民主労総が、韓国の「第一労総」になったニュースに思う
韓国で、民主労総が初めて韓国労総を抜き、労組組合員数で最も多い「第一労総」になりました。
〔1〕雇用労働部「2018年全国労働組合組織現況」
雇用労働部が2019年12月25日に発表した「2018年全国労働組合組織現況」によれば、民主労総の組合員数は96万8000人で、韓国労総(93万3000人)より3万5000人多くなりました。1年前の調査結果(2017年末基準)では、韓国労総は87万2923人、民主労総は71万1143人で16万人の差があったものが、わずか1年で民主労総が26万人近くも組合員を増した結果、1位と2位が逆転したことになります。その結果、労働組合員全体の中では41.5%が民主労総所属で、40.0%が韓国労総所属となりました。
実際には、保守政権のときに教員の全国組織である「全国教職員労働組合(全教組)」が法外労組とされたこと、また、個人請負形式就労(韓国では「特殊雇用」と呼ばれる)ということで労組設立証が交付されなかった「貨物連帯」(トラック運転手の組合)が政府統計に含まれていません。これらの組合員を含めるなら、民主労総の規模は事実上100万人を超えていることになります。
その結果、全体としての労組組織率も11.8%と、2017年より1.1%増加して2008年以後、最高水準になりました。民主労総との比率で2位に落ちた韓国労総も組合員数を増加させており、2010年9%台まで落ちていた労働組合組織率低下に歯止めがかかり、上昇傾向になっていることを示しています。
〔2〕19年間で2倍化した民主労総
1995年11月創立当時、民主労総の組合員は41万人でした。独裁政権が終わったのに労働組合法上、一企業内での複数組合禁止規定が残っていたために合法的存在と認められませんでした。それから4年後の99年11月、金大中政権下で「複数組合」を容認する法改正がされた結果、ようやく民主労総は合法的労働団体と認定されました。その当時、民主労総の組合員は57万700人でしたので、1999年から2018年までの19年間で約2倍に成長したことになります。
とくに驚くべきことは、民主労総の組合員数が2016年まで60万人台を下回っていたものが、2017年71万1000人となり、2018年に96万8000人と1年で36.1%も急増していることです(下図参照)。
このように急増した理由は、
?法外労組とされていた9万6000人規模の全国公務員労働組合(全公務員労組)が解職者を組合員と認定する規約を改正して、2018年3月、労働組合法による労組と認定されたこと、
?ネクソン、ネイバー、カカオなど主要な情報技術(IT)分野で労組設立の動きがあり、4000人を超える労働者が民主労総に加入したこと、
?二大労総間の「労労対立」が深刻であった建設部門でも民主労総組合員が約2万人増えたこと、
?民主労総傘下の公共運輸労組が、公共部門(国、自治体、関連団体)の非正規職の正規職転換が進みました。韓国労働社会研究所の推定によれば、文在寅政権発足後、正規職転換された公共部門の非正規職20万人の中で約15万人が新たに労組加入したと推定されています。その多くが民主労総に加入したことなどが挙げられています。
とくに、公共部門での増加(?と?)から、民主労総の中で公務員・公共部門所属者の比率が、2017年63.2%から、2018年68.4%と5.2%も上昇しました(ソウル新聞、中央日報、韓国経済などの記事(いずれも2019.12.25付、参照)。その結果、公共運輸労組は組合員数約21万人となり、従来、民主労総で最大であった金属労組(約18万人)に代わる最大組織になったことも注目すべき変化と言えます。
〔3〕「ろうそく灯り市民革命」と労働組合運動の新たな変化
こうした労組組織率の上昇の背景としては、文在寅政府が「労働の価値がまともに尊重される世の中を作ること」を国政目標の一つとして、「労組組織率を高めるために政策的努力を傾ける」と公約していたことを無視することができません(文在寅大統領、2017年8月就任100日記念記者会見発言)。実際、新政府が進めてきた公共部門の正規職転換政策が、民主労総所属組合員の急増につながっていることは否定できないと思います。
こうした文在寅政権が登場したのは、2016年秋から2017年初めまでの「ろうそくの灯り市民革命」が原動力になっています。日本メディアの偏った報道では、「ろうそくの灯り市民革命」の実情や、それによる韓国の政治・社会状況の変化が正確に伝わっていません。一国の大統領を市民が平和的デモ・集会を通じて世論を変え国会を変えて「弾劾」にまで追い込んだのです。これは「市民革命」と呼べる大きな社会運動であったと思います。民主労総をはじめ労働組合運動の活動家たちも、多くの市民団体と連帯してこの「市民革命」で重要な役割を果たしました。
