「頑張る人が報われる社会にする」と安倍晋三首相は言う。自助・自立が自民党の社会保障政策の核だ。頑張れない人はどうするのだと言いたいところだが、高齢化と人口減少を考えると、財源なしに甘い政策ばかり並べる時代ではないとも思う。
「頑張る人」とはまじめに働いて税金や保険料を納める人、他人に負担をかけずに暮らす人を指すのだろう。たしかに、高齢になっても誰かの役に立ち、社会貢献もしたいという人は多い。しかし、頑張りたくても頑張れない人が自立するにはそれなりの前提条件がいる。これまでは家族や地域の互助・共助のクッションがこうした人を守り、自立できる環境を提供してきた。その機能が弱った今、ただ自立を求められても頑張れない人は追い詰められるだけだ。
「ブーツォルグ」という高齢者の地域ケアを担う非営利団体がオランダで注目されている。看護師を中心に最大12人の小さなチームが各地に点在して町で暮らす高齢者を支えている。一人の看護師が一人の高齢者のアセスメントから介護計画の作成、直接介護まで行う。財政や職員採用、教育も各チームに任されている。組織の拡大とともに分業が進んで職員が歯車化するよりも、個々の看護師が権限と責任を持って自律的に動くことが仕事へのモチベーションを高めるというのだ。
最大の特徴は、看護師が高齢者の自助の力を引き出し、家族や近隣住民を巻き込んで支え合う状況を作り出すと、自分たちは手を引いていくことだ。頑張って成果を上げるほど仕事がなくなり収入は減るが、職員の満足度は同業者の中で最も高い。高齢者にとっても日替わりで介護されるよりも、看護師とじっくり信頼関係を築き、家族や友人に囲まれて自立生活する方が満足度は高いという。
設立6年目で計540チーム(看護師6500人)を擁する団体に成長したが、事務職員は最小限に抑え、絶えずネットを使って連絡を取り合いながら医療やケアの知識や技術を身につけている。運営コストは極めて低く、政府関係者や企業から見学者が絶えないという。
実は、日本でも似た活動は見られる。財政破綻で知られる北海道夕張市などでも地域の人々が参加する在宅医療・ケアの輪が広がっている。どの先進国も財政難の中で高齢化に直面しており、目指すべきものは共通している。規制や既存組織の壁がないところでは理想が実現しやすいということではないか。
壁をなくす−−政治の役割はこのあたりにあると思う。(論説委員・野沢和弘)