第72回 臥床断想④ Amazonでの労働組合結成のニュースを聞いて考える(下)

アマゾンの異常な働き方が問題化

 2010年代以降、アマゾンが急成長する一方、その職場での労働災害の発生率が異常に高いことが問題になりました。とくにコロナ禍で宅配サービス重要が増えて、感染リスクがある中で、アマゾン社の労働者たちは過酷な勤務に従事しました。それが、メディアでも大きく取り上げられるようになり、さらに、Youtube動画がWebを通じて全米、全世界に広まりました。

ラストマイル運転手の実態動画

Amazon DSP Drivers Reveal The Challenges Of One-Day Shipping

 その中でもCNBCの動画(2021年6月19日)は、アマゾン関連労働者の働き方の実際を可視化したものとして注目され、300万回以上も再生されました。多くのアマゾン関連就労者の中で配送の最後を意味する「ラストマイル」を担当する「配送サービス・パートナー(DSP)」たちに焦点を当てました。彼ら・彼女らの多くは、労働法適用のある「従業員(employee)」ではなく、独立系小企業(independent small businesses)です。しかし、「企業(business)」と言っても従業員を一人も雇わない場合が大多数です。この場合は、「独立請負契約者(independent contractor)」として労働法適用を逃れる「誤分類」の可能性があります。しかし、アマゾンは、直接雇用していない彼ら・彼女らも、厳しいコンピュータによる独自の配送システムに組み入れ、「秒単位」で監視し、問題があれば「アプリを切断」して、事実上「解雇」することもあることが分かります。

この動画の概要には、次のような説明があります。
「アマゾンでは、独立系中小企業であるデリバリー・サービス・パートナー(DSP)のもと、11万5000人以上のドライバーが働いており、プライムの荷物を1日配送で玄関先まで届けている。アマゾンのDSPの現役ドライバーと元ドライバーに、その仕事のプレッシャーについて話を聞いた。ボトルへの放尿から、一時停止標識の無視、ドライバーが交通渋滞を横切るルート、犬の噛み付き、バン内の常時録画カメラまで–11万5000人のDSPドライバーの中には、大きな不安を口にする人もいる。」(日本語仮訳)
なお、動画画面の一番下の欄で「Youtube」を選択すればパソコンなどで「日本語字幕」を選ぶことが可能です。(「設定」→「字幕」→「自動翻訳」を選び、翻訳先で「日本語」を選択)

労働市民団体の調査報告書

 労働関連の市民団体や労働組合は、コロナ禍の前から問題提起し、粘り強く調査活動を進めてきました。そして、それを報道する多くのインターネット・メディアViceのMotherboadRevealWiredなど)通じて、社会的に世論への訴えかけが行われたのです。

 後述するように、州法による「倉庫労働者保護法(Warehouse Workers Protection Act)」の制定の動きがあり、法的強制力を背景にしたアマゾン倉庫の労務管理の改善可能性が注目されています。その州法制定に、これらの調査報告書が大きな役割を果たしています。全米各地でAmazonの労働災害率をめぐって多くの調査報告がありますが、Webで以下の4報告書を見つけることができました。それぞれに充実した内容、注目すべき指摘が含まれています。その正確な紹介は、筆者の語学力と知識不足のために、かなりの時間がかかります。そこで、ここではその概要を以下に整理してみました。

