菅野久美子さん「ロスジェネ女子の就職サバイバル: ブラック企業、セクハラ、解雇、引きこもり……38歳女性に刻まれた「氷河期という呪い」

ロスジェネ女子の就職サバイバル:
ブラック企業、セクハラ、解雇、引きこもり……38歳女性に刻まれた「氷河期という呪い」

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2002/05/news022.html
2020年02月05日 08時00分 公開 [菅野久美子,ITmedia]

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就職氷河期が直撃したロスジェネ世代(1970年〜82年生まれ)。就活が極めて狭き門で、企業や国からも「放置されてきた」世代だ。特にロスジェネ世代の女性は、男性に比べ結婚、出産といったライフステージの比重が高い上に、今ほど男女平等や働き方改革、セクハラ対策の恩恵も受けられていなかった。

 まだ残っていた「昭和的な働き方」と不景気の影響をもろにかぶり、男中心の会社社会で生き残りを余儀なくされてきた。そんなロスジェネ女子の働き方や就職にまつわるドラマや、日本の企業社会の問題点を追うシリーズ第3回。ブラック企業に苦しみ一時は引きこもり状態となり、苦境を脱した今も過去を生傷のように抱える、ある女性に迫った。

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ブラック企業時代の“傷”を今も抱える女性の半生(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)
何十社も面接空振り、目の前で破られる履歴書

 「真夏にリクルートスーツを着て何十社と就職活動で回ったのに、目の前で履歴書をビリビリ破かれる。つらくて、『もう面接にいかない!』と泣いたことは今でも忘れられません。私たち氷河期世代は、過酷な環境に押しつぶされた人がたくさんいると思う。バブルのしわ寄せで一部の世代が割を食ってるということを分かって欲しいんです。そして、心折れた人たちを何とか国や企業が救って欲しい」

 1981年生まれの佐藤良子さん(仮名・38歳)は、そう言うと当時のことを思い出したかのように、うっすらと目じりに涙を浮かべた。

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佐藤さんは、まじめそうでとても可愛らしい女性だ。大阪の女子大を卒業後、大阪市内の社員30人規模の零細IT企業に就職。大手や中規模の会社も受けたが氷河期ということもあり、全滅だった。大学の専攻が文系だったため希望は事務職だった。しかし、事務職は応募が殺到していた。

同期がまた1人“戦死”

 面接官に「このご時世、仕事ないでしょ。こっちだったら空いてるよ。嫌だったら辞めていいから」と言われて、回されたのはエンジニア職だった。

 零細企業のため、業務内容は営業、顧客のサポート、システムの導入まで多岐に渡る。朝午前6時に出社して、終電に帰る日々。システムが止まると顧客から苦情がくる。そのため週に何回も会社に寝泊まりする日々だった。気が付くと同期は1人また2人と、体を壊してバタバタと「戦死」していった。

 手取りは13万。固定給という名のもと残業代も出ない。その金額では一人暮らしすらできない。そのため、実家から往復2時間かけて会社に通勤するという日々が続いた。

過労とストレスで「けいれん発作」

 「当時は、安く人を使うのが当たり前という空気が蔓延(まんえん)していたんです。家に帰る気力が無くて、PCの梱包用の“プチプチ”(いわゆる気泡緩衝材)にくるまって、会社でよく寝泊まりしていました。プチプチってあったかいんですよ」

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厚生労働省は氷河期世代を採用で支援すると表明したが、「遅すぎた」などの批判も(同省公式Webサイトから引用)
入社から9カ月を過ぎた頃から体調がおかしくなった。電力会社のシステムの入れ替えという重大な仕事を佐藤さん1人の手に委ねられることになったからだ。長時間労働と仕事の重圧で、全身にけいれん発作が起きるようになった。

 「明らかに過労とストレスですね。長時間労働もあって疲れ過ぎていたし、システムが止まったら大変なことになる、と思ったら精神的にやられてしまった。仕事の責任感が重すぎたんです」