そして、この「ろうそくの灯り市民革命」の過程で、多くの職場で大きな変化がもたらされたのだと思います。私は今年(2019年)3月に韓国を訪問調査し、民主労総、保健医療労組、建設労組などから話を聞き、「ろうそくの灯り市民革命」による社会的雰囲気の変化を強く感じました。そこで共通していたのは、従来なら労組組織化など不可能と言えるほどに厳しい職場や産業団地でも労組設立や新規加入の動きが出てきたという話でした。感心したのは、労働組合幹部による持続的で熱心な組織拡大の姿勢と地道な努力と、新たな段階に進んでいるという強い自信でした。
〔脇田滋の連続エッセイ「第2回 元気を取り戻してきた韓国の労働組合」(2019-03-30)https://hatarakikata.net/modules/wakita/details.php?bid=4〕
2019年12月14日の日韓「働き方改革」フォーラムでは、第3セッションで、非正規雇用の女性労働者の先頭に立ってきた「全国女性労組」のナジヒョン委員長、「青年ユニオン」の創設メンバーであったチョソンジュさん(前ソウル市労働協力官)の興味深い報告がありました。韓国の労働運動、とくに民主労総は、従来、十分な組織ができず労働組合とのつながりが弱かった女性や青年を対象とした取り組みを積極的に進めています。
オートバイでの宅配運転手など個人請負形式による就労が増えていますが、「ライダーユニオン」が新たに組織されて活発な活動を始めています。チョソンジュさんは、「大学院生労働組合」の話を紹介されていたのは、50年近く前に院生運動に参加した経験がある私には「とても柔軟な発想」として強い印象が残る話でした。また、2019年11月、初めて「障害者労組」(民主労総の公共運輸労組障害者一般労働組合支部)が発足しました。同労組によれば、「すべての障害者を組織対象にする。現在の全国の障害者10人中6人は、失業状態であり、労組はすべての障害者の働く権利保障を目標にするので、失業状態である障害者も労組加入対象に含むという計画である。非障害者の場合、障害者労働者の権益保障活動に意を共にする人は組合員になることができる」とのことです。この障害者労組発足総会には、民主労総のハンサンギュン元委員長が「権利探しユニオン勧誘」代表として参加し応援の言葉を述べています。
〔2019.11.02付チャム・セサン「障害者労組スタート「資本が排除する労働、新しく定義しよう」〕
〔4〕民主労総の「第一労総としての責任感」
韓国では、90年代から集団的労働関係本格化の動きがみられました。とくに、労働組合間の連帯活動強化、産別労働組合建設、産別交渉、全国的労使政協議を目指す動きの高まりです。しかし、李明博、朴槿恵保守政権の下で、こうした動きは、最近約10年間大きく後退したと指摘されています(姜成泰・漢陽大学教授)。しかし、民主労総が第一労総になったことは、集団的労働関係が再び活発化する方向へ大きく変わる契機になると考えられます。
「労働組合組織現況」の発表を受けて民主労総が「声明」を発表しました。
(声明)民主労総(韓国の)第1労総として重大な責任感を感じる (2019/12/25)
〔試訳(https://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2466)参照。〕
「2018全国労働組合組織現況発表に伴う民主労総の立場と対政府要求」
〇何より民主労総は第1労総として無限の責任感を感じ、支持された労働者に感謝
〇ロウソクのあかり抗争以後高まった労働権拡大要求が民主労総に対する信頼感上昇で組合員増加
〇政府は今回発表を契機に、各種政府委員会に労働界参加比率再調整始めなければならない
〇労組組織率拡大は両極化不平等解消指標と直結するので、政府は労組組織率が最小30%に上昇できるように各種制度改善と行政措置推進しなければならない
〇全体組合員のうち超企業組合員比率が86.7%で産別交渉促進、活性化に積極的に取り組まなければならない
〇事業場規模別組織率(30人以上2.2%、30人未満0.1%)考慮、中小零細事業場労組活動する権利支援のための格別の措置が必要
〇労組組織率調査、組合員数と組織率増減結果を越えて原因分析ための立体的な調査が必要
日韓「働き方改革」フォーラムでは、文在寅政権が5年任期の折り返し点を過ぎて、「労働尊重」政策遂行に急ブレーキがかかったのではないという論点について、イビョンフン中央大学教授から、文政権が労働政策について「左信号を出しながら右旋回した」事情や背景について鋭い分析が示されました。そして、政策の目玉であった「最低賃金引上げ」や「労働時間短縮」などについて、民主労総は政府の政策を「公約の後退」として厳しく批判しており、「労政対立」が強まっています。