苦痛パッケージ:アマゾン帝国における労働災害

全国雇用法プロジェクト(NELP:National Employment Law Project)苦痛パッケージ:アマゾン帝国における労働災害(2020年1月)
・配送コストを削減し、配送時間を短縮するために、アマゾンはラストマイル配送ドライバーのネットワークを独自に構築している。ドライバーの中には、請負業者や他の配送会社に勤務する者もいるが、これらラストマイルのドライバー全員に「ラビット」と呼ばれるGPS機器が支給され、アマゾンは配送の追跡、ターンバイターンの指示、ドライバーの進捗状況の監視を可能にしている。アマゾンはドライバーに1日の配送量を設定し、ピーク時のホリデーシーズンには1日400個もの配送を行うこともあり、ドライバーはその配送量に追いつくために奮闘することを余儀なくされる。
・アマゾンは、eコマース業界における配送とフルフィルメントの標準を定め、業界における雇用慣行と労働条件の標準も定めている。
・アマゾンは、全米労働安全衛生センター(NCOSH)が発表した、労働者と地域社会を危険にさらす雇用主のリスト「好ましくない12社(Dirty Dozen)」で2年連続首位
多くの従業員が精神的な危機を経験」「2013年10月から2018年10月の間に、自殺未遂や自殺念慮、その他の精神衛生上のエピソードで救急事例が少なくとも189件

苦痛寸前:アマゾンにおける労働災害の蔓延

戦略的組織化センター(SOC:Strategic Organizing Center)労働災害マシーン:アマゾンの生産システムが労働者をいかに傷つけるか(2022年5月)

戦略的組織化センター(SOC)は国際サービス従業員組合(SEIU)チームスター国際兄弟団(IBT)アメリカ通信労組(CWA)アメリカ農業労働者組合(UFW)4つの労働組合からなる民主的連合体。加盟組合合計400万人以上の労働者を代表
・SOCは、2021年2月12日~2月18日に、アマゾンの職場の健康と安全に関連する労働者のオンライン調査を実施。回答した996人は、ほぼ全員がアマゾンの事業の4つの部門(フルフィルメントセンター52%、ラストマイル配送24%、配送ステーション9%、仕分けセンター8%のいずれか)で就労。42州の施設(最も集中したのはフロリダ、カリフォルニア、テキサス、オハイオ、ニュージャージー)。
回答者の42%が、仕事を休む原因となる痛みや負傷を経験。負傷したという回答者の10人に8人が、痛みや負傷は生産の圧力やスピードに関係していると回答。
・図表1が示すように、アマゾンと他企業における労働災害発生率に大きな差がある。フルタイム労働者100人当たりの労働災害数が全米の全雇用主では2.8人であった(2019年)。これに対して、倉庫労働者の労働災害は格段に多かったが、2020年では、アマゾン以外の倉庫の場合、4.0人であったのに対して、アマゾン倉庫の場合はさらに多く6.5人に達していた。これは、全雇用主の2.3倍以上、アマゾン以外の倉庫の1.6倍であった。

労働災害マシーン:アマゾンの生産システムが労働者をいかに傷つけるか

SOC(2022.4))The Injuryhttps://thesoc.org/what-we-do/the-injury-machine-how-amazons-production-system-hurts-workers/ Machine How Amazon’s Production System Hurts Workers

 

戦略的組織化センター(SOC:Strategic Organizing Center)労働災害マシーン:アマゾンの生産システムが労働者をいかに傷つけるか(2022年5月)

・アマゾンの高圧的労務管理は、前例のない数の労働者の負傷(労働災害)を引き起こし続け、状況は悪化。SOCは、アマゾンが政府の労働安全衛生局(OSHA)に提出した2021年の労災データを分析し、アマゾン全体の労災発生率が2020年から2021年にかけて20%増加したことを明らかにした。
・アマゾンは、他の倉庫業界と比較して、劇的に危険な状態。2021年、アマゾン倉庫での重傷率は100人あたり6.8人で、アマゾン以外の率(100人あたり3.3人)の2倍以上
・アマゾンの施設では、2021年に約4万件の負傷(労働災害)。アマゾンは2021年に米国の倉庫労働者全体の33%を雇用しているが、同社は業界における負傷(労働災害)の49%という驚異的な数字
・2020年、COVID-19(コロナ感染症)の大流行が始まったとき、アマゾンは当初、安全対策を取れるようにノルマを緩和したが、2020年10月には、第二波で患者数が増え始めていたのに、プライムデー前に生産重視の懲罰政策を復活した。スピードへの執拗なこだわりと、作業量強制のための監視と懲罰システムが継続。

