窪田順生「大戸屋が炎上した背景に、ブラック企業と日本軍の深い関係」
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msnニュース 2019/12/17 08:21
© ITmedia ビジネスオンライン なぜ大戸屋は炎上したのか
12月10日にオンエアされた「ガイアの夜明け」の「残業を減らす!45時間の壁」シリーズの中で、同社の山本匡哉社長が、残業を減らすことができない3人の店長たちを指導して、働き方を改革していくという姿に密着をした。本来なら、”困難に挑むリーダー”というイメージが訴求できる企業側にとってもおいしい企画である。実際、大戸屋公式SNSもオンエア直前に「放送直前の今、とってもドキドキしています!!ぜひご覧ください」と嬉しさを隠せずにいた。
しかし、フタをあけたら「残業を減らす!45時間の壁」というより、さながら「ブラック企業に潜入24時」といったショッキングな内容になってしまっていたのだ。
人手不足を解消しようと単発バイトのサービスを利用したところ、逆に店長の残業が増えるなど、かなり過酷な労働環境に「ブラックすぎる」と視聴者がドン引き。さらに、社長が残業をやめられない店長に、「目が死んでいるんだけど。下向いて、本気になっているとは思えないんだけど」と強い口調で叱責をするシーンに、「精神論ばかりで、パワハラ社長の典型」などと批判が殺到してしまったのである。
ただ、大戸屋をかばうわけではないが、残業を減らしてたくても減らせないということで職場がギスギスするのは、何もこの会社に限った話ではない。日本全国の会社で見られる「日常風景」である。
例えば、総合転職エージェントの株式会社ワークポートが全国の転職希望者264人を対象に、働き方改革半年後の評価を調査したところ「働き方が改善された」と回答したのはわずか10.2%。「変わらない」は73.1%で、「悪化した」という回答も16.7%あった。
つまり、働く人の大多数は、残業を減らすことのできない大戸屋の店長と同様、これまでと何ら変わることのないワーキングスタイルを続けており、その中には、残業を減らせていないがゆえ、上からパワハラまがいのどう喝を受け、死んだような目になっている方たちもかなりの割合で存在しているのだ。
●構造的な欠陥
では、なぜこうなってしまうのか。「経営者が悪い」「大企業が悪い」「安倍政権が悪い」など、おそらく人によってさまざまな「犯人」が頭に思い浮かぶことだろうが、筆者の見方はちょっと違う。
これは、誰が悪い、あいつが消えれば解決という類のものではなく、戦後の日本型組織において、苦しくなってくると表面化するシステムエラー、構造的な欠陥ではないかと思っている。
その分かりやすい例が、日本企業が過重労働を前提として成り立っている組織であるため、そこで働く人の多くが内心、残業を「必要悪」と捉えてしまっている、という構造的な欠陥だ。
こういう矛盾を抱えた組織が建前的に「残業を減らす!」とか叫ぶとどういうことになるかというと、誰かが強烈な帳尻合わせをしなくてはいけない。そこで往々にして人身御供(ひとみごくう)にされるのが、「現場」である。大戸屋の社長のように「なぜできない」「やる気がないのか」などと現場に問題解決を丸投げしてプレッシャーをかけ、「個人のがんばり」で組織の矛盾をチャラにしようとするのだ。
これこそが近年、日本の労働現場で「下町ロケット」的な精神論がもてはやされ、壮絶なパワハラが横行してしまう構造的な理由である。
●「日本軍」にたどり着く
では、どうすればこれをなくすことができるのか。問題解決をするうえでひとつの反面教師になるのは、「日本軍」ではないかと考えている。
今我々が直面しているこれらの問題と、そこにまつわるハラスメント的なものが一体いつから始まっているのかというルーツをたどっていくと、どうしても「日本軍」にたどり着くからだ。
「なんでもかんでも戦争に結びつけるな! この反日左翼め!」という罵声が聞こえてきそうだが、事実として先ほどのような「残業なくしたくてもなくせない問題」と丸カブりするような構造的な矛盾に、実は帝国陸軍も頭を悩ませていた。
それは、「私的制裁をやめさせたくても、やめられない問題」である。
当時の上官は兵士に対し、朝から晩までビンタをしていた――。このことを否定する人は、さすがにいないだろう。多くの軍経験者が暴力被害を証言しているように、軍隊内では私的制裁は「容認」されていた。例えば、大内誠の『兵営日記 : 大戦下の歩兵第二十七連隊』(みやま書房)
「中隊幹部が私的制裁を黙認していたのは、軍隊教育の根幹である。絶対服従の精神を恐怖心と共に叩き込むことの効用を知っていたからであろう」
しかし、一方で私的制裁は天皇陛下の名のもとに「厳禁」とされており、軍の公式な資料でも「私的制裁が常態化してます」なんて記録は残っていない。つまり、日本企業の「残業」と同じく、建前的には撲滅しなくてはいけないものだが、そもそも組織が私的制裁で成り立っている側面もあり、裏では「必要悪」だと割り切られ、当たり前のように行われていたのだ。