〔12/14日韓「働き方改革」フォーラムの報告については、同フォーラムHP(https://nikkan2019.blogspot.com/)参照。〕
経営者に近いメディアは、これまで政府を批判して「労使政の社会的対話」に参加していなかった民主労総が第一労総になったので「代表性」をめぐる論議が高まるが、民主労総の対話への復帰が見込まれないことから政府の「社会的対話」路線が困難にぶつかることを「期待」する観測をしています(韓国経済2019.12.25)。他方、従来、現政権や経済界と社会的対話を進め、比較的「物分かり」が良かった韓国労総が、これという成果を出すことができない上に、第2労総に転落したとして「来月21日予定の委員長選挙で責任論がふくらめば、対話でなく闘争モードに向かう可能性がある」との見方も紹介しています(韓国経済2019.12.25)。
〔5〕「全体代表性」を目指す民主労総の注目すべき方向
しかし、重要なことは、民主労総が第一労総になったことから対政府の姿勢がどうなるかという点ではないと思います。民主労総の声明を見る限り、目標は欧州のように組織率だけでなく、組合としての影響を及ぼす「協約適用率」に置いていることは注目すべきことです。つまり、欧州諸国の労働組合、とくに、声明で引用されている次の図表(〈OECD主要国の労組組織率と協約適用率〉)に示されているように、フランスや北欧諸国のように、8〜9割の労働者に団結の結果を及ぼす「全体代表性」のある労働組合を目指していると考えられるからです。
来年は韓国国会選挙があり、その結果によっても、今後の韓国における労働政策がどのような方向に向かうかは不透明です。しかし、地道に未組織職場の克服に取り組み、中小零細企業労働者、特殊雇用労働者、女性、青年をはじめとする脆弱階層への取り組みを強める民主労総の活動が持続し、その地位がますます高まっていくことは間違いがないと思います。
これに対して、日本では韓国のような労働組合の産別転換といった動きがなく、ストライキを含む活発な闘いもほとんど見られない中で、労組組織率が16.7%と最低を更新し続けています(下図は日本の〈雇用者数、組合員数、推定組合組織率〉の低下を示しています)。非正規雇用が4割になり、過労死、ハラスメント、ブラック企業などの問題状況が広がるのに、労働者の期待に応えない、応えられない労組の存在意義そのものが問われています。
韓国でも反労組の企業側の「情緒」は日本と変わりません。労組活動が難しい国という点で日韓は類似した状況が共に存在しています。しかし、韓国では、先日、サムソン電子副社長などの経営トップが労組妨害行為で逮捕されるなどの注目すべき動きも見られます。また、反労働組合の経営を標榜してきたサムソンの系列会社で韓国労総の労働組合が結成されたことも大きなニュースとなりました。
OECD諸国の中で、労組の組織率と協約の拡張適用率で最下位を争ってきた日韓両国ですが、意識的な取り組みを進めて、実際に組合員数を大きく増やし、「全体代表性」をもつ労働組合と集団的労働関係の本格化を目指そうとする韓国と、そうでない日本は、このままでは数年のうちに順位が逆転して、日本が労組組織率や協約適用率でOECD内で最下位に落ち込む可能性が高くなっていると思います。
日本と韓国では、格差・貧困、非正規雇用、長時間労働、過労死、低賃金、差別、ハラスメントなど共通した深刻な状況が広がっています。こうした状況を克服するためには、「すべての働く者を代表する労働組合」が大きくなることが重要です。民主労総の取り組みは、その点で大いに参考になります。日本でも、所属企業ごとの分断、正規・非正規雇用の分断、官民の分断、性別による分断などを乗り越えて、すべての労働者を代表して、使用者(経営者、企業、当局など)と対抗する労働組合の役割が期待されます。そのためにも、働く者すべてに「労働組合への加入と活動の権利」(韓国語では、노조할 권리(労働組合する権利))が保障される必要があると思います。
【関連情報】
脇田滋の連続エッセイ第13回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(上)(2019/8/2)
脇田滋の連続エッセイ第14回 「労働者分断」を乗り越えてきた韓国労働運動(下)(2019/8/2)
〔韓国〕公共部門正規職転換どこまできたか (9/27)(2019/10/15)
日韓「働き方改革」フォーラム〔外部リンク〕