最悪の1マイル:アマゾンの配送システムにおける生産圧力と労災の危機

戦略的組織化センター(SOC:Strategic Organizing Center)最悪の1マイル:アマゾンの配送システムにおける生産圧力と労災の危機(2022年5月)

・アマゾンの配送システム施設は、①大型倉庫(フルフィルメントセンター)②配送センター、③仕分けセンター、そして、④ラストマイル配送を担当するDSPs(Delivery Service Partners 配送サービスパートナー)の4つに大別される。④は利用者(顧客)に商品を配達する最終段階(the Last Mile = 最後の1マイル)を担当するが、多くがサードパーティ(third-party companies = 第三者企業)と呼ばれる下請の独立請負業者(independent contractors)であり、ラストマイル配送の運転手は直接にはアマゾンではなく、こうした下請業者のために働いている。アマゾンは、労働災害の発生率が高いという世論の批判を受けて、こうしたDSPで働くラストマイル配送労働者に高い労働災害発生率をアマゾン全体の労働災害数から除外するように対応を変えた。
・そこで、2022年5月、SOCは、政府の労働安全衛生局(OSHA)資料を分析し、最終段階のDSPで働く運転労働者の労働災害に焦点を当てた報告書「the Worst Mile = 最悪の1マイル)」を刊行した。
・SOCは、2021年にOSHAに労災データを提出したDSPを基に報告書を作成したが、提出しない第三者企業が多く、米国内のアマゾンのDSPのおよそ10パーセントを占めるに過ぎない。
・図表1が示すように、アマゾン配送システム全体の中でも、他の施設に比較して、配送の最終段階を担当するDSPsでの災害発生率が、フルタイム労働者100時間換算で13.3人(2020年)から18.3人(2021年)へと38パーセント高く、急増していることが明らかとなった。

アマゾン問題の解決をめざす注目動向

アマゾン株主総会(5月25日)に提出された多くの決議案

 アマゾンは、世界各国がコロナ禍で外出が困難となる中で、生活に必要な物資の購入を支える宅配業として企業活動を飛躍的に拡大しました。アマゾンで働く労働者も増加して、2021年時点で、アメリカ国内で第2位の民間企業(雇用主)となり、アメリカ人の153人に1人が働く計算です。ただ、アマゾンのビジネス手法は、アメリカ社会、経済の全体に否定的な悪影響を及ぼしています。とくに、従業員を電子的に秒・分の時間単位で管理する労務管理と、従業員が労組を作って不満を表明することを許さない「無労組政策」は、人権や民主主義を標榜するアメリカ発の世界的大企業としては信じられないもので、ILOや国連が目指す「人間らしい働き方(Decent Work)の対極にあるものです(詳しくは、この連続エッセイ第70回第71回参照)。

 そのアマゾンは、2022年の株主総会を5月25日に行いました。この株主総会では、アマゾンのホームページによれば、株主(stakeholders)から多くの「決議案」が提出され、その中には、アマゾンの職場での働き方や労働条件に関連するものも含まれていました。株主が、事前に委任状を提出する際に合わせて出した決議案と、フロアから提出する予定の案を含めて人権団体(Interfaith Center on Corporate Responsibility)がまとめたものから選べば、以下の通りです。

決議案番号テーマ主な提案者
提案#9労働者の健康と安全の違いに関する報告New York市
提案#10隠蔽条項の使用に関するリスク内部告発ストップ・キャピタル
提案#13結社の自由共有
提案#16倉庫労働条件に関する報告Tulipshare
提案#17人種および男女の賃金格差Arjuna Capital
提案#19顔認識Harrington Investments
フロアからの提案生産性ノルマと労働者の監視Daniel Olayiwola,
Shareholder Proposals Appearing on the 2022 Amazon Proxy Ballot

決議案に対するアマゾンの反論

 労働関連の決議案は、労働安全と健康、雇用・解雇などの理由についての「隠蔽条項」、結社の自由・団交の権利、労働条件についての第三者による監査、男女・人種間の賃金格差などの実態を明らかにし、抜本的な改善を求める内容でした。しかし、これらの決議案に対して、アマゾンはいずれも「反対(against)」の立場を表明し、それぞれの簡単な理由をホームページに掲載しました。

