければならないのに、働かせ放題で、残業代ゼロ。民間では許されないことがまかり通るのはおかしい」と話す。この学生は教師を志していたが、民間会社への就職を決めた。両親も「教師の仕事はきつい。無理することはない」と止めなかったという。
「逃げていくのは、教職の現状や社会的な位置を自ら調べて考える、教員になってほしい学生だ」と複数の教員養成学部の教授は語る。
これからの時代、教員はマニュアル通りではなく、自分で工夫して教えることが求められる。20年度からの新しい学習指導要領や大学入学共通テストで重視されるのは、自ら問いを立てて議論し、社会について批判的に考える力をつけることだ。大量採用されつつある教員は今後、こうした教育を学校の中軸として担っていくことが求められるだけに、影響は大きい。
■優れた人を引きつける方法、議論を 教職の環境・役割、給与とセットで
学校教育の充実のため、優秀な教員は不可欠だ。しかし、日本の教育行政は驚くほど、優れた人々を教職に引きつける「魅力化」に無頓着で過ごしてきた。
教員の待遇の現在の骨格ができたのは1970年代。他の公務員より給与を優遇することで人材を確保することを目的とした「教育職員人材確保法」(人確法)の公布は74年。残業代を原則として出さず、給料月額の4%を「教職調整額」として支給することを決めたのも同時期だ。
それから半世紀近く。「給与を優遇することで教員を集める」という考え方だけが残り、給与の優位性は下がってきた。一方で、教職に何を期待し、そのためにどのようなインセンティブが必要かという議論は、活発とは言えない。
この結果は、経済協力開発機構(OECD)が実施した国際教員指導環境調査(TALIS)にも出ている。日本の教員で志望動機として「安定した職業である」「確実な収入が得られる」などを挙げた割合が参加国平均よりも高い一方、教員という仕事の意義について「教職に就けば、社会的弱者の手助けができる」「社会に貢献できる」と答える割合は平均より低い。
もちろん給与は大切だが、望ましい労働環境を実現する方法や、教員に求める役割についてもセットで考えるべきだろう。独立行政法人「教職員支援機構」上席フェローの百合田真樹人さんは「日本では大学、教委、文科省、社会が教員に何を求めるのか理念を共有してこなかった」と話す。「どんな人を教職に引きつけ、どう養成し、採用するか。ピンチの今はある意味、これまでのシステムを見直すチャンスだ」
今のままでは教員に求められる仕事ばかりが増え、意欲ある志望者までが背を向けてしまう。一度遠のいた人々を学校に取り戻すのは容易ではない。