塚崎公義さん「高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤」(10/18)

高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤
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2019/10/18(金) 6:01配信 ダイヤモンド・オンライン

高齢者に働けと言いながら年金を減らす「在職老齢年金」の時代錯誤
働くと年金が減る「在職老齢年金制度」は時代に逆行した制度といえます Photo:PIXTA

 働くと年金が減る「在職老齢年金」という制度の適用範囲を縮小することが検討されているようだ。しかし、「人生100年時代」に高齢者の労働意欲を本当に高めるためには、適用範囲の縮小ではなく、制度自体を廃止すべきである。(久留米大学商学部教授 塚崎公義)

● 在職老齢年金制度で 所得が一定以上の高齢者は年金が減額

 在職老齢年金は、サラリーマン(男女を問わず、公務員等も含む。以下同様)が加入する老齢厚生年金(公的年金の2階部分と呼ばれるもの)の受給者が対象になる制度で、自営業者などには無関係なので、本稿でも対象をサラリーマンに絞って記すこととする。

 この制度は、大ざっぱに言えば「65歳までは、給料プラス年金が月額28万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」「65歳からは、給料プラス年金が月額47万円を超えたら、超えた分の半分を年金から減額する」ものである。

 そして、限られた年金の原資を本当に必要な人に分配しよう、という趣旨で作られたものなのだろう。それ自体は理解できるが、後述のように弊害が多いので、廃止すべきだ。

● 厚労省は「月収62万円超」への縮小を検討 財務省は制度の縮小・撤廃に慎重か

 人生100年時代を迎えつつある今、「高齢者にも働いて年金保険料や税金を納めてもらい、年金の受給開始をできるだけ待ってもらおう」というのが時代の流れである。

 そこで、政府が6月に閣議決定した経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)には、在職老齢年金を「将来的な制度の廃止も展望しつつ、速やかに見直す」と明記された。

 しかしこのたび、厚生労働省は在職老齢年金について、収入基準を引き上げて適用対象の人数を減らす方向で検討を始めた。年齢にかかわらず、月収62万円を基準とする模様である。

 廃止ではなく「適用範囲縮小」にとどめるのは、「廃止すると年金支給額が大きく増えてしまうから」ということのようだが、これは納得できない理由だ。

 しかも、財務省の審議会は 、見直し自体にも慎重なようである。財政再建至上主義の財務省であるから仕方ない面はあるが、非常に残念である。

● 高額所得者には累進課税で対応すべき

 「高額所得者の年金を減らして低所得者に多く払ってやりたい」という発想は確かに理解できる。しかし、それなら高額所得者に課している累進課税を強化すれば良いだろう。

 税制(本稿では年金制度を含めて考える)は、公平・中立・簡素が基本原則だといわれている。それならば、「簡素」の観点から、年金についても「高額所得者は除く」などとせず、一律に支給すれば良い。公平のための貧富の格差の是正は、累進税率を高めることで解決すれば良いのだ。

 筆者が「簡素な制度」を望む理由の1つには、「政府の情報提供が国民へ完璧に伝わるわけではない」という点もある。

 例えば「働いて収入を得ると、その分だけ年金が減らされて損をする」と思っている国民も多い。しかし在職老齢年金制度は「働けば年収は増えるが、働いたほどには増えない」というだけのことである。そうした誤解を受けないように制度を作るのは難しいから、在職老齢年金の制度そのものを廃止してしまうべきだ、と言いたい。

 「中立」の観点からも、問題である。高額所得者の中でも若者には関係なく、自営業者等にも関係なく、高齢者のサラリーマンにだけ課せられる「税金」のようなものだからである。

 そして何より問題なのは、経済活動に中立ではないことである。一定以上の所得を稼いでいるサラリーマンに対して「働くインセンティブを失わせる」ものだからである。

● 人生100年時代に逆行しかねない

 高度成長期のサラリーマンは、15歳から55歳まで、人生の半分以上を働いて過ごした。そうであれば、人生100年時代には、「元気であれば20歳から70歳まで働く」という時代を迎えるのが自然であろう。政府も企業に定年延長等々を求めている。

 日本のマクロ経済を見渡しても、少子高齢化による労働力不足は一層深刻化していくので、高齢者や女性の労働力に期待するところが大である。

 かつて、現役世代の失業が問題となっていた時代には、「高齢者が働くことで若者の仕事を奪ってしまわないように、高齢者の働くインセンティブをそぐこと」も是とされたのかもしれない。しかし、時代が変わり、制度が時代にそぐわなくなっている。

 そんな時に、60歳以上のサラリーマンの勤労意欲をそぐような制度は、有害としか言いようがない。

● 年金支払額だけに着目するのは問題

 サラリーマンの高額所得者は、年金保険料も所得税も多額に支払っているはずだ。そうした人が在職老齢年金制度のせいで働くインセンティブを阻害されて引退してしまったりしては、政府の収入が減ってしまう。

 支払う年金を減らすことだけを考えて、収入を減らしてしまったのでは、角を矯めて牛を殺してしまうことにもなりかねない。その意味でも慎重な判断が必要であろう。

 加えて、所得の高いサラリーマンの中には、日本経済に大きく貢献している人もいるはずである。そうした人が働くインセンティブを阻害されて引退してしまうとすれば、それは日本経済にとって大きな損失だといえよう。

 「そうした人は使命感が強いはずだから、所得に関係なく働くはずだ」と考える人もいるだろうし、筆者もそうであることを願うが、さすがにそれは期待しすぎというものだろう。

塚崎公義
 

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