韓国版「わたしは、ダニエル・ブレイク事件」、国民年金公団の控訴を棄却 (11/12掲載)

 「韓国のダニエル・ブレイク事件」で、水原(スウォン)地裁が画期的な判決を下しました。基礎生活保障法(=日本の「生活保護法」にあたる公的扶助法)に基づく給付をせず、死亡した男性の遺族が提起した訴訟で、被告(国民年金公団)の責任を認める判決です。類似状況にある日本でも参考になる判決です。
 韓国の社会福祉、社会保障を研究をされている、エゴマの葉さん(筆名)から関連のニュース解説と、多くの市民団体(基礎法立て直し共同行動)の「10.29共同声明」(日本語訳)を寄稿していただきました。
 「私は、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)」は、この事件とまったく同様な状況を描くイギリス映画(ケン・ローチ監督)の題名です。主人公は、心臓病があるのに公的扶助を受けられず、働き続けました。
 共同声明の直後、「共同行動」に参加する法律家団体「民弁(民主社会のための弁護士の集い)」のホームページに「共同論評」が公開されていました。こちらは私が試訳しました。
 ※なお、韓国の裁判制度では、日本とは違って、第1審判決が地方裁判所の単独判事による判決であった場合、第2審(控訴審)は高等裁判所ではなく、同じ地方裁判所の合議部が担当します。この事件は、そのような訴訟経過を辿り、控訴審も水原地裁でした。もし、控訴審判決を争って上告するときには、高等裁判所をとばして最高裁判所(=大法院)が第3審を担当します。(swakita)

 誤った労働能力判定と条件付きで強制的に就業させられた結果、持病悪化によって死亡した故チェ·インギさんの遺族らが提起した国家賠償訴訟について、水原地裁は2020年10月29日、国の責任を認めた下級審判決を維持し、被告水原市と国民年金公団の控訴を棄却する判決を下しました。
 故チェ・インギさんは、大動脈瘤の診断を受けて、一般受給者として約8年間、国民基礎生活保障制度を受給してきましたが、労働能力判定を担当する国民年金公団は、2013年11月に突然、「労働能力あり」との判定をくだしました。労働能力があると判定された場合、自活事業への参加が、制度受給の要件となるため、強制的に仕事をせざるを得ませんでした。故人は仕事を始めてから、急激に健康が悪化、3ヶ月後に倒れ、2ヶ月後の2014年8月28日死亡しました。
 この事件は、イギリスの福祉制度を批判した、ケン・ローチ監督の映画、「私は、ダニエル・ブレイク」と内容が酷似しているために、韓国版「私は、ダニエル・ブレイク事件」と呼ばれています。
 以下、この裁判を支援してきた「基礎法立て直し共同行動」の声明を掲載します。
(エゴマの葉)

[共同声明]
わたしは、ダニエル ∙ ブレイク訴訟に対する裁判所の判決を歓迎する
国民年金公団は遺族の前で謝罪せよ

 水原地裁は2019年12月、故人の死亡に対する水原市と国民年金公団の責任を認め、遺族に1千5百万ウォンの賠償を命ずる判決を言い渡した。国民年金公団はこれに対し控訴したが、本日水原地裁がこの控訴を棄却したことで、故チェ·インギさんの死に対し、国民年金公団と水原市に責任があることが改めて明らかになった。

 6年という長い間、無念の死に対する謝罪を受けられないまま、裁判の場に立たされた遺族の気持ちを察すると、ただ喜ぶことはできない。それでも今回の判決は、国民の権利として福祉を履行する国の責任と義務は何かについて明らかにした意義のある判決だと考えて歓迎する。

 1999年に制定され、2000年から施行された国民基礎生活保障制度は、類似の役割を果たしていた生活保護法と異なり、人口学的基準を廃止し、年齢、障害の有無に関係なく受給権を保障した。しかし、労働能力がある場合、自活事業への参加を条件とする規定は、若い人や重度の障害を持たない人たちが受給者になる事を困難にし、2012年12月から開始された国民年金公団の労働能力評価は、受給者に、評価結果に対して抗することや修正することさえ困難にした。自活事業の現場では、労働能力があるという評価を受けたものの、慢性疾患や病名が不明確な痛みによって、仕事に参加できない人々が苦しみを訴えている。人々の状況と条件を考慮しない労働能力評価、条件の賦課は、「受給から抜け出す」ことはあっても「貧困から抜け出す」ことを不可能にする主な原因となっている。

 今回の判決をきっかけに、国民年金公団や保健福祉部は、受給者らの経験や状態に耳を傾けるための努力を始めなければならない。労働能力評価に対する全面的な見直しとともに、自活雇用をより良い雇用にするための努力を併せて行うことを要求する。 映画<私は、ダニエル·ブレイク>のように。チェ·インギさんもこの世を去ったが、彼らが残した声が、無念にも亡くなる人々をこれ以上生み出さない変化をもたらすだろう。

 残念なのは、国民年金公団が国民の尊厳と生命権を侵害したにもかかわらず、「控訴」に固執したという点だ。年金公団は前回の判決以降、労働能力評価の改善に向けた努力よりも、新しい弁護士選任費を策定することを決めた。先の国政監査で、共に民主党のカン·ソンウ議員が指摘したところによると、弁護士選任費用は成功報酬330万ウォンをはじめ、990万ウォンにのぼる。損害賠償の費用を超える支出である。国民の生命と尊厳を害した今回の事件に対して心からの謝罪を行うのではなく、控訴を決定した国民年金の決定は傲慢この上ない。これ以上無意味な上告を試みないことを忠言する。

