野田内閣の「日本再生戦略」(以下「戦略」)の本文には「労働者」という用語はまったく出てきません。かわりに「雇用者」という用語が使われていますが、それも、目標数字を箇条書きした囲み部分を除くと、全67ページの本文中、一箇所だけです。
働き方に関連して、政府の政策文書にしばしば登場する「ワークライフバランス」と「ディーセントワーク」も、「戦略」では、それぞれ付け足しのように一箇所で用いられているだけです。
「戦略」は、近年の新興国との競争で「賃金や収益が圧縮されてきた」と言います。しかし、本文では賃金の底上げや引上げに触れることを終始避けています。付録の位置に置かれた「改革工程表」のなかでは、2020年までに最低賃金の「全国最低800円、全国平均1,000円」を目指すとしていますが、これは申し訳というより眉唾です。
第135回でも述べたように、民主党は2009年総選挙のマニフェストで、最低賃金について「全国平均1,000円」の公約を掲げていました。しかし、政権を獲得するや、鳩山政権は、遅くとも4年の任期内に実現すべき公約を反故にして、2020年までの目標に「先送り」しました。今日までの3年間の民主党政権の引上げ実績は全国平均で31円(年平均10円)に留まっています(2009年度の713円から2012年度の744円に、12年度は10月以降の引上げ見込み額)。これから推し量ると、時給1,000円の実現はなんと26年後の2038年度になります?! つまり、民主党は全国平均1000円への引上げをやる気などもうとうないのです。
労働時間の問題では、「戦略」は、週労働時間60時間以上の雇用者の割合を現在の5割に減らすという目標を掲げています。実数でいえば、「労働力調査」で現在約500万人いる過労死ライン(週60時間以上の労働⇒月80時間以上の残業)の労働者を、2020年度までに約250万人にするというのです。
しかし、残業の上限を規制することなしに、この目標をどうやって達成するというのでしょうか。取り組みとして言われているのは、<「働き方・休み方改善コンサルタント」による相談指導、助成金の支給による労使の自主的な取組の促進、および特定分野に重点をおいた所定外労働の削減のための指導の実施>くらいです。従来の過重労働対策とほとんど異ならないこうした取組では、たいした効果は期待できません。
年次有給休暇(年休)については、現在の取得率48%を2015年度までに59%、2020年度までに70%にするという目標を掲げています。これも<「働き方・休み方改善コンサルタント」による相談指導、助成金の支給による労使の自主的な取組の促進、および計画的付与制度や時間単位年休制度の周知・活用促進等>で推進するというのです。しかし、この目標も、政府は積極的には何もせずに、労使の自主的な取り組みに委ねるというのですから、達成はとうてい望めません。
このように見てくると、野田政権の「日本再生戦略」には労働者の暮らしと働き方を改善する政策はないに等しい、と言えます。