この株主からの決議案に対するアマゾンの反論は、既に2022年1月24日にアマゾンが公表した『丁寧に配達します(Delivere with Care)』という報告書に示されている主張です。
 この報告書では、「アマゾンは最も安全な職場になるよう努力している」「2021年には、安全性の向上に3億ドルを投資した」、とくに、「例えば、アマゾンは、全世界で休業労働災害発生率(Lost Time Incident Rate:従業員100人当たりの休業に至った負傷者数)は、2019年の4.0から2020年には2.3と43%改善した」と誇っています。
 これに対して、SOCは次のように批判しています(上記『最悪の1マイル』)。  
 「アマゾンDSPが雇うドライバーは、米国内のアマゾン配送システム従事者の半数を占めるが、アマゾンは、これらのドライバーを労災発生率の公開報告に含めていない。
 「アマゾンは、DSPの業務と従業員を広範囲に管理できるようにDSPプログラムを設計しているが、その厳しい生産性要求による人的被害に対する責任を回避している。」
 「SOCの分析によると、アマゾンのDSPのドライバーは、2021年にフルタイム換算で5人に1人の負傷を経験し、前年の負傷率より約40%増加している。」

倉庫労働者直接の決議提案

 委任状ではなく、株主総会のフロアから直接提案した、アマゾンの倉庫で働くダニエル・オレイウォラ(Daniel Olayiwola)さんは、「毎日、私のような労働者が仕事中にケガしています」「運転手、ピック作業者(picker:商品を棚から集める作業者」)、ストー作業者(stower:商品を棚にしまう作業者)であろうと、シフトごとに健康と安全を危険にさらしています」と述べていました。

 5月25日、株主総会が終了しましたが、これらの労働関連の決議案は、いずれも否決されました。しかし、労働条件に関する第三者の監査をもとめた決議案(#16)は全体の44%、結社の自由についての多くの情報を集める決議案(#13)は39%の賛成票を集めたと報道されています。*

「アマゾン労働者問題に注目するも、株主提案は承認されず」(MarketWatch紙、2022年5月28日)参照。
 アマゾンの場合、否決されたものの、最高で株主提案が44%の賛成票を集めたことは注目されます。上記のMarketWatichの記事によれば、有力な委任状作成会社2社は、決議案に賛成するように勧告し、別の資産運用会社(Schroders)は、2015年から取り組みを始め、今回は労働者の健康・安全、結社の自由、労働条件の三つの決議案に賛成しました。同社の責任者は、コロナ禍以降、健康や安全への関心が高まっているので、数年後には現状を変える可能性があると述べたということです。
 日本の企業でも、株主が株主総会で社会的な問題について発言するという取り組みがありました。このAsu-netの創設者であった森岡孝二さんが、先駆的な活動をされました。このブログにも多くの記事が掲載されています(たとえば、森岡孝二の連続エッセイ「第145回 東電の原発撤退を求める株主提案に8%の賛成」)。

倉庫労働者保護法制定

カリフォルニア州で最初の法規制(AB701法)労働者監視への画期的規制 

 カリフォルニアでも商品の移動と倉庫業が州経済の主要部門となっていましたが、同部門での労働条件悪化が問題となりました。とくに、アマゾンが同州では最大の民間雇用主でしたが、多くの調査でも共通して指摘されている問題が浮かび上がりました。

 つまり、①労働者の高度な負担(ノルマ)、②労働条件の引き下げ、③許容できな程度の労災発生率、④高い従業員の離職率を招く働かせ方です。そして、カリフォルニア州内で倉庫で働く労働者(州民)は数十万人もの規模でしたので、倉庫労働者の労働環境改善が、カリフォルニア州議会でも取り上げられることになったのです。

