<働き方改革の死角>高齢フリーランス、安全網ないまま 高年法改正で不安定就労加速
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2020031590071135.html
東京新聞 2020年3月15日 07時11分
七十歳までの就労を進めるため、政府が提出した高年齢者雇用安定法(高年法)改正案の国会審議が今週にも本格化する。人手不足や社会保障財源ひっ迫を受け、高齢者にも担い手になってもらう狙いだが「高齢フリーランス」量産の懸念をはらむ。 (生島章弘、写真も)
警察の遺体安置所に横たわる夫の顔は無精ひげに包まれ、深いしわが刻まれていた。滞在先に残されていた紙には「もう つかれた」の言葉。
「パパは仕事で家を空けることが多かったから、今でも長い出張に行っているような気がする」。大阪市の井村優花さん(67)=仮名=は言葉を絞り出した。
夫の喜彦さん=同=がアパートで自死したのは六十六歳の誕生日翌日の二〇一七年九月五日。その年四月から関東に単身赴任、日立製作所が受注し、下請けの中小設備会社が施工していた製薬工場の配管工事の現場責任者をしていた。
優花さんは夫の勤務記録を見つけ目を疑った。死亡直前は「午前八時から午前四時まで」の二十時間に及んだ。八月は月百時間の過労死ラインを大幅に超える百四十時間も残業していた。
孫とのテレビ電話を楽しみにしていた六十代後半の高齢者が異常な長時間労働に追いやられた背景には、働き方の形態がある。
喜彦さんは会社を定年退職した後、配管工事などを手掛ける個人事業主として独立。設備会社とも雇用契約ではなく、業務委託契約を結んでいた。個人事業主は会社員と異なり、労働時間上限の定めがない。七月に工期の大幅短縮を命じられ、早朝から深夜まで働いていた喜彦さんは毎日、勤務記録を設備会社に提出していたが、長時間労働は放置された。報酬は月額一括で払われ途中で投げ出すことも困難だった。
優花さんら遺族による労災申請も難航。個人事業主でも会社から指揮命令を受けていた実態があれば雇用された労働者同様、対象になる。だが、弁護士に相談しても「個人事業主だと難しい」と相次いで断られ、四人目でようやく弁護士が決まった。労災認定されたのは一八年六月末。死亡後約十カ月たっていた。
遺族は工事の大もとの日立や設備会社などの責任を問い損害賠償訴訟もしている。日立は取材に「係争中のため、コメントは控える」と答えた。
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安倍晋三首相が「元気な高齢者に経験を発揮してもらう」と言う改正案だが成立すれば、安全網がない高齢者の働き方が増えそう。企業に課す努力義務には個人事業主で独立する社員への業務委託など「雇用によらない働き方」がある。雇用負担を嫌う企業に配慮した。
個人事業主の不安定さは、新型コロナウイルスの影響で仕事を失った人への補償が薄い現実でも鮮明だ。労働問題に詳しい棗(なつめ)一郎弁護士は言う。「企業は、負担の軽い個人事業主化を必ず選ぶ。高齢者支援に名を借り不安定な働き方を増やすのは問題が大きい」
<高年齢者雇用安定法の改正案> 現行法は公的年金支給が65歳からになったのに対応、希望する社員を定年延長などの制度導入で全員65歳まで雇うことを義務づけている。雇用確保措置をしない企業を公表する規定もある。改正法案はさらに2021年度から企業に65〜70歳の就業支援の努力義務を課す。定年延長に加え、個人事業主などで独立する高齢者を業務委託契約で支援するなどを選択肢としている。
(東京新聞)
〔写真〕喜彦さんは設備会社社長にショートメールで、工期の厳しさを繰り返し訴えたが、一度も返信はなかったという=喜彦さんの遺品のスマートフォン(一部画像処理)