将来像描けぬ若者ら 増え続ける非正規雇用

http://www.chunichi.co.jp/article/living/life/CK2014120802000003.html

中日新聞 2014年12月8日

 高い経済成長が望めない中、労働環境は悪化し、正規雇用が減って非正規雇用が増え続けている。若い世代にとって低賃金の仕事は十分にあり、当面の生活費は確保できる。しかし、家庭を持つことも含め、将来の生活は描きにくくなっている。

◆「処遇改善」対策進まず

 「財布に一万円あれば安心。それを保つため、仕事を選んでいるようなもの」。主に登録型派遣で物流や製造業で短期の仕事を続けている名古屋市内の男性(42)は、なじみの居酒屋で語った。

 非正規歴は約二十年で、月収は二十万円弱。住む場所があれば「何とでもなる」。消費低迷による飲食業界の競争激化もあって「前よりむしろ暮らしやすくなった」と言う。「ご飯にみそ汁、目玉焼き、のり付きの朝食が二百円、牛丼二百五十円、ラーメンが三百円で食べられる」。食事を用意してくれる店の従業員たちも、自分と同じ非正規だ。

 リーマン・ショックなどによる経済危機が起こった二〇〇八年、仕事が激減し、男性の周囲でも数多くの非正規労働者が雇い止めされた。ただ、一時的なもので低賃金の仕事はなくならない。変わったのは半年や年単位の雇用期間が、一〜三カ月に短くなったこと。最近は人手不足で仕事探しに困らないが、同じ立場の労働者も増え、時給が下がったところもあるという。

 三十代の職場仲間らと話すと「彼女が欲しい」との声は上がるが、次の展開に進む話にはならない。「皆何も考えていないのでは。この生活にどっぷり漬かると先が見えなくなるから」。今のところ、男性は家庭を持つことに興味はない。

 五年ごとの総務省・就業構造基本調査では、一九八二年から非正規の実態を調べ始めた=グラフ。正規の数は九七年をピークに減少。非正規は調査開始から増え続けている。

 以前の非正規は主に専業主婦のパートや学生のアルバイトなどだったが、自分の収入だけで生計を維持しなければならない非正規も増加。二〇一二年の国税庁・民間給与実態統計調査によると、男性では正規の平均年収が五百二十万円に対し、非正規は二百二十五万円。女性では正規が三百四十九万円で、非正規は百四十三万円だった。

 正規に比べ、不安定雇用のリスクを負いながらも低賃金の非正規。「正規雇用の見通しが立たない若者たちは、将来の展望を描けるのだろうか」。若者の就労支援をするNPO法人ユースポート横浜(横浜市)の綿引幸代理事長(56)は心配する。同法人は対人関係のつまずきや心の病気など、多様な理由で働けなくなった若者を支援している。個別相談やコミュニケーション訓練、職場体験など多彩なプログラムを通じて、就労につなげる。

 ただ、就労先の多くは非正規。昨年度、進路が決まった相談者約四百人のうち非正規は八割で、正規は一割強だった。「無業から最初の一歩は非正規であっても、その先に安心して、ある程度先が見通せる職場があってこそ、若者は能力を高められるのに」と綿引さんは強調する。

     ◇

 これまで多くの政党が、非正規の正規化や処遇改善を訴えてきたが、現実は逆の結果となっている。今回の衆院選でも、主な政党のすべてが「非正規の拡大を防ぐ」ことを公約に盛り込む。非正規の正規への転換を進める政策と、正規と非正規の均等待遇に向けて「同一労働同一賃金」を推進する政策に大別できる。いずれも正規の処遇の見直しは避けられないが、そのことを明示する政党はない。

◆「同一労働同一賃金」推進を

遠藤公嗣さん(写真省略)

 非正規雇用は長年、問題視されながら増え続けてきた。雇用問題を研究する明治大経営学部教授の遠藤公嗣(こうし)さん(64)は、その主な原因を「日本的雇用慣行の崩壊」と強調する。正規労働者の処遇を見直し、雇用形態の違う労働者との格差を埋める「同一労働同一賃金」を進める政策が急務と主張するが、政治の議論は深まっていない。

 多くの企業が採用し、日本型雇用といわれる年功序列と終身雇用。これは「一九六〇年代に成立した労働システム」と遠藤さんは説明する。このシステムは主に夫が稼ぎ、妻は専業主婦という「男性稼ぎ主型家族」と結び付いている=図。稼ぎ主となる正規労働者を守るには、景気の状況によって雇用量を調節するための非正規労働者が不可欠。従来、それは主に主婦や子らのパートやアルバイトが担っていた。

 ただし、多くの労働者を正規で長期雇用するには企業の成長が必要。バブル経済が崩壊して低成長となった九〇年代、その前提が大きく揺らいだ。遠藤さんによると、経営側がこのシステムの限界を認め、正規雇用を抑えて、非正規を増やし始めたという。

 非正規の増加を受け、正規との処遇格差の問題から、同一労働同一賃金が必要と認識され始めたのは九〇年代末。「いくつかの労働組合の方針に入り、連合も掲げるようになったが、なかなか進まない」と遠藤さん。具体的に進めると、正規労働者の賃金を削るなど、処遇の見直しに触れざるを得ないためだ。

 だが、既に非正規の割合が大幅に増えていたスーパーマーケットや地方自治体などで、一部の組合は対応を迫られている。仕事内容に応じて労働価値を定める職務評価法の作成をコンサルティング会社に依頼したり、独自に開発したりする動きも出ている。

 そんな現場の動きにもかかわらず、政治の反応は鈍い。民主党政権から現政権にかけて、派遣労働の規制をめぐる議論は盛んだが、遠藤さんは「より本質的な、正規と非正規の均等待遇を目指す議論がなされていない」と批判。小手先の法改正だけで、政策全体の方向が定まらないため、「整理解雇をしない代わりに雇用維持の雇用調整助成金をつける一方、転職を促すため人員削減に労働移動支援助成金を出す、真逆の政策が同時に実施されてきた」と指摘する。

 採用を含め、企業活動はグローバル化し、働く女性の増加で家族構造も多様化する中、従来のシステムは矛盾を大きくし、結果的に非正規が増えている。「女性と非正規への差別を引き起こす従来のシステムは、持続可能ではない。世界標準である同一(価値)労働同一賃金の考えを基に、より具体的な政策議論をしてほしい」と訴える。

(林勝)

 <同一労働同一賃金>同じ内容の労働には同じ額の賃金を支払うとの原則。加えて異なる内容の労働でも同じ価値の労働であれば、性別や雇用形態、人種、国籍などによらず、同じ賃金を支払うのが「同一価値労働同一賃金」の考え方。職務評価によって、異なる内容の労働の相対的な価値を判断する。国際労働機関(ILO)憲章は、もともと同一価値労働同一賃金の原則を掲げている。

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