稲葉剛さん「年越し大人食堂に見る2020年の貧困 ワーキングプア型の貧困への対応策は?」(1/23)

[37]年越し大人食堂に見る2020年の貧困 ワーキングプア型の貧困への対応策は?
https://webronza.asahi.com/national/articles/2020012100001.html?page=1
稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科特任准教授 2020年01月23日

 2020年、オリンピックイヤーが幕を開けた。

 だが、この年末年始、経済的な不安を抱えたまま、年を越した人は少なくない。そうした大人たちを支えるため、東京では初めての試みとして「年越し大人食堂」が開催された。

 「年越し大人食堂」は、2019年12月31日と2020年1月4日の2回、東京・新宿で開催された。「年越し大人食堂」開催に至る経緯や、この企画のコンセプトについては、先月書いた記事をご一読いただきたい。

[36]「無事に年が越せる」安心をすべての人に〜「年越し大人食堂」開催へ(稲葉剛)
https://webronza.asahi.com/national/articles/2019122200002.html

■約80人が利用、29人に緊急宿泊費を提供

〔写真〕調理をする枝元なほみさん

 大みそかに開催された1回目の食堂では38人、年明け4日に開催された2回目には64人が来場した。2回とも来た人を除くと、実数で約80人が利用したことになる。

 2日とも、調理は料理研究家の枝元なほみさんが担当し、来場者に昼食と夕食が提供された。

 31日には、おこわおむすび、白菜と豚肉のスープ、黒豆、かぼちゃプリンなどがふるまわれ、4日は、鹿肉や猪肉を使ったカレー、お雑煮、かぼちゃプリンなどが提供された。食材の多くは、枝元さんの知り合いの農家や、協力団体のパルシステム連合会、有限会社生活アートクラブなどから無償提供され、寄付で集まったみかんやりんご等の果物やお菓子も提供された。

〔写真〕「年越し大人食堂」で出されたカレー

 希望者には、一般社団法人つくろい東京ファンドやNPO法人POSSEのスタッフによる生活や労働に関する相談もおこなった。2日間で相談を受けた人は計40人(重複を除く)。そのうち、「今晩から寝泊まりする場所がない」という状況にある29人に「東京アンブレラ基金」から1泊あたり3000円の緊急宿泊費が提供された。

 大みそかに緊急宿泊支援を受けた人の中には、普段は働きながらネットカフェに寝泊まりをしているものの、年末に仕事が切れたことにより、所持金が尽き、「今夜からのネットカフェ代が払えない」という若年の男性もいた。

 私は長年、路上生活者の支援を続けてきたが、毎年、年末年始になると炊き出しの現場で、彼のような状況の若者に出会うのが年中行事のようになっていた。今回の取り組みの一つの目的は、こうした人たちが路上生活になる前の段階で、支援の手を届けることであったので、一定の役割を果たすことができたのではないかと考えている。

■来場者の半数が安定した住まいがない状態

 「年越し大人食堂」では、来場者全員に簡単なアンケートを実施した。そのアンケート結果をもとに、どのような人たちが来ていたのか、見てみたい。

 12月31日に来場してアンケートに回答した38人。これに、1月4日に来場してアンケートに答えた人(64人)のうち、「初参加」と回答した40人を加えると、2日間の来場者の実数は少なくとも78人いたことになる(4日に「初参加」か「2回目」か、回答しなかった人が5人いる)。

 この78人の内訳は以下の通りである。

 性別は、男性は61人(78.2%)、女性は17人(21.8%)であった。

 年齢は、20代5人(6.4%)、30代15人(19.2%)、40代18人(23.1%)、50代22人(28.2%)、60代17人(21.8%)、70代1人(1.3%)と多様であった。

 路上生活者支援の炊き出しに集まる人は、ほとんど全員が男性なので、それに比べると、女性の割合は多いと言える。また、年齢層も幅広いと言えよう。

 「年越し大人食堂」の情報を得たルートとしては、「ネット・SNS」が最も多く37人(47.4%)、次いで「新聞」が20人(25.6%)と続いた。前者は幅広い世代にわたっており、後者は50代以上が多かった。会場で見たところ、スマートフォンを持っている人も少なくなかったようである。生活困窮者支援の団体や家族・知人から情報を得たという人も11人ずつ(14.1%)いた。

 住まいの状況に関する質問にはさまざまな回答があったが、ネットカフェや路上、カプセルホテル、簡易宿泊所など、安定した住まいがない状態にあると見られる人が39人(50.0%)いた。民間の賃貸住宅に住んでいると答えた人は27人(34.6%)だった。

 月収についての質問には44人が回答した。その内訳は、0〜5万円が15人(34.1%)、5〜10万円が7人(15.9%)、10〜15万円が11人(25.0%)、15〜20万円が6人(13.6%)で、20万円以上は5人(11.4%)しかいなかった。

 仕事については、失業中という人が約半数を占めた。残りの多くは非正規雇用に就いている様子だった。

■「初めてお雑煮を食べました」、「部屋の中で食事が出来る事が嬉しい」

 「年越し大人食堂」に参加した感想には、以下のような声が寄せられた。

・参加者もボランティアの方も含めてやさしい雰囲気のいい人が多くてとても居心地が良かった。(20代男性)

・頑張らなければと感じました。心温まりました。料理の一つ一つがとても手が込んでいて美味しいです。(50代男性)

・美味しかったです。特にお雑煮が美味しかった。初めてお雑煮を食べました。フルーツも沢山(ぶどう、みかん、りんご、梨)あって嬉しかったです。(30代女性)

