コロナ新法の緊急事態宣言は危険−−弁護士や憲法学者らが反対声明 (3/10)

コロナ新法の緊急事態宣言は危険−−弁護士や憲法学者らが反対声明
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2020/03/10(火) 17:55配信 週刊金曜日

 新型コロナウイルス感染症を新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)の対象とする改正案(コロナ新法)の制定を安倍晋三政権が進めているのに対し、弁護士の梓澤和幸氏(東京千代田法律事務所)をはじめとする法曹関係者10人が3月9日午前、東京・神田で記者会見を開き、「緊急声明」(本記事末尾に全文を掲載)を発表。3月13日にも法律の改正が実現しかねない状況下で警鐘を鳴らした。

 会見を開いたのは「コロナ新法反対声明呼びかけ人会」。冒頭の挨拶に立った田島泰彦氏(早稲田大学非常勤講師、元上智大学教授)は「われわれの国の民主主義や基本的人権を根本から崩しかねない動きだ」と第一声。「感染症対策の名のもと、現行の特措法が持つ緊急事態に関わる特別な仕組みを使うことで政府に自由にやりたいことがやれる権限を与えてしまう。しかもその『緊急事態宣言』下ではかなり深刻な人権侵害が進む危険性がある」と切り出した。

 続いて発言に立った弁護士の宇都宮健児氏は、同特措法が民主党政権下で審議されていた時期に日本弁護士連合会の会長として法案に反対する声明を出している。「緊急事態宣言は一度なされると期限は2年で、1年の延長もありとされるが、ここでは国会による事前・事後の承認も必要とされていない。災害対策基本法における緊急事態の布告は20日以内に国会の承認を求めなければならず、不承認の議決があった場合はこれを廃止するとの厳しいチェックも盛り込まれているが、今回の特措法(コロナ新法)には全くそうしたものがない」と指摘。この間の一斉休校の件も含めて「それが感染防止にどのような根拠があるのかが説明されておらず、だから多くの国民が不安を感じている」と、法律制定以前の問題としての現政権の落ち度を批判した。

 獨協大学名誉教授の右崎正博氏もこれまでの新型肺炎対策において政府がまったく説明責任を果たしていないことに言及。「2月25日の専門家会合を経て示された基本方針の中にもうたわれていなかった全国一律の休校、イベントの中止などがはたしてどのような根拠に基づいて決定されたのか。2月29日の会見でも首相は一方的に話すだけで記者からの質問にきちんと答えようとしなかった」と疑問を表明したうえで、「現行特措法の一般法とも言うべき感染症予防法には、厚生労働大臣や都道府県に対して感染症発生時の情報開示について新聞や放送、インターネットなどを通じて適切に行なうべきことが定められている」と、本来やるべきことをないがしろにして「緊急事態宣言」に突き進もうとする危うさへの懸念を表明した。

報道の自由を制限

 弁護士の澤藤統一郎氏は「健全な民主主義は権力に対する信頼ではなく『警戒』で成り立つということを今こそ思い出さなくてはならない」と強調。「憲法は人権と権力とが互いに確執を持つものであることを前提にしている。しかし緊急時においては、過去のヒトラーや天皇制がなしてきたことに見られるように人権を排して国家を重んじる動きがやすやすと進んでしまう。なおかつ、今この緊急事態宣言を進めようとしているのは国政を私物化し、嘘と疑惑で固められた政権だ」と語った。

 最後に発言に立った梓澤氏はメディアに関わる問題として、同特措法が定める「指定公共機関」にはNHKが含まれるほか、「政令で定めるもの」として民間放送も含まれるようになっている点を挙げた。緊急事態宣言下ではそれらメディアを含む「指定公共機関」に対して首相が「指示ができる」としていることの恐ろしさを「既にそうした仕組みは武力攻撃事態法の中で発動している。各放送局は毎年、武力攻撃事態があった場合の事業計画を提出させられている」と、既にある事例をもとに説明。さらに「この宣言には書かなかったが、今回の政府側の動きの背景には東京五輪があるのではないか」とも指摘。「感染検査を拡大すれば自ずと感染者数も増え、そのことが日本に対する海外からの不安の拡大にもつながる。そうした不安の拡大を避けるために報道を抑えようとしているのではないか。そこを報道機関は徹底的に追及してほしい」と、集まった報道陣に檄を飛ばすかのように訴えつつ会見を締めくくった。

