第48回  財界のいうワークシェアリングはレイオフの別名

 突然のようにワークシェアリングが取りざたされています。思い出すのは、2002年3月、厚生労働省、連合、日本経団連のあいだで「ワークシェアリングに関する政労使合意」が成立したことです。そのなかには大別すれば「多様就業型ワークシェアリング」と「緊急避難型ワークシェアリング」の二類型が盛られていました。
 失業率が5%を超えるほど雇用情勢が悪化したなかで曲がりなりにも政労使がワークシェアリングに取り組むことに合意した意義を否定するものではありませんが、見過ごせないことに、日本で労働時間の分かち合いを考える場合に避けて通れない「サービス残業の解消」については言及されていませんでした。また、労働側からは譲れない原則である「賃下げなき時短」は、使用者側から論外として一蹴されましたた。この二点できわめて腰砕けの合意であったという事情も手伝って、その後の「戦後最長の景気回復」のなかで、ワークシェアリングの取り組みはすっかり冷え込んだ観があります。
 ところが経済界は08恐慌の影響が深刻になって、生産調整のための雇用調整の手段として「緊急避難型のワークシェアリング」の必要性を言い立て始めました。一部の企業では、週4日制や3日制を導入し、社員に賃金カットによる収入の減少を補うためのアルバイトを認める企業まで現れています。しかし、これはワークシェアリングと呼べるものではなく、自宅待機か一時帰休と大差のないレイオフです。
 不況のなかで一時的に仕事が減り、残業も減るが、やがて生産が回復してくると人員が減ったなかで仕事が増え、サービス残業もなくならないというのがこれまでの常でした。今回のような恐慌の下では、緊急避難型の雇用調整は避けられないこともありますが、その場合も企業に、内部留保や配当の処分を含め従業員の雇用と生活の維持を最優先させ、生産が回復した時点の賃金や労働時間について、サービス残業の解消や残業削減にも踏み込んで、明確な労使協定を交わすことが重要です。
 2009年1月19日の「東京新聞」は、「サービス残業解消が大前提」という見出しのもとにワークシェアリングの大特集を組んでいます。労働運動総合研究所(労働総研)は、2008年10月31日、1人当たり年間120.7時間あるサービス残業を解消するだけで118.8万人の新たな雇用が創出されるという試算を発表しました。
 筆者が「労働時間のコンプライアンス実態とサービス残業」(関西大学経済・政治研究所『研究双書』第147冊「ビジネス・エシックスの新展開」08年3月)という拙稿でおこなった試算では、下の表に示したように、2006年の1人当たり年間サービス残業時間は247時間でした。これに一般常雇労働者4284万人を乗ずると年間サービス残業総時間は105億8148万時間となます。1人当たり年間労働時間を1800時間とすれば、サービス残業が解消されることによって創出される雇用者数は588万人に上ります。
 ただし、この計算は修正を要します。2006年の年次有給休暇(年休)の付与日数は、17.9日、取得日数は8.4日(取得率47%)でした。この場合、取得すべくして失われる年休の総日数は、1人当たり未消化日数(9.5日)×一般常雇4284人で、年間4億698万日に達します。これを1日8時間として、サービス残業時間に換算すると、32億5584万時間になります。年休が完全取得されたらこの分のサービス残業は消滅します。その分を1人年間1800時間で換算すると、181万人の年間労働時間に相当します。
 結局差し引きすると、サービス残業が完全解消されれば、407万人(588万人−181万人)の新規雇用が生まれる計算になります。これはあまりに単純な仮定の下での机上の計算であって、実際にはサービス残業の解消はこのように一挙的に実現することはできません。ただ働きがなくなるによる企業収益の低下や、自由時間が拡大することによる消費の拡大などの影響も考慮に入れなければなりません。そうだとしても、サービス残業の解消が大きな雇用創出効果をもっていることは明らかです。これは賃金および割増賃金が支払われていない残業がなくなるだけなので「賃下げなき時短」にも有効です。
 
 表 サービス残業の試算 (2006年)  
A
1人当たり年間実労働時間
2288時間
「労調」一般常雇・週労働時間×52
B
1人当たり年間支払労働時間
2041時間
「毎勤」一般労働者週実労働時間×12
C
1人当たり年間所定労働時間
1880時間
「毎勤」一般労働者所定×12
D
1人当たり年間実残業時間
408時間
A年間実働時間−C年所定内労働時間
E
1人当たり年間支払残業時間
161時間
「毎勤」週所定外労働時間×12
F
1人当たり年間不払残業時間
247時間
D年間実残業時間−E年間支払残業時間
G
1時間当たり賃金
1970
「毎勤」所定内給与/「毎勤」所定内労働時間
H
1人当たり年不払賃金
608238
F218時間×G1936×1.25
I
年間残業不払賃金総額
260569億円
H608238×4284万人(一般常雇)
J
サービス残業総時間
1058148万時間
F247時間×4284万人(一般常雇)
(出所)「労働力調査」および「毎月勤労統計調査」の2006年平均結果から推計
(注1)実労働時間は「労調」の非農林業雇用者のうち役員を除く一般常雇のデータから取った。
(注2)賃金支払労働時間、所定内労働時間、貸金支払残業時間は「毎勤」の一般労働者(漫模5人以上)のデータから取った。残業の割増賃金は25%増しで計算した。
(注3)一般常雇4284万人は「労働力調査」の被農林業常雇から役員を除いた人数。

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