・カレーは大変おいしく頂きました。その他煮物類も美味しくて何度かおかわりして頂きました 雑煮が美味しく何度もおかわりしました。(60代男性)

・美味しかった。やっぱり部屋の中で食事が出来る事が嬉しい。(50代男性)

・役所ではよく教えてもらえなかった事を、長い時間かけて丁寧にお話聞いていただけました。安心しました。ありがとうございます。(40代女性)

 料理が美味しかったという感想が多い一方、参加人数に比べて会場が狭かったので、広い会場にしてほしいという声も散見された。これは今後の課題としたい。

 アンケートの自由記述欄には、以下のような切実な声が多数書き込まれた。

・週一日で良いからゆっくり長時間眠るのが夢です。(50代男性)

・今は、住居を確保して、仕事を見つけて普通の生活をしたいアパートに入りたいたいです。(30代男性)

・一応、年金受給者ですが、年金だけでは生活が苦しい。住居がないので仕事や生活保護の申請すら出来ない現況。今は住居を何とか可能に例えば厚生施設等などに入れたならばうれしく思います。(60代男性)

・上京した際、住居(アパート探し、緊急連絡人、連帯保証人)探しが一番ハードルが高いと感じています。(40代男性)

・住居が借りられない。お金のことでこまっている。むし歯ができたが、歯医者に行けない。くつがボロボロになったが買えない。(60代男性)

・派遣事務で有期雇用業務を転々としているので、まぁギリギリです。今すぐ住まいにも生活にも困っているという状態ではないですが、定職には就いていない。そういう存在でも恐らく大人食堂を利用しようとはしない人達でも、茶飲み話の中で相談できればいいのかと。(50代女性)

・仕事始めが1月8日となり、それまではネットカフェ生活となります。年末年始も支援して頂いてサバイバルできました。(60代男性)

■生活保護基準以下の生活をしている人が7割

 収入や仕事の状況を踏まえると、「年越し大人食堂」に集まった人のうち、7割程度の人が生活保護基準以下の生活をしていると見られる。

 特に生活相談を経て、「東京アンブレラ基金」から緊急宿泊のための支援金を渡した29人は、ほぼ全員が生活保護に該当する経済状況にあると考えられる。

 私たち支援スタッフは、生活相談の場において、生活に困ったら誰でも使える制度として生活保護制度があることを説明している。しかし、このうち年明けに生活保護の申請に至った人は、たった7人しかいなかった。

 「ホームレス自立支援センター」等、生活保護以外の行政施策につながった人を加えても、公的支援につながった人は9人にとどまった。

 残りの20人は、「年明けに寮付きの仕事が決まっている」、「年末年始さえしのげれば、自分でまた日雇いの仕事を探すから大丈夫」等と言って、私たちが公的な支援策の利用を勧めても、首を縦に振らなかったのである。

 このことは、2020年現在の生活困窮者をめぐる状況を象徴していると私は考えている。
「派遣切り」型の貧困から「ワーキングプア」型貧困へ

 リーマンショックが発生した2008年から数年間、働ける世代の労働者が失業をして、生活保護を申請するケースが増えた時期があった。しかし、近年は人手不足が叫ばれる中、失業率は低下傾向にある。

 ここ数年は、かつての「派遣切り」のように、これまで安定した仕事をしていた労働者が、仕事も住まいも一気に失って、生活に困窮するというパターンは少なくなっている。だが、「年越し大人食堂」に来た人たちのように、不安定で細切れの仕事を断続的に続けざるをえず、安定した住まいを確保できない状況にある人は逆に増えていると見られる。

 「派遣切り」型の貧困から「ワーキングプア」型の貧困へと、貧困のかたちが変わってきているのだ。

 この違いは社会保障制度の利用にも影響を与えている。

 「派遣切り」型の貧困により収入がゼロになった場合、次の仕事を見つけるまでの間、生活保護を一時的に利用しようという動機は働きやすくなる。一般に生活保護を申請することに対する心理的ハードルは高いものがあるが、他に選択肢がないなら仕方がないと、申請に踏み切った人を私は多数知っている。

 しかし、「ワーキングプア」型の貧困では、仕事が一時的に切れても、「すぐに次が見つかるだろう」と思ってしまうので、心理的なハードルを乗り越えてまで生活保護を申請しようという動機はあまり働かなくなる。

 もちろん、仕事をしていても、その収入が生活保護水準を下回り、資産もほとんどない状況にあれば、生活保護を利用することは可能である。私たちはそうした制度の使い方についても説明をしているが、病気やケガ等で全く働けないという状況にならない限り、生活保護は避けたいと語る人は少なくない。

■求められる住宅政策の転換

 では、どういう制度なら使いやすいのだろうか。「年越し大人食堂」の場でも数人に意見を聴いてみたが、「生活費は自分で工面するので、住宅費だけ援助してほしい」、「若者も入れる公営住宅があれば」という声があった。

 「ワーキングプア」型の貧困に対応するためには、生活保護制度を使いやすくすると同時に、家賃補助制度の創設や公営住宅の拡充など、住宅政策の転換が求められる。

 また、労働相談では飲食店で働いたのにほとんど給与をもらえなかったという人もいた。最低賃金を上げると同時に、こうした劣悪な労働条件を改善することも進める必要がある。

 この年末年始に開催された「年越し大人食堂」は、2020年の日本の貧困の実像を映し出した。今年は東京オリンピック・パラリンピックの開催に伴うお祭りムードにより、国内の貧困問題への関心は薄まる可能性が高いが、決して「大人の貧困」はなくなっていない、ということを粘り強くアピールしていきたい。

 

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