 こうした声を受けて、ロレーナ・ゴンザレス下院議員(民主党)が倉庫労働者保護法案(AB701)を提出しました。議会外では、倉庫労働者支援センター(WWRC)、ロサンゼルス郡労働組合連合、チームスターズおよびその他の主要な組合・組織が、法案を支持して活発なロビー活動、広報活動を展開しました。州議会での審議は、まず、2021年5月、下院が最初の法案を可決し、上院は一部修正の上、2021年9月8日、賛成26、反対11で可決し、この上院案を下院が再可決した後、2021年9月22日、当初、賛否の態度を表明していなかったニューサム同州知事が署名して、正式に州法となりました。これは、倉庫労働者とノルマに関する全国初の法的措置であり、以下のような規制を内容としています。

倉庫労働者保護法条文概要(日本語仮訳) ここをクリックして読んで下さい
  • 第1条 立法事実・宣言
     ①消費者向け荷物のジャストインタイム流通や即・翌日配達の普及と生産性追跡技術の進歩により、倉庫・配送センターの従業員数の増加
     ②配送センター従業員の分・秒単位での従業員のノルマと、不達成の場合の不利益処分
     ③安全指針不遵守、作業時間内での回復不能のため、倉庫・配送センター従業員の負傷・病気リスク
     ④ノルマは、従業員の報酬に影響
     ⑤職業上のノルマは、事故を増やし、安全でない作業を増やす
  • 第2条 災害補償給付に関する労働法典第138.7条改正
     労働者補償課(DWC)、職業上の安全健康課(DOSH)、労働基準監督課(DLSE)による個人情報使用を可能にする
  • 第3条 労働法典第2部に8.6項(倉庫配送センター)=2100条以降を追加
  • 労働法典第2100条 「作業速度データ」の定義
     作業速度データ=従業員のノルマ達成状況、実施済作業量、処理・生産品目、実施作業の割合・速度、従業員のパフォーマンス指標、作業実施時間またはそれ以外の使用者が収集した情報
  • 労働法典第2100条のその他の用語定義
    「使用者」=代理人や第三者を含め、一つの倉庫配送センターで100人以上の従業員、州内の一つ以上の倉庫配送センターで1000人以上の従業員を雇用、または賃金、時間、労働条件に対して支配力を行使するすべての人
    「ノルマ」=従業員が所定の期間内に、所定の生産速度、作業数、または所定の量の材料を処理または生産するよう割り当てられた、または要求された作業基準を意味し、従業員がそのパフォーマンス基準を完了できなかった場合、不利益な雇用措置を受けることができる。
  • 労働法典第2101条 ノルマについての説明義務
     使用者は従業員を雇用する際に、対象となる各ノルマについて説明した書面を提供しなければならない。既存の従業員には、この説明書は発効日(2022年1月1日)から30日以内に提供されなければならない。
  • 労働法典第2102条 禁止されるノルマ
     食事、休憩、トイレの利用、労働法典・労働安全衛生法の遵守を妨げるノルマを従業員に課してはならない。ノルマ未達成を李油とした雇用上の不利益措置の禁止。
  • 労働法典第2103条 みなし労働時間
     労働法典や労働安全衛生基準を満たすために従業員がとった行動は、労働時間まはた生産時間とみなされる。ただし、待機が必要とされない限り、食事や休憩は生産時間とはみなされない。
  • 労働法典第2104条 ノルマ説明書・作業速度データの複写請求権
     現従業員または元従業員は、対象となる各ノルマの説明書と従業員個人の直近90日間の作業速度データの複写を請求する権利があり、使用者はこれを提供しなければならない。元従業員がデータを請求できるのは1回のみ。使用者は21暦日以内にその要求に応じなければならない。使用者はノルマの使用や速度データを監視しなければならない。 