(岩本太郎・編集部)

新型コロナウイルス対策のための特措法改正に反対する緊急声明(全文)

 新型コロナウイルスの感染拡大が深刻さを増すなか、安倍政権は現行の「新型インフルエンザ等対策特別措置法」(以下「特措法」と略記)の対象に新型コロナウイルス感染症を追加する法改正(ただし、2年間の時限措置とする)を9日からの週内にも成立させようと急いでいる。

 しかしながら、特措法には緊急事態に関わる特別な仕組みが用意されており、そこでは、内閣総理大臣の緊急事態宣言のもとで行政権への権力の集中、市民の自由と人権の幅広い制限など、日本国憲法を支える立憲主義の根幹が脅かされかねない危惧がある。

 そのような観点から、法律家、法律研究者たる私たちは今回の法改正案にはもちろん、現行特措法の枠内での新型コロナウイルス感染症を理由とする緊急事態宣言の発動にも、反対する。あわせて、喫緊に求められる必要な対策についても提起したい。

 1 緊急事態下で脅かされる民主主義と人権

 特措法では、緊急事態下での行政権の強化と市民の人権制限は、政府対策本部長である内閣総理大臣が「緊急事態宣言」を発する(特措法32条1項。以下、法律名は省略)ことによって可能となり、実施の期間は2年までとされるものの、1年の延長も認められている(同条2項、3項、4項)。

 問題なのは、絶大な法的効果をもたらすにもかかわらず、要件が明確でないことである。条文では新型インフルエンザ等の「全国的かつ急速なまん延により国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼし、又はそのおそれがあるもの」という抽象的であいまいな要件が示されるだけで、具体的なことは政令に委ねてしまっている。また、緊急事態宣言の発動や解除について、内閣総理大臣はそれを国会に報告するだけでよく(同条1項、5項)、国会の事前はおろか事後の承認も必要とされていない。これでは、国会による行政への民主的チェックは骨抜きになり、政府や内閣総理大臣の専断、独裁に道を開きかねず、民主主義と立憲主義は危うくなってしまう。

 緊急事態宣言のもとで、行政権はどこまで強められ、市民の自由と人権はどこまで制限されることになるのか。特措法では、内閣総理大臣が緊急事態を宣言すると、都道府県知事に規制権限が与えられるが、その対象となる事項が広範に列挙されている。例えば、知事は、生活の維持に必要な場合を除きみだりに外出しないことや感染の防止に必要な協力を住民に要請することができる(45条1項)。また、知事は、必要があると認めるときは、学校、社会福祉施設、興行場など多数の者が利用する施設について、その使用を制限し、停止するよう、施設の管理者に要請し、指示することができる。また施設を使用した催物の開催を制限し、停止するよう催物の開催者に要請し、指示することができる(同条2項、3項)。

 外出については、自粛の要請にとどまるとはいえ、憲法によって保障された移動の自由(憲法22条1項)を制限するものである。また、多数の者が利用する学校等の施設の使用の制限・停止や施設を使用する催物の開催の制限・停止という規制は、施設や催物が幅広く対象となり、しかも要請にとどまらず指示という形での規制も加え、強制の度合いがさらに強められており、憲法上とりわけ重要な人権として保障される集会の自由や表現の自由(憲法21条1項)が侵害されかねない。