心病み転職した先もブラック

 佐藤さんは、心身を病み退職。その後転職活動をしたが、当然ながら大手に採用されることは無い。転職先の会社はソフトウェア開発会社だったが、前の会社と同じブラック企業だった。長時間労働は変わらず、会社のソファで寝泊まりする日々は変わらなかった。

 しかし、佐藤さんもいつしか、そんな生活に適応しようと奮闘していた。寝る間も惜しんでシステム開発について必死に勉強したのだ。

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「その会社で働くうちに、負けられない!と変なやる気を出してしまったんです。今思うと、ブラックな環境での努力は一番無駄だし、良くない。頑張ることでかろうじてプライドを保っていたのかもしれません」

 しかし、働き始めて2年が経った頃、業務内容が大きく方向転換し、佐藤さんのこれまでの仕事は外注されることになり、リストラの対象となる。

 「労基がどうこうと言われますが、零細企業だと人って簡単に辞めさせられると思ってるんですよ。『仕事をあげたいけどうちは小さい会社だからもう無理』と言われると、居づらい空気になって、辞めざるをえなくなるんです」

婚活では「男性」が女性の収入値踏み

 20代半ばになると、周囲は寿退社した同級生もいるし、親も「仕事がうまくいかないならお見合いでもしろ」と言う。佐藤さんは婚活もしていたが、同世代の男子もロスジェネなので、相手の収入やキャリアには敏感に反応してくる。

 「同世代の男性も金銭的には苦しかったと思います。合コンでも大手に勤める女の子には男性はすごく反応するけど、私みたいな零細企業だと名前を言っても「何それ?聞いたことない」みたいな反応でした。お相手の男性に露骨に親の資産を聞かれたこともある。キャリアも収入面でも、給料も恥ずかしくて言えない額だったので、婚活も八方ふさがりになってしまいました」

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セクハラ断ると「クビ」に

 結婚もうまくいかず、IT企業を転々とした佐藤さんは、20代後半にベンチャーのソフトウェア開発会社に就職。年俸350万で、これまでの奴隷のような待遇とは一線を画したホワイトな会社だった。そのため3年間、順調に働くことができた。

 しかし、ここでは社長のセクハラという別の地獄が待っていた。「ITベンチャーあるあるかもしれないんですが」、と佐藤さんは前置きしながらうつむいた。

 「社長に『付き合いたい』と言われたんです。もちろん社長は既婚者ですよ。それで断った瞬間に会社に居場所がなくなったんです。翌週、社長に『あいつ要らないな』と、手のひらを返されて辞めさせられることになったんです」

 またここでもうまくいかないのか、と思うと心が折れた。一番つらかったのは、一番味方でいて欲しい親に罵倒されたときだ。

 「そんなに会社をいくつも変わるような雑な生き方ってあるか。本当にお前は仕事運がない。仕事まじめにやってんのか!」

「私、何が悪かったんだろう」

 当時はセクハラやパワハラという概念が今ほど浸透していなかった。親にも絶対に会社を辞めた理由は言えない。それが佐藤さんを追い詰めた。

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「分からない。どうしよう。私、何が悪かったんだろう」

 泣きながら、そう返すしかなかった。佐藤さんは会社を辞めた理由を誰にも言えずに、たった1人で抱え込んだ。打ちのめされ、次第に家にひきこもるようになる。転職活動をする気力すら起きないほど絶望していた。

 なぜ、自分だけ結婚も仕事もうまくいかないんだろう――。なんで、なんで!なんで私はこんなに辛い目にあわされるの――。

 無気力となり、布団から起き上がれなくて、気が付くと床ずれができていた。

それでも何とか立ち上がって往復2時間かけて面接に向かうと、圧迫面接が待ち受けている。そして追い打ちをかけるように経歴にダメ出しをされる。

 「面接官に『30歳も超えているのに今後どうするつもりだ』と怒鳴られたんです。いちいち面接官の言葉に反応しちゃだめだと分かっているけど、人間だから思わず言い返したくなるんです」