では、この「矛盾」をどう乗り越えたのかというと、これも「残業」と同様に「現場」である。上からのプレッシャーをかけられた現場の兵士たちが帳尻合わせをしていたのだ。陸軍の下級士官として終戦を迎えた評論家の山本七平氏もこのように証言している。
『たとえば私が入営したのは、「私的制裁の絶滅」が厳命されたころで、毎朝のように中隊長が、全中隊の兵士に「私的制裁を受けた者は手をあげろ」と命ずる。(中略)だが昨晩の点呼後に、整列ビンタ、上靴ビンタにはじまるあらゆるリンチを受けた者たちが、だれ一人として手をあげない。あげたら、どんな運命が自分を待っているか知っている。従って「手を挙げろ」という命令に「挙手なし」という員数報告があったに等しく、そこで「私的制裁はない」ということになる。このような状態だから、終戦まで私的制裁の存在すら知らなかった高級将校がいても不思議ではない』(一下級将校の見た帝国陸軍/文春文庫)
●基本的な構造は酷似
大戸屋の場合、残業をなくすという厳命に対して、それを達成できない現場が叱責にあったが、帝国陸軍の場合は、私的制裁をなくすという厳命に対して、叱責を恐れた現場が先回りして「隠ぺい」に走ったのだ。
結果がちょこっと違っているだけで、組織の矛盾をごまかすために、現場が「上」から「数の帳尻合わせ」を押し付けられる、という基本的な構造は驚くほど酷似しているのだ。
では、なぜ70年前の軍隊組織と、令和日本のハードな働きぶりで知られる企業が瓜二つになってしまうのかというと、理由はいたってシンプルで戦後、日本の「企業文化」のベースになっているのは、日本軍の組織運営や人材育成だからだ。
高度経済成長期に会社の幹部や、管理職になっている40〜50代は、軍隊で朝から晩までビンタされたか、軍隊にいなくとも戦時体制下の教育を受けていた人である。それは言い換えれば、「私的制裁は必要悪」「上官の命令は絶対」「組織のために個人が命を投げ出すのは当たり前」ということが骨の髄まで叩き込まれた人でもある。
彼らが企業の中で、中心的な役割になれば、果たしてどんな企業文化が生まれるのかは容易に想像できよう。昭和のサラリーマンはパワハラなど日常茶飯事。高度経済成長期なんて日本中ブラック企業ばかり。よく聞く話だが、それはかつての「皇軍戦士」が「企業戦士」になって、軍隊組織と同じノリで企業を運営してしまったからなのだ。
このような日本軍のDNAは「上官の命令は絶対」というカルチャーもあって、社長から管理職、管理職から新人へという感じで忠実に引き継ぎがなされた。その結果が「今」である。つまり、大戸屋のパワハラが、帝国陸軍の私的制裁と妙にカブるのは偶然などではなく、孫におじいちゃんの面影があるような必然なのだ。
ちなみに、先ほどの「数の帳尻合わせ」を山本七平氏は、「員数主義」と呼んだ。「員数」は日本軍の中でよく使われた独特な言葉で、例えば、部隊の装備品などの検査で数が合わなかったときなど、鉄拳制裁とともにこんな感じで使われる。
「バカヤロー、員数をつけてこい」
●組織として「数を合わせる」
要するに、数の帳尻のことだ。先ほどの私的制裁が分かりやすいが、日本軍は「員数」さえ合えば、実態が異なっていても問題なしという考えがまん延していた。だから、勝ち目のない戦地や、意味のない神風特攻にも「員数合わせ」で若い兵士を次々に送り込んだ。自ら血を流さない大本営からすれば、戦争は足りないところへ戦力を送り込む「数を合わせゲーム」になっていたのだ。
山本氏はこの帝国陸軍が毒された「員数主義」が戦後の日本企業にもしっかりと受け継がれているとみていた。報道対策アドバイザーとして、事実の隠ぺいや数字を改ざんをする企業を間近に見るようになると、山本氏の言っていることを身をもって感じるようになった。
真面目そうな中間管理職や、現場の人が私利私欲のためではなく、平気でうそをつく。数字の帳尻を合わせる。「なんでそんなことをしちゃったんですか」と尋ねても、「会社のためです」「良かれと思って」と言う。もちろん、上から直接命令を受けたケースもあるが、ほとんどは誰に言われるまでもなく、組織人として当たり前の行為として、自発的に「帳尻合わせ」を手を染めるのだ。
前出の『一下級士官の見た帝国陸軍』には、フィリピンでの従軍経験後、自分が勤める老舗デパートが経営不振から大資本に「無条件降伏」した際に語った以下のような言葉が紹介されている。
「日本軍と同じですよ。重役の不可能命令と下部の員数水増し報告で構成された虚構の世界が崩れたということでネ。それだけですよ」
ものづくり企業におけるデータ改ざん、日本を代表する企業の利益のかさ上げ、高級官僚たちによる公的文書の隠ぺい、そして「残業を減らす、パワハラをなくす」と叫べば叫ぶほど浮かび上がる醜悪な現実……いよいよ虚構の世界が総崩れになってきたように感じるのは、筆者だけだろうか。
(窪田順生)