新型コロナ感染を労災と認定したコールセンター事件と労働行政(韓国)(4/20, 4/24更新)

新型コロナウィルス感染症は、無症状の感染者も多いので感染力がきわめて強く、急速な感染者数増加が特徴となっています。日本は、PCR検査を抑制する不可解な政府の対応もあって、明らかに初期対応に失敗しました。今後、欧州諸国やアメリカ・ニューヨークなどのような「医療崩壊」の危機に直面しかねない緊迫状況です。現在、病院で医師や看護師が感染する事例が数多く報告されていて、病院などでの感染防止が大きな課題です。
 これに対して韓国は、2015年マーズの経験があって、迅速で合理的な対策で感染防止に「成功」しつつあります。そして、感染予防だけでなく事後補償の面でも、ソウル市のコールセンター事件で迅速に労災認定を出したというニュースが流れていて、日本でも注目されています。〔※今野晴貴「会社でコロナに感染したら、損害賠償を請求できる? 厚労省は労災保険を適用へ」(4/15)https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20200415-00173431/)
 日本では、最近になって新型コロナ関連の労災問題での記事が増えています(※関西労働者安全センター「新型コロナ感染症の労災申は積極的に/労基署に「労災は無理」と言われたら相談を」https://koshc.jp/2020/03/27/korona-rosai/、
大田伸二弁護士「コロナにおびえて出勤「いっそ閉めてほしい…」もし感染したら労災になる?(4/18)」 https://www.bengo4.com/c_5/n_11091/)。
 日本と韓国の労災保険制度は、きわめて類似しています。しかし、韓国では、「感情労働」などをめぐって日本よりも進んだ判断が出てきました。今回の事例もその一つです。そこで、ソウル・九老区のコールセンターで起きた集団的新型コロナ感染事例での労災認定について、関連記事(日本語、韓国語)を集めて整理してみました。なお、韓国では、安全配慮義務違反を理由に使用者(企業)を相手に争う訴訟はまだ多くなく、その点では日本が先行しているようです。(2020年4月20日 swakita)
 【注】日本でも、4月24日、厚生労働省が、一定の場合、コロナ感染について労災認定する方針に変更(?)したと報道されています(20200424毎日新聞)。

 

〔事実経過〕

■職場エース損害保険コールセンター(ソウル市九老区コリアビルディングの11階)  
■感染者=職員、教育生(見習い)、その家族など、少なくとも79人が陽性判定(10日夜9時現在)
■経過
 3月4日頃 感染者は、コールセンターが入居するビル11階で働いていた職員の関係者
 3月7日 ソウル恩平区保健所で検査を受ける
 3月8日 陽性判定を受けて、西北病院に入院
    (症状が現れてからマスクをつけ、蘆原区の自宅と九老区の会社だけを行き来)
     防対本(政府・中央防疫対策本部)は、11階で働いていた207人全員対象に疫学調査と検体検査
 3月10日 ソウル九老区にあるコールセンターで、集団的な新型コロナ感染が発生と政府、ソウル市発表     
     コリアビルディングの7~9階でも同社のコールセンター職員たちが勤務中=全体で600~700人程
     防疫当局は、別のフロアの職員も共通の動線があるとして検査を拡大する予定
     ソウル市は、ビルディングのオフィステル(オフィスと居住空間を兼ねた部屋)居住者全員を診断検査する方針
     同ビルは全体の消毒作業を終え、1階から12階までのオフィススペースを全面閉鎖
■防疫当局の見方
     ①ひとつの階に200人を超す人が集まっている
     ②コールセンター業務の特性上、マスクの着用が難しかったこと
     広範な伝播につながった原因と見ている。
     ※疾病管理本部 「COVID-19集団施設・多重利用施設対応指針」
      →このような密集施設では、
       ・感染管理のための専従職員を指定配置すること
       ・施設内で働く人にはマスクの着用などの個人の衛生管理を徹底することを勧告(強制できない)
       フレックス勤務制も雇用主の判断なしには不可能→指針は雇用主の協力が絶対的に必要
     ※人が密集する事業所は、感染の危険性が療養病院や療養施設に劣らず高い→指針見直しの必要
                               (2020年3月11日ハンギョレJapan)