 2020年10月29日
 基礎法立て直し共同行動
 出所 参与連帯ホームページ

[共同論評]
韓国のダニエル・ブレイク事件、条件付き受給者の無実の死に対する国の責任を再確認した控訴審裁判所の判決を歓迎する。

  1. 水原地方裁判所は2020.10.29. 誤った勤労能力判定と条件付きにより強制的に就業させられた結果、持病の悪化でこの世を去った故チェ・インギさん(以下「故人」)の遺族らが提起した国家賠償訴訟で、国家の責任を認めた下級審判決を維持し、被告水原市と国民年金公団の控訴を棄却する判決を下した(水原地方裁判所2020.10.宣告2020カ51686判決)。民主社会のための弁護士会公益人権弁論センター、公益人権法財団の共感、基礎生活保障法の見直しに向けた共同行動は2017年8月28日から所属弁護士によって構成された代理人団を構成し、故人の遺族を支援してきた。「民主社会のための弁護士の集い」をはじめとする基礎法立て直し共同行動は、不当な勤労能力評価の違法性を再確認した控訴審裁判所の判決を歓迎する。
  2. 故人はバスの運転手として勤務中、心血関係疾患である胸腹部大動脈瘤の診断を受けた。2度にわたって心臓とつながっている大動脈を人工血管に入れ替える手術を受けたが、手術後も健康と体力が回復せず、仕事をやめるしかなかった。しかし、2013年11月、水原市は8年間基礎生活受給を受けてきた故人にいきなり勤労能力があるという判定を下した。そして、故人を条件付き受給者に選定し、給与のうち6割を削減する一方、就労し自活しなければならず、従わない場合は給与が途絶えることがあることを通知した。  基礎生活保障給与で辛うじて最低生活を維持してきた故人は、水原市が賦課した条件に従うために就職せざるを得なかった。そうして大型マンション団地の地下駐車場清掃員として就職した故人は、働き始めた直後から健康が急激に悪化した。故人は就職して3か月で倒れ、それから3か月後の2014年8月28日に死亡した。最も脆弱な人々に最も官僚的に接する英国の福祉制度を批判したケン・ローチ監督の『私、ダニエル・ブレイク』映画が予見した状況が異域万里の韓国で実際に起こったのである。
  3. 国民基礎生活保障法上の条件付き受給者に選定されると、機関が提示した条件に従って給与を受け取ることができる。基礎生活受給者の自活を助けるためだが、最低生活に必要な給与を対象にするため、貧困が行動の自由を制約する口実になる危険が高く、故人の場合のように条件付き受給者選定の根拠となる勤労能力判定が間違っている場合は、健康権と生命権の侵害につながる可能性がある。それだけ、国民年金公団の労働能力評価や保障機関(同事件の場合、水原市)の労働能力判定、条件付き受給者選定や条件付き受給者選定、条件履行管理の全ての段階ごとに重大な責任が伴うが、水原市と国民年金公団は、1審で敗訴してからも控訴審に至るまで、責任逃れをする態度で一貫してきた。基礎生活受給者にとってあれほど厳しかった機関が、いざ自分たちの過ちに寛大すぎるのではないかと問わざるを得ない。
  4. 控訴審裁判所は、第1審の結果、同様に誤った勤労能力評価に基づいて勤労能力があるという判定を受け、それによって勤労能力がないにもかかわらず仕事をしていて死亡に至ったことを認めた。控訴審裁判所も第1審の結果、誤った労働能力評価と死亡者の死亡の間の相当な因果関係を認めたのである。 韓国版「私は、ダニエル・ブレイク」事件は、誤った労働能力評価、そして本人の意思や状況と無関係な条件付きの過労に苦しみながら、異議さえ提起できない貧困層の状況を代弁する。控訴審の判決は、故人が仕方なく国家の指示に従って死亡に至ったことに対する国家の責任を再確認することで、不当な勤労能力評価が貧困層の基本権を侵害する不法行為ということを明確にしたという点で、その意味が大きい。
  5. 自活は強要されない。国民基礎生活保障法第1条も自活の「強要」ではなく、自活を「助けること」を目的としていることを明示している。政府と国会は、最低生活保障を担保とする条件付きの貧困層に対する暴力性を明確に認識し、制度改善を推進しなければならない。そして6年以上過ちを認めるどころか、第1審判決に対して無意味な控訴を提起するなど遺族の苦痛を加重してきた水原市と国民年金公団は、今からでも故人の遺族に心からの公的謝罪をし、保護されるべき国家の手に愛する家族を失った遺族の恨みを少しでも晴らさなければならない。 

2020年11月2日
 民主社会のための弁護士の集い、
 基礎法立て直し共同行動(健康世の中ネットワーク、公共労組社会福祉支援部、公務員労働組合、公益人権法財団共感、金融被害者連帯ヘオルム、難民人権センター、老年ユニオン、ホームレス人権共同実践団、民主化のための全国教授協議会、反貧困ネットワーク(大邱)、福祉国家青年ネットワーク、釜山反貧困センター、貧困社会連帯、(社)チャムヌリ、ソウル住居福祉研究所、障害者福祉連帯、障害者福祉団体、韓国社会福祉団体、障害者保護者団体、韓国人権運動協会、障害者保護者団体、韓国人権保護者団体、韓国社会福祉団体、全国福祉団体、障害者団体、社会福祉福祉協議会、韓国自域自活センター協会、ホームレス行動)

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