朝日新聞2021年6月8日(火)朝刊「部活をしたくて教員になったわけじゃない」という記事が掲載された。
名古屋大学内田良准教授が開いたオンラインイベントの記事だ。中高4人の現場の教員が語った本音について書かれている。
記事では教師の働き方改革の「本丸」として部活動を位置づけている。私は、部活動が本丸、という位置づけに必ずしも賛成しない。なぜなら、学校を24時間営業の事業所と勘違いしている社会、保護者、生徒がいる限り、教師の労働時間が減るかどうか、疑問を持っているからだ。
しかし、部活動がその象徴的な存在である、ということには異論はない。
記事では、連休について、「5連休あるから2日や3日は練習できるよね、というのが運動部」と教員が語る。内田准教授が「休みだから休むのではなく、休みだから練習するんですね」とコメントする。そして、試合の有無を決めるのは中体連で、「ずっと指導に当わたってきた先生で、部活をやりたくない先生とは違う集まり」と井上先生(仮名)が話す。イベントの中では、「若者は使い捨ての駒のように、やったことのない部活顧問を押し付けられている」と悲痛な教員の叫びを紹介している。
ここで「若者」とされているのは、初任の先生や、常勤講師という1年契約の弱い立場の若い先生たちを指している。
そもそも、多くの学校では「部活動」は「自主的活動」と位置づけられている。公立学校では、給特法4項目に当てはまらないもので、仕事ではなく「お願い」で部顧問が「押し付けられている」。仕事ではないので、残業ではない。
しかし、事故などがあれば、教員は監督責任を問われる。近年は学校監督下で起こった事故については、基本的に学校の過失責任を問われる。責任は問われるのに、「仕事」ではない、ことの矛盾があるのである。
部活動を仕事でない、と考えているのは、実は教員そのものだけなのではないだろうか。
関西大学中等部高等部では、部活動は仕事のひとつとして、労働組合と法人との間で労使の確認が行われた。確認書が交わされたので、労働協約として効力を持つ。仕事であるので、時間外勤務となり残業手当が支給されることとなった。
当時の労務担当理事は、団体交渉で「部活動を仕事として認めたら、36協定の上限時間なんてすぐ超えてしまう」と抵抗し、本音を漏らした。36協定の上限時間を超えてしまうということは、違法で不健康な働き方をしなければ、部活動顧問はできない、ということを意味している。関西大学の経営者はある意味、正直に胸のうちを吐露し、部活動を残業項目として認定した。
内田准教授は、#教師のバトンについて、「ツイートには文部科学省に言っても解決しないものがたくさんある。なのに訴えるのは学校内でどうにもできないから、国に訴えているんじゃないか」と述べている。
私は、国だけでなく、「労働組合よ、私達の命を守ってくれ」と訴えているような気がしてならない。