〔労災認定経過〕

■申請者=労働者Aさん
■申請先=勤労福祉公団
■経過
 3月20日 労災申請
    〔正確には、韓国語では、「労災保険」ではなく、「産業災害保険(産災保険)」〕
 ソウル業務上疾病判定委員会で審議
 4月10日 勤労福祉公団、「労災認定」を発表
■判定結果 業務上疾病(労働災害)と認めた
■申請から判定まで
 申請日(3月20日)からわずか3週間で決まったという点で異例といえる。(20200411ハンギョレJapan)
  「コロナ19のような感染性疾患は疫学調査を経て、正確な感染経路を確認しなければならず、労災認定まで多くの日数がかかる。しかし、今回のコロナ19感染件は、勤労福祉公団が自治体など関連機関の情報を活用して発病経路を確認し、疫学調査を省略する方式で迅速に労災承認を決定した。」
「また、被災労働者が容易に労災申請ができるよう事業主確認制度を廃止し、書式を簡素化したほか、やむを得ない場合は病院診断書の添付のみで労災申請ができるよう制度を改善した。」(20200410 ソウル新聞)
■判定の理由(勤労福祉公団発表)
 「A氏が数人が密集して働くコールセンターで勤務しながら繰り返し飛沫などの感染危険にさらされたことから、業務と疾患の間に相当な因果関係があると判断したと発表した。」(20200410 ソウル新聞)
   「(ソウル業務上疾病判定)委員会は、コールセンターで相談業務を行ったAさんが密集する空間で働く業務の特性上、飛沫などの感染リスクに繰り返しさらされている点を考慮し、業務と申請上の疾病(COVID-19)とはかなりの因果関係があると判断した。」(20200411ハンギョレ日本_)
 公団は2009年の新型インフルエンザ流行をきっかけに「感染症労災認定指針」をまとめた。Aさんはこの基準に基づき、「業務遂行過程で感染した同僚労働者との接触があった者」という点が認められた。(20200411ハンギョレ日本_)
■補償内容
 Aさんは、コロナ19にかかって働けなかった期間、平均賃金の70%に当たる休業給与を受け取ることができる。もし、休業給与額が一日最低賃金額である6万8729ウォンより少なければ、最低賃金額基準で支給される。(20200410 ソウル新聞)
■勤労福祉公団「新種コロナウイルス感染症関連労災補償業務処理方案」(2020年2月11日発表)

働きながら次のようにコロナ19感染者との接触で業務上の病気にかかった場合、労災補償を受けることができます。
 ① 保健医療及び集団収容施設従事者で、診療などの業務遂行過程で感染者との接触により発症した場合
 ② 非保健医療従事者として空港・港湾の検疫官などのように感染危険が高い職業群に該当したり、業務遂行過程で感染者との接触が確認され、業務と疾病の間に相当な人と関係がある場合

 例えば、病院に勤務する看護師が来院した感染者と接触した後、コロナ19感染者と確認されたり、会社に勤務して同僚から感染すると業務上の疾病として認められます。 ただし、業務関連性についての具体的な判断は個別事件別に業務上疾病判定委員会の審議を経て確定します。

 参考までに勤労福祉公団が2020年2月11日に発表した<新種コロナウイルス感染症関連労災補償業務処理方案”で明らかにした業務上の疾病調査対象および業務上の疾病認定要件は以下のとおりです。(民主労総 「コロナ19、こう対応しましょう! – 有給休暇、休業給付などQ&A」(試訳)