 また、特措法の下で、NHKは、他の公共的機関や公益的事業法人とならんで指定公共機関とされ(2条6号など。民放等の他の報道機関も政令で追加される危険がある)、新型インフルエンザ等対策に関し内閣総理大臣の総合調整に服すだけでなく(20条1項)、緊急事態宣言下では、総合調整に基づく措置が実施されない場合でも、内閣総理大臣の必要な指示を受けることとされている(33条1項)。これでは、報道機関に権力からの独立と報道の自由が確保されず、市民も必要で十分な情報を得られず、その知る権利も満たせないことになる。

 さらに、知事は、臨時の医療施設開設のため、所有者等の同意を得て、必要な土地、建物等を使用することができるが、一定の場合には同意を得ないで強制的に使用することができる(49条1項、2項)。これも私権の重大な侵害であり、憲法が保障する財産権にも深く関わる措置である(憲法29条)。

 2 政府による対策の失敗と緊急事態法制頼りへの疑問

 政府は、特措法改正の趣旨を、新型コロナウイルス感染症の「流行を早期に終息させるために、徹底した対策を講じていく必要がある」(改正法案の概要)と説明している。

 しかし、求められる有効な対策という点から振りかえれば、中国の感染地域からの人の流れをより早く止め、ダイヤモンドプリンセス号での感染を最小限にとどめ、より広範なウイルス検査の早期実施と実施体制の早期確立が必要であった。にもかかわらず、国内外のメディアからも厳しく批判されてきたように、初期対応の遅れとともに、必要な実施がなされない一方で、専門家会議の議論を踏まえて決定されたはずの「基本方針」にもなかった大規模イベントの開催自粛要請、それにつづく全国の小中高校、特別支援学校に対する一律の休校要請、さらに中国と韓国からの入国制限などが、いずれも専門家の意見を聞かず、十分な準備も十分な根拠の説明もないまま唐突に発動されることによって、混乱に拍車をかけてきた。

 本来必要な対策を取らないまま過ごしてきて、この段階に至って緊急事態法制の導入を言い出し、それに頼ることは感染の抑止、拡大防止と具体的にどうつながるのか、大いに疑問である。根拠も薄弱なまま、政府の強権化が進み、市民の自由や人権が制限され、民主主義や立憲主義の体制が脅かされることにならないか、との危惧がぬぐえない。現に、特措法改正を超えて、この際、今回の問題を奇貨として憲法に緊急事態条項を新設しようとする改憲の動きさえ自民党や一部野党のなかにみられることも看過しがたい。

 3 特措法改正ではなく真に有効な対策をこそ

 今回の特措法改正はあまりにも重大な問題が多く、一週間の内に審議して成立させるなどということは、拙速のそしりをまぬかれない。私たちは、政府に対し今回の法改正の撤回とともに、特措法そのものについても根本的な再検討を求めたい。加えて、次のことを急ぐべきである。すなわち症状が重症化するまでウイルス検査をさせないという誤った政策を転換し、現行感染症法によって十分対応できる検査の拡大、感染状況の正確な把握とその情報公開、感染者に対する迅速確実な治療体制の構築、マスクなどの必要物資の管理と普及である。感染リスクの高い満員通勤電車の解消、テレワークを可能にする国による休業補償、とりわけ中小企業への支援、経済的な打撃を受けている事業者に対するつなぎ融資や不安定雇用の下にある人々や高齢者、障がい者など生活への支援を必要とする人々への手厚いサポートが必要である。そのため緊急にして大胆な財政措置が喫緊である。

 強権的な緊急事態宣言の実施は、真実を隠蔽し、政府への建設的な批判の障壁となること必至である。一層の闇を招き寄せてはならない。

2020年3月9日

梓澤和幸(弁護士)
右崎正博(獨協大学名誉教授)
宇都宮健児(弁護士、元日弁連会長)
海渡雄一(弁護士)
北村 栄(弁護士)
阪口徳雄(弁護士)
澤藤統一郎(弁護士)
田島泰彦(早稲田大学非常勤講師、元上智大学教授)
水島朝穂(早稲田大学教授)
森 英樹(名古屋大学名誉教授)(*あいうえお順)

(編注、読みやすいように行間を開けました)
岩本太郎


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