話題の「桜を見る会」をめぐる国会質問を見て(2)
「不都合な真実」を明らかにした「フリーター漂流」
派遣切りをめぐる問題が大きく取り上げられるようになった、きっかけの一つは、2005年2月6日、NHKが放映した「フリーター漂流」というドキュメンタリー番組でした。当時、「フリーター」という言葉は、正社員としてきちんと就職せず、派遣社員や契約社員(有期雇用)で、好きなときに自由に働く若者の新たな傾向として一種の「非難」のニュアンスを含んで使われていました。
しかし、NHKの「フリーター漂流」は、フリーター像を根底から覆す衝撃的映像を放映しました。若い男性労働者が、所属する協力会社(事業場内下請)から派遣されて、製造大企業や系列の下請企業の工場現場で働き、経営側の都合に応じて、きわめて短期間に移動(漂流)する不安定で低劣労働条件で働く姿が描かれたのです。
NHKの「フリーター漂流」は、現場を重視した丁寧な取材による報道番組として大きな影響を与えました。(松宮健一『フリーター漂流』(旬報社、2006年1月)http://www.junposha.com/book/b316642.html)その後、民放でも、不安定で劣悪な労働現場を取材に基づいて報道する番組が続きました。(私自身も取材を受けた、関西テレビの徳島・光洋シーリングの偽装請負事件を取り上げた報道は特筆すべきものでした。この事件については、伊藤大一『非正規雇用と労働運動−若年労働者の主体と抵抗』(法律文化社、2013年)参照。)これらの報道を通じて、莫大な利益を上げながら、それを支える労働者を不安定で低劣な条件で働かせていることが社会的に大きな問題となりました。
私は1996年からインターネットで「派遣労働者の悩み110番相談」活動を開始していました。動機は、悩み相談を通じて派遣労働者の実態を把握したいという思いでした。政府・財界は、1985年に制定した労働者派遣法を、対象業務拡大の規制緩和の方向で、1996年、1999年、2003年と連続的に法改正しました。日本経団連など経済団体は、規制緩和の筆頭項目として派遣法改正を求めました。それに呼応して政府・労働省(後に、厚労省)は、法改正に都合の悪い派遣労働者の実情や問題点を調査や統計を通じて明らかにしようとはしなかったのです。
「フリーター漂流」は、マスコミが映像で、政府・財界にとって知られたくない「不都合な真実」を明らかにしたのです。NHK番組の発信力は、個人のホームページとは桁が違っていました。規制緩和によって派遣労働が解禁されたはずなのに、世界的な製造大企業の現場に「偽装請負」による労働力利用が広がっていたのです。偽装請負は、明らかに違法です。とくに、当時の派遣法によれば、派遣先は同一業務について派遣社員の受け入れが1年に限られ、それを超えると直接雇用する義務を負うことになっていました。また、安全衛生などの法的義務・責任を負担しなければなりません。そうした派遣法に基づく法的責任を負うのを避けるために、偽装請負形式を利用し続けていたのです。2005年放映の「フリーター漂流」以降、「偽装請負」が大きな社会問題になったことを背景に、それまできわめて消極的であった厚労省(労働行政)も監督や取り締まりに動かざるを得なくなりました。
「不都合な真実」隠しにどう対抗するか
その後、「派遣切り」によって「ワーキング・プア」が大量に存在することが可視化されました。労働法における規制緩和の弊害解消がようやく社会的課題となったのです。これが2009年の「政権交替」につながったのです。ところが、連立政権は、2009年総選挙前に合意した労働者派遣法についての改正案(=野党3党合意案)を実現する公約を実現できませんでした。やっとのことで政権末期の2012年に、微温的内容の「派遣法改正」と、労働契約法改正による「有期雇用規制」導入を実現しました。
しかし、2012年末に成立した第2次安倍内閣は、折角の改善内容を「ちゃぶ台返し」するように、規制緩和路線に逆戻りさせました。今回は、経営者団体だけでなく、人材ビジネス界の要望まで露骨に受けいれました。その結果、強行可決された2015年改正派遣法は、派遣先の雇用責任回避をより可能にするとともに、不安定で差別的待遇の派遣労働を長期に受け入れることを容認するものでした。派遣労働者は正社員化の道をほぼ閉ざされ、「生涯派遣」を強いられることになってしまいました。
安倍政権の7年間、私が一番問題だと思っているのは、派遣労働者の実態がきわめて分かりにくくされたことです。NHKをはじめ派遣労働者の実態や悩みを取材・調査して報道する番組はほとんど見られません。NHKに加える政権の露骨な圧力を感じます。民放は派遣・非正規を濫用する企業からの広告収入に依存しています。放送会社自身が間接雇用を多数導入しているのです。
現時点では、「フリーター漂流」のような番組制作をマスコミに期待することは無理かもしれません。代わりになるのは主体的な姿勢をもつ労働組合や労働関連市民団体だと思います。どのような活動をしていけば良いのか?その点では、田村議員による国会質問の手法は、私たちにも貴重なヒントを与えています。今後は、取材や調査を経て「不都合な真実」を明らかにしながら議論を展開していくことが重要です。官庁統計に安易に依存する訳にはいきません。弱い立場で働く人々の実態や悩みを一つずつ集め、それらを整理することが基本的作業となります。それを基に、多くの人の参加を得て開かれた議論をし、問題解決の方向をインターネットなどを通じて広く提示していくことが必要です。Asu-netでも、今後の活動について議論を強める必要があると思います。
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