<働き方改革の死角>高齢者労災、深刻化恐れ 70歳就業、年金開始再引き上げへ地ならし?
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東京新聞 2020年3月15日 朝刊
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65〜70歳の就労環境整備を旗印に、政府が今国会で成立を目指す高年齢者雇用安定法(高年法)改正案は、企業の努力義務を、雇用関係を断ち切った上で業務委託契約を結ぶことも認めているのが特徴だ。年金受給開始年齢のさらなる引き上げも取りざたされる中、厳しい環境で働く高齢者のけがや死亡事故などが増える恐れがある。 (生島章弘)
働く高齢者は急増しており、総務省の労働力調査によると六十五歳以上の就業者数は二〇一九年時点で八百九十二万人と、二十年間でほぼ倍増。一方、厚生労働省によると六十歳以上の労災は十年前から約一万件も増え一八年で三万三千件。死亡も全体(九百九人)の四割近くを占める三百四十三人だった。
高齢者は身体機能が低下するにもかかわらず、安全対策が徹底されていないことも原因とみられる。高年法改正案は来年四月の施行を予定しており、「高齢フリーランス」が増えれば事態が悪化する心配がある。
個人事業主やフリーランスの場合、雇用された労働者ではないため、労災認定などを通じた救済が難航する懸念は根強い。統計上、労災に分類されず、実態が分からないまま高齢者が仕事で死傷するケースが増えることも想定される。日本労働弁護団は先月、緊急声明を発表し、「高齢者を労働法の保護から外し働く者の権利を侵害する」と批判した。
現行の高年法が企業に六十五歳まで定年延長や再雇用を義務付けているのは年金も給料もない「空白期間」をなくすためだ。会社員などが加入する厚生年金の受給開始年齢は男性が二五年度から、女性は三〇年度から全員が六十五歳になる。政府が企業に七十歳までの就労支援の努力義務を課すのは、再び引き上げるための「地ならし」とみる専門家は多い。
年金財政は苦しく、政府内では将来的に受給開始年齢を七十歳まで段階的に引き上げる案がくすぶる。それが現実となれば、企業による就労支援も改正案の「努力義務」から、企業名公表など、より強制力のある「義務」に強化される可能性がある。だが、「中身が個人事業主への業務委託なら、収入も立場も不安定な高齢者を増やすだけになる」(労働問題に詳しい弁護士)。
生活を支えるため、建設現場や交通整理など危険にさらされながら働く高齢者は多い。労災関連の訴訟も手掛ける松丸正弁護士は「政府が『一億総活躍』をうたう以上、誰もが安全に心身の健康を保って働ける環境をつくることは当然だ。高齢者の保護策を万全にすることを優先すべきだ」と話す。
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