労働法典第2105条 違法報復の反証可能な推定(立証責任転換)
 従業員が①または②を行ってから90日以内に、雇用主が従業員に対して何らかの差別、報復、不利益処分を行った場合、違法な報復行為と推定する。ただし、反証可能である。
①従業員が1暦年内に初めてノルマや個人の作業速度データに関する情報を要求、または、
②労働委員会、DOSH、その他地方・州政府機関、または使用者に対して、違法だとしてノルマに関する苦情を申し立てた場合
労働法典第2106条 ノルマと作業速度データ提出命令
 州または地方の執行機関は、従業員の苦情を受けた場合、倉庫配送センターのノルマと従業員の作業速度データの記録を求めるか、または提出を命じることができる
労働法典第2107条 労働行政機関の協力とデータアクセス
 ①労働局長(Labor Commissioner)は、労働安全衛生課(DOSH)、労働補償課(DWC)と協調的・戦略的な執行に努めることにより、この法を執行しなければならない。労働局長は、使用者が報告した労災データ、倉庫での執行措置、保険不加入、労災詐欺、賃金泥棒(不払い)を行っている使用者の身元、その他の情報などにアクセスすることができる。
 ②労働局長は、コンプライアンスを高め、この新法の下での権利と義務について労働者と使用者を教育するために、関係者と戦略的に協力しなければならない。局長は、2023年1月1日までに、局長に提出された苦情の件数や、指定された倉庫の生産ノルマについて、立法府に報告しなければらない。
 ③特定の事業所や使用者が倉庫業界の年間平均負傷率の1.5倍以上の負傷率を示していると判明した場合、労働安全衛生課または労働補償課は局長に通知し、局長は違反の調査が適切かどうか判断しなければならない。労働局長は、従業員がこの新法違反の苦情申立て手続き規則を定める権限を有する。裁判所は、差止命令による救済を認めることができ、勝訴した場合は、費用と妥当な弁護士費用を請求することができる。
労働法典第2108条 差し止め訴訟
 現従業員または元従業員は、この法律の遵守を得るために差止救済のための訴訟を起こすことができ、勝訴した場合には、費用と合理的な弁護士費用を回収する権利を有する。
労働法典第2109条
 現または元従業員が民間法務長官法(Private Attorneys General Act)訴訟を起こした場合、使用者は違反の疑いを晴らす権利を有する。第2110条は、この新法は、司法長官、地方検事、または市の検事が、自らの訴え、または自らもしくは一般市民のために行動する者の訴えにより、この新法違反の民事または刑事訴訟を起訴する権限を制限しない。
第2111条
 この新法は、この新法の対象となる従業員に同等以上の保護を与える市、郡、または市郡条例を代替しない。第2112条は、分離条項である。

(以上の「概要」の出所は、Chris Micheli, First-in-the-Nation Warehouse Worker Quotas under Assembly Bill 701, California Sept.23,2021. )

 このカリフォルニアで初めて制定された倉庫労働者保護法は、全国的にも注目され、2022年5月現在、同様な州法制定の動きが、コネチカット州、ミネソタ州、ニューヨーク州でもあり、それぞれの州議会に関連法案が提出され、審議が行われています。ただ、共和党議員はカリフォルニア州でも法案に反対しましたが、州によっては下院では可決されても、共和党が多数の上院を通過することが難しい州もありますので、法律が成立するかは予断を許しません。

 ただ、アマゾンは、倉庫事業を始める際に、各州から数百万ドルの公的支援(税制補助パッケージ)を受けているにもかかわらず、新しい倉庫が常に雇用増をもたらさず、場合によっては地域の労働環境レベルを低下させていることに住民から反発の声が強まっていますので、「倉庫労働者保護法」制定の動きがさらに広がる可能性が高まっています。*

EPI The future of work depends on stopping Amazon’s union busting(仕事の未来はアマゾンの組合潰しを止めるかどうかにかかっている)2022年5月23日

アマゾンの働き方をめぐる所感(まとめ)

 アマゾンでの組合結成のニュースから、色々と調べ、考えてきました。私自身のアメリカの労働法・労働運動についての知識不足のために、不十分、不正確な箇所が少なくないと思いますが、これまでの断想の内容を勉強の途中経過としてまとめてみます。

