森岡孝二 トヨタのリコール問題と企業改革の課題

『消費者情報』2010年5月号より転載
                                      株主オンブズマン代表
                                      関大大学教授 森岡孝二
 
リコール問題の“大きな欠陥”
 
北米を中心とするリコール問題がトヨタ自動車の経営を揺るがしている。改修対象車は世界で700万台を超えると伝えられる。車種はカローラ、カムリ、RAV4、セコイア、タンドラ、マトリックス、レクサス、プリウスなど広範囲に及ぶ。
 
問題は車両の不具合によるリコールだけではない。今年3月3日の読売新聞によれば、米運輸省は、ユーザー側からトヨタ車による急加速が原因という訴えがあった死傷事故が00年から今年2月末までで43件に上り、死者数は52人、負傷者は38人に達するという。
 
今年2月24日(日本時間25日)には、米議会におけるトヨタ車のリコール・事故問題の公聴会に豊田章男社長が出席し証言した。筆者はその様子をテレビで見た。豊田社長が米国における顧客の事故情報について知ったのは09年末あたりで、リコール・事故問題で日本を訪れた米国の運輸担当者とトヨタの品質担当者の面会は把握していたが、内容は知らなかったという話を聞いて、耳を疑うと同時に、さもありなんと思った。
 
創業者の孫の豊田章男氏がトヨタ自動車の社長に就任したのは2009年6月の株主総会である。しかし、同年1月には社長昇任を予定した人事案が発表されていた。さかのぼれば豊田氏は00年以来ずっと取締役の地位にあり、今回のリコール問題が表面化した時点では品質担当の副社長をしていた。それでいながら重大な事故情報を知らなかったというのは、トヨタの安全に関するガバナンスに大きな欠陥があったことを示すものである。
 
慢心経営の背景
 
トヨタは、07年3月期も08年3月期も2兆2000億円を超える営業利益を上げながら、09年3月期は08年世界恐慌の影響を受けて4600億円の赤字を出した。リコール・事故問題にともなう販売の落ち込みで今期も赤字と予想されている。豊田社長は米議会の公聴会で、従来は一に安全、二に品質、三に量だったが、最近の急成長で安全がないがしろになったという主旨の陳述をした。このことからも、リコール・事故問題が重大化した背景には、急激な規模拡大のなかでの慢心経営があったと言われてもいたしかたない。
 
これは「ロイター通信」からの取材に筆者が答えたことだが、トヨタは、国内では期間工や派遣労働者などの非正規雇用を拡大して、増産に対応すると同時に、猛烈にコスト削減を図ってきた。また、正社員の働き方も過酷で、開発関連のエンジニアや現場作業長の過労死が多い。リコール・事故問題ではこうした経営体質も問われている。
 
安全と企業変革の契機
 
05年にJR西日本の福知山線で多数の犠牲者が出す大事故が起きた。それが契機となり、鉄道など公共運輸機関で安全優先の企業経営を求める声が大きくなった。かつてアメリカの消費者運動家のラルフ・ネーダーが、“Unsafe at Any Speed”(どんなスピードでも危ない)と言ったように、自動車はもともと危険な乗り物である。それだけに自動車会社には安全を根本においたガバナンスが求められている。GMでは、ある死亡事故をきっかけに1970年代初めに公民権運動の黒人活動家が安全担当の取締役に就いた。今回のトヨタ問題もそうした企業変革の契機にされなければならない。
 

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