 毎日YouTubeをボーっと見る生活だけの生活を送っていた。転機となったのはニートになって2年後の33歳のときだ。たまたま電話をかけた会社の社長から引きがあり、思い切って上京。その後は、IT関連の企画開発の部署で働くようになり、ようやくキャリアも収入面でも安定を手に入れることができた。

 しかし、佐藤さん自身、いまだに「すぐにクビを切られるのでは?」という恐怖から逃れることができない。

「ブランド品も結婚も要らない」

 「まず入り口で間違えたと思いますね。大手企業に入れていたら、全く違っていたと思います。あと、5つくらい下の子と話していると、年収も自分より300万以上もらっていたりする。これが10年経ったら結構な差になると思うんです。私は最初の手取りが低すぎたから、転職してもそれがベースになって、なかなか上がらない。大手企業に入った同期との差を計算したら、2000万以上損していました」

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佐藤さんは現在、セレブな土地として有名な東京都港区に住んでいる。しかし、その華やかなイメージとは違って、最低限しかお金は使わない。飲み会などには極力参加せず基本的に自炊で、お昼はお弁当を持参という質素な生活を送っている。

 昔はブランド物のバッグが欲しいなどと思うことがあった。しかしお金を使うのが怖くなり、いつしか洋服や食にも興味は無くなっていた。ランチなどお金を使う友達関係も全て関係を切った。それは、やはり氷河期特有の金銭感覚が影響しているという。

人生の目標は「お金を取り戻す」

 彼氏もいるが、特に結婚したいとは思わない。それよりも本来この世代が順当にいけば得られるはずだった「お金」を何としてでも取り返すことだけが、今は人生の目標となった。資格取得で給料アップなどの話があると、すぐに飛びついた。上下の世代は面倒くさがり取ろうとしないが、佐藤さんはわずか2週間で資格を取得した。

追い込まれ自信奪われた世代

 私には、佐藤さんの涙ぐましいほどの努力は一種強迫的にすら感じるが、ここまで私たちの世代が追い込まれた末の行動でもあるのだ。

 「氷河期世代は今活躍している人と、能力はあるのにつぶされた人との差が激しいと思うんですよ。20代30代は、その後の人格形成にかなり影響されると思うんです。一番はキャリアで挫折しているので自信が持てないんですよ。一歩間違ったら自分もずっとニートとかひきこもりになったかもしれない。ニートのときは生きていることすら嫌だった。かつての私みたいに、つぶされたロスジェネはいっぱいいると思うんですよ」

 佐藤さんのような「生傷」を受け続けたロスジェネ世代は、取材をしていても少なくない。「自信がない」という言葉はロスジェネ世代を取材していてよく聞く言葉だ。

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ブスブスとナイフで刺され続け、血を流しながら必死に戦い続けたが、気が付くとそれはいつしか致命傷になっている。企業にぼろぞうきんのように使われ、女性の場合、「女であること」がさらにその苦しみに追い打ちをかける。安心して帰れるホーム―ベースのはずの家には、年功序列が当たり前の年長世代の親たちがいて、恐ろしいほどに無理解で無神経な言葉を投げかけてくる。そんな二重苦とも三重苦とも言える重荷の中で、身も心も引き裂かれてしまう。自信を奪われるのも当然だ。それは決して、自己責任という言葉で片付けて良いものではないはずだ。

同世代を採用で救いたい

 佐藤さんには夢がある。もし、自分が管理職になって社会で権力を持つときがきたら、氷河期世代を積極的に採用して不遇な同世代を少しでも救いたいという思いだ。現在佐藤さんは管理職を目指して、日々猛勉強中に励んでいる。私はそんな佐藤さんの温かく、真っすぐな視線に、同世代として一縷(いちる)の希望を感じずにはいられなかった。

筆者よりお知らせ :連載「ロスジェネ女子の就職サバイバル」では、実際に就職やキャリア遍歴で苦労や悩みを抱えたロスジェネ世代(1970年〜82年生まれ)の女性で、取材させていただける方を募集しております。lossgenesearch@gmail.comまでお寄せいただければ幸いです。

 

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