 1 企業交渉中心の労働法制の限界

アマゾンにおける組合結成の背景と経過

 アメリカ社会は、格差・分断が極度に深刻化していることが問題となっています。(詳しくは、エッセイ第69回第70回参照)
 雇用・労働では、アマゾンをはじめ、アメリカ発の世界的巨大企業が莫大な利益を上げ、その役員や株主が信じがたい高額収入を得ています。しかし、それを現場で支える大多数の労働者は、分・秒単位で管理され、過酷な労働、労災発生、不安定雇用、低額の収入に直面して、最近になってようやく労働側の不満・エネルギーが高まってきました。
 とくに、アマゾンの労使関係は、「無労組」を掲げる会社側が圧倒的優位でしたし、ITを最大限に活用した生産性本位の労務管理は、非人間的な職場環境を生んできました。
 労働側は、それを変えようとしてベッセマーやニューヨーク・ステタン島倉庫での組合結成を目指しました。しかし、現状を維持しようとする企業側は、明らかに不当労働行為と思われる、多様な「組合潰し」対策で対抗しました。
 その結果、ステタン島では、労働側が勝利し、アマゾンで初めて労組が結成されるという画期的な結果になりました。しかし、ベッセマーでは、再投票になってもまだ最終的な決着にいたっていません。ステタン島の別の小規模倉庫では、逆に、労働側が破れて組合結成に至りませんでした。
 私は、この状況について、次の3点を感じました。

アマゾンにおける組合結成をめぐる感想

 (1)「不当労働行為」が蔓延し、「組合潰し」が産業化・企業化しているアメリカの状況は、まさに労働法無法地帯であり、労使の話し合い(社会的対話)を重視するILOの「Decent Work」からほど遠いものです。アマゾンは、巨人的企業ですが、職場の現実は、国際労働人権保障に敵対するもので、世界的(グローバル)企業の名前に相応しいものとは言えません
 (2)こうした厳しい状況にもかかわらず、それを打ち破ろうとするアメリカ労働運動の姿勢には大いに感心し、敬意を表します。そこには、2020年秋の大統領選挙でも現れたように、格差・分断を生んできた資本主義のあり方そのものを根本的に見直そうとする社会運動や民主主義運動を粘り強く続けてきた多くの労働者・市民の意志と献身があったのだと思います。
 (3)アメリカ労働法の現実との大きな乖離です。第二次大戦前のニューディール期にできた、職場・企業別の団体交渉を中心とした集団的労働関係法制が古くなったこと、また、その後の反動的な法改正や親企業的・新自由主義的政権の下での法改正や法運用の結果、機能不全や形骸化が大きく進んできたことを強く感じます。
 最近までの共和党政権時代に、NLRB(全国労働関係委員会)の人員体制や予算が削減されてきました。その改善の必要が指摘されています。さらに、バイデン大統領や民主党は、労働法制(NLRA)自体の抜本的強化を図る「PRO法(団結権保障法)」制定を目指しています。PRO法案は下院を通過したものの、上院で多数を占める共和党の反対で成立に至っていません。

 2 日本への示唆

 以上は、憲法上の団結権保障がないアメリカ労働法が生み出す困難だと思います。
 日本はどうでしょうか? 憲法上、明確な団結権保障があるのに、長年の規制緩和の結果、雇用・労働社会は大きく劣化しました。しかし、アメリカとは異なり労働人権保障をめぐって明確な方向や対立軸が出せないのが現実です。何をどう目指すべきか、アメリカの状況を踏まえて深く考えることが必要だと思いました。そして最後に、私なりに、ヒントとなると思われる、次の2点を考えました。

