6月下旬に開催された東京電力をはじめとする電力会社の株主総会では、脱原発を求める株主提案がどれだけの賛成を得られるかが注目されました。その結果については次回に書く予定です。そのためにも今日は「話題になった株主提案って何だろう」と考えてみたいと思います。
東京証券取引所の最近の発表では、日本の上場企業には延べ数で約4600万人の個人株主がいます。1人(1世帯)が平均3.3銘柄を持っているとしますと、実質では約1400万人の株主がいる計算になります。東電やトヨタヤソニーのような巨大企業では、1社でも数十万人の個人株主がいます。
一部の大株主を除く個人株主は、配当と株価に関心を示しても、株主総会における投票には消極的です。したがって、投票をするとしても、総会には出席せず、議決権行使はがきを白紙で(賛否を記入せず)郵送するのがふつうです。
しかし、会社法のうえでは株主は会社の経営に対してさまざまな権利を持っています。総会に出席する、総会で質問する、書面で質問する、会社の定款・株主名簿・総会議事録・取締役会議事録などを見てコピーする、経営者(取締役)の違法・不正や重大な義務違反に対して責任追及訴訟(株主代表訴訟)を提起する、株主総会に対して役員選任や定款変更などに関して議案を出す、といった権利です。最後に挙げた権利を「株主提案権」と言います。
株主提案は、両刃の剣で、投資ファンドなどが使えば、会社にコスト削減のためのリストラや賃金の切り下げを求める手段ともなりますが、市民派あるは社会派株主が活用すれば、会社の行動を環境、平和、人権、福祉などを重視する方向に向かわせる手段にもなります。
「フレンド・オブ・アース」という世界的な環境団体のHPによれば、株主提案は、株主ないし株主グループが会社とその取締役会にある行動をとらせたり止めさせたりする手段であるとされています。アメリカの本格的な株主提案運動の第一歩は、1970年の「キャンペーンGM」で踏み出されました。その要求はGMの企業憲章に「健康、安全、福祉との調和」を明記し、企業責任に関する株主委員会を社内に設置して、取締役に公益代表を選任することにありました。投票では株主提案は数パーセントの賛成しか得られませんでしたが、GMはその後、社内に公共政策委員会を設置し、公民権活動家のレオン・サリバンを取締役会に迎え入れました。
日本でも株主ないし株主グループは、会社法第303条にもとづき、一定の事項を株主総会の議案にすることを「株主提案」のかたちで請求することができます。日本では、電力会社における多年にわたる原子力発電所設置反対の株主提案を別とすれば、社会派株主から株主提案が提起されるようになったのは、1990年代後半に始まった株主オンブズマン(以下、KOと略記)の提案からです。
KOが行った株主提案で画期的な成功を収めたのは、2002年の雪印乳業の株主総会に向けての取り組みでした。2002年1月に、雪印乳業の子会社の雪印食品で、BSE対策の国産牛肉買い上げ事業を悪用した事件が発覚しました。このときKOは、雪印乳業に対して、消費者団体の推薦を受けて安全担当の社外取締役を選任し、そのもとに安全監視委員会を設置することを求める株主提案を行いました。会社はこの株主提案を株主総会に先立って全面的に受け入れ、その年の株主総会で全国消費者団体連絡会事務局長を経験した日和佐信子氏を社外取締役に迎えることになりました。その後、雪印乳業は、日和佐氏を責任者とする企業倫理委員会のもとで、法令遵守と食品の安全確保のための先進的取り組みを進めてきました。
いま一つの成功例は、株式会社大林組の第103回(2007年度)定時株主総会に向けて、KOが行った定款に談合防止の条文を盛り込むための株主提案です。大林組取締役会はこの提案を受けて、会社として、株主総会に提案し、定款第3条に談合防止の条文を新設する旨を決議しました。
他方、株主提案が総会の議題となり議決権行使(投票)総株数の半分に近い賛成を得ながら、実現されなかったのが、ソニーに対してKOが行ってき役員報酬の個別開示の提案です。しかし、昨年から始まった1億円以上の報酬を得る役員の開示制度によって、間接的にKOの要求は実現されました。
今年6月17日に朝日新聞「経済ナビゲーター」は、「大阪の市民団体株主オンブズマンはソニーに対し、役員報酬の個別開示を求めてきた。07年には44.3%の賛成があった。これが、報酬1億円以上の役員を開示する制度の流れを後押ししたともいわれる」と書いています。
年
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提案先会社名
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提案内容
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賛成率(%)
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1996年
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日本住宅金融
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営業譲渡反対
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28.6
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2000年
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住友銀行
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役員報酬の個別開示
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3.1 総会で最高額と平均額を開示
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2002年
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ソニー
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役員報酬の個別開示
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27.2
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女性取締役の選任
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17.5 翌年実現
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2002年
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雪印乳業
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安全担当の社外取締役の選任
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会社が受け入れて実現
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2003年
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トヨタ
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総会開催日の集中日回避
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12.7 翌年実現
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役員の報酬・退職慰労金の個別開示
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15.3
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2006年
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ソニー
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役員報酬の個別開示
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46.7(翌年の株主提案直前に計算ミスを理由に44.3に変更される)
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2007年
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大林組
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定款に談合防止の条文を新設
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会社が受け入れて実現
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