 [非保健医療従事者の業務上の疾病調査対象]
 ①該当ウイルス感染源を検査する空港・港湾などの検疫官
 ②中国などの高危険国(地域)への海外出張者
 ③出張などの業務上の理由により、感染者と一緒に同飛行機に搭乗した者
 ④業務遂行過程で感染した同僚労働者との接触があった者
 ⑤その他の業務遂行過程で感染患者と接触した者
 ※ 現地法人勤務者の場合、労災適用可否を調査後、労災療養可否を判断
 [業務上の疾病認定要件]
 上記の調査対象である勤労者として、下記のいずれにも該当すれば業務上の疾病認定可能
 ①業務活動の範囲とウイルスの伝染経路が一致すること
 ②業務遂行中にウイルスに感染しうる状況が認められること
 ③ウイルスに感染したと認められること
 ④家族や親戚など業務外の日常生活から伝染しなかったこと
■今回認定についての勤労福祉公団のコメント
 「働きながらコロナ19に感染しても簡単に労災申請ができ、療養中の労災保険医療機関を通じても申請代行が可能だ」と発表(20200410 ソウル新聞)
 勤労福祉公団業務上疾病部のコ・ミョンジュ次長は「感染力が強いCOVID-19の特性を考慮し、(業務上疾病の認定の際、)厳しい基準を適用した新型インフルエンザの時ほど詳細な基準は設けなかった」とし、「(業務中に感染者と)同じ空間にいたという点だけでも十分に業務上の疾病が認められるようにした」と述べた。(20200411ハンギョレJapan)

■今回認定についての論評
 ◇AさんのようにCOVID-19の感染が確認された労働者(保健医療・集団収容施設従事者は除く)であっても、業務と疾病の発生間の因果関係が明確でない場合は、労災が認められるのは難しい。例えば、COVID-19による労災を認められるためには、「家族や親族等の業務外の日常生活から感染していないこと」という要件を満たさなければならない。もし、業務遂行中にウイルスにさらされたが、すでに家族の感染が確認された場合は、業務との関連性を明確に立証するのは困難である。(20200411ハンギョレJapan)
 ◇「仕事と人」法律事務所のクォン・ドンヒ労務士
 「Aさんの労災承認が短期間で処理された点は幸いだが、通勤時に公共交通機関で感染者と接触して感染した場合も労災として認められなければならないという労働界の主張に対しては、公団側がまだ立場を表明していない」
 「現場では依然として病院の診断書を添付するだけでは労災申請が難しく、COVID-19で医療機関への訪問そのものが困難な状況なので、書式の簡素化を進めると共に、例外認定をさらに拡大する必要がある」(20200411ハンギョレJapan)

■その他
 公共交通機関で通勤中に新型コロナに感染すれば、労働災害が認められるのか。雇用部は、通勤災害を認めないと言うが、事情によっては認めるべきだという解釈もある(2020年2月25日韓国経済)
 なお、労災関連の市民団体の一つ「労働健康連帯」の執行委員であるキム・ミョンヒ医師が2月13日、CBSラジオに出演して話された興味深い内容が、「働いていて感染したのにジャンヌ·ダルク? 感染病最前線の労働者たち」として、同「連帯」のHPに掲載されていました。そこでは、2007年の新型インフルエンザ、2015年マーズの際にも医師、看護師が感染症にかかったが、その多くが労災申請せずに済ましていることが掲載されています。他職種の病院労働者の労災認定は拡大したようですが、医師、看護師は、病院世界の権威主義や、働く側の「使命感」(=ダンヌダルク)意識〔日本流では「聖職者」論か〕のために、最後まで労災申請で争った人が少なかった、という内容です。(労働健康連帯HP)

【出典/関連情報】
九老コールセンター、新型コロナの陽性70人超え…首都圏のあちこちに拡大(2020年3月11日ハンギョレJapan)
コロナ19確定診断者、韓国初の労災認定、平均賃金70%支給(2020年4月10日 ソウル新聞)
繰り返し飛沫にさらされた…コールセンター従業員に初めて「新型コロナ労災」認定(20200411ハンギョレJapan)
「コロナ19確定者」韓国で初めて労災認定(安全ジャーナル)
通勤時に感染すれば労災認定?”コロナ19″労働法Q&A(2020年2月25日韓国経済)
民主労総 「コロナ19、こう対応しましょう! – 有給休暇、休業給付などQ&A」(試訳)
「働いていて感染したのにジャンヌ·ダルク? 感染病最前線の労働者たち」(労働健康連帯HP=CBSラジオ2020年2月18日)

【関連情報】
労災、幅広く認定へ「感染ルート、厳格に特定できなくても」厚労省方針(20200424毎日新聞)
新型コロナウイルス感染症の労災補償における取扱いについて (基補発0428第1号 令和2(2020)年4月28日)
【参考情報】

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