(1) 労働組合の活動・形態

 アメリカ労働運動は、法の欠陥のために大きな困難がある中で、新たな活動・形態の取り組みを見せていることです。
 アマゾンをめぐっても、次の4点に注目できます。
 ①既存の地域・全国(企業外)で組織された大労組(SEIU、チームスター、RWDSUなど)が、職場単位の組合結成支援とともに、SOCのなどの調査報告やロビー活動を通じて、世論を喚起するとともに、画期的な州法・市条例制定に活発に取り組んでいます。
 ②職場=従業員を中心とした組織化の粘り強い取り組みが重視され、継続していることです。
 ベッセマーではRWDSUが支援しましたが、他の労組もアマゾンでの組織化に取り組んでいます。また、ニューヨーク・ステタン島では、企業外大労組に属さない、アマゾンの現・元従業員だけで組織するALUという「草の根組織」が組合結成に成功して新たな動向として注目されました。
 ③労組には、「職場にしっかりと根を張り、首を大きく伸ばして職場外の状況を踏まえたケンタウロス」のような役割が期待される(U.ロマニョーリ教授)という視点からは、①と②を切り離さないことが重要です。
 ④なお、シカゴのアマゾン職場から「Amazonian United」という連帯組織が生まれ、他地域に広がっています。
 これは、まだ小規模の組織・運動ですが、②の現行法(NLRA)に基づいた職場単位に団体交渉を目指すのではなく、企業へ要求提出をする一方、ストライキ(walk out)も実施するなど、従来とは違った運動形態です。既存の法制度や労組にこだわらず、個々の労働者による実力行使(ストライキなど)を重視する点では、南欧(フランス、イタリア、スペイン)と共通すると思いますが、*アメリカ労働法では、どう評価されるのか?まだ不明です。日本の少数派労組・地域ユニオンなどに共通する運動形態ですので、今後、どう発展するのか注目したいと思います。

* 脇田滋「イタリアの団結権と争議権の特質-個人たる労働者の集団的権利」日本労働法学会誌47号(1986年)参照。

 (2)株主、住民の支持を拡大する取り組み

 アメリカの社会・労働運動で注目すべきは、企業を相手に団体交渉で自己の組合員だけを代表する狭い考え方ではなく、広く労働者、従業員、さらには住民全体を代表した取り組みを重視していることです。
 ①アマゾンとの関連でも、職場で働く労働者の調査を行い、その報告書を作成して公表しています。アメリカの労働組合や労働関連団体は、Webを通じて、自己の主張やNewsを積極的に公表しています。上記の報告書もいずれもPDFファイルで簡単に日本からダウンロードできました。全米、全世界の世論に広く訴える姿勢や取り組みに大いに学ぶべきだと思います。私自身も労組の代表者を経験しましたが、周囲に自己の活動や主張を広める点が弱かったと思います。現在でも、Web活用で世論に労働問題を訴える点で、日本の労組や労働関連団体は、アメリカや世界から後れていると思います。
 ②徹底して現行の法律に基づいて主張の機会を活用しています。アマゾンの株主総会で多くの労働関連の決議案が出されたこと、さらに、中には4割を超える賛成を得た決議案があったことは大きな驚きです。日本でも、一株株主運動など、株主総会を利用した取り組みがあり、SDGsやCSRが強調されています。無法な利潤追求や人権抑圧の企業活動は許されないはずです。労働人権無視の企業活動を監視する、粘り強い取り組みが必要だと思います。
 ③アメリカでは、労働組合や労働関連市民団体が、住民を代表する州・市の議会や政府を相手にしたロビー活動やデモを活発に展開しています。その結果、倉庫労働者保護をはじめとする州法や労働関連の市条例(ニューヨークやシカゴなどの公正労働週条例)が制定されています。
 日本でも、第二次大戦直後、労組結成を支援するための行政機関(労政事務所など)が自治体に設置されました。80年代以降、自治体の労働関連施策は縮小されてきました。労組は、対使用者(企業)だけの運動に自らを閉じ込め、住民を代表する活動は後退しています。労働者は地域住民の多数を占めており、自治体は労働者のための施策を拡大するべきです。日本の労組は、Web(ホームページ)を積極的に活用する例は多くありません、地域住民や組合員以外の労働者にも自らの主張や要求を支持してもらうためには、広くWebを活用することが重要だと思います。

第69回 臥床断想① コロナ禍で入院して考えたこと(22.04.14)
第70回 臥床断想② Amazonでの労働組合結成のニュースを聞いて(上)
第71回 臥床断想③ Amazonでの労働組合結成のニュースを聞いて考える(中)

追記 New York州でも倉庫労働者保護法成立(2022/6/4)

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