2021年1月21日、「フリーランスと芸能従事者の勉強会」が東京都内で開催されました。労働災害に遭ったが、労基署で追い返された、映画撮影で危険なシーンがあったが拒否することができなかったなど、当事者の方の切実な訴えがあり、マスコミも注目して報道されました(共同通信2021.01.22など)。この会のきっかけは、フリーランスの声を受けて、政府が労働環境改善をめぐる「ガイドライン」を作る最終段階に至っているということで、この会にも、与野党の国会議員が数多く駆けつけて発言しました。
「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(案)」
2020年12月、政府は、1年も押し詰まった時期に、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省の連名で、「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(案)」を発表し、同月24日、その策定に向けた意見(パブリック・コメント-PB)の募集を行いました。そこでは、次のようなPB募集の趣旨が述べられています。
フリーランスについては、多様な働き方の拡大、ギグ・エコノミー(インターネットを通じて短期・単発の仕事を請け負い、個人で働く就業形態)の拡大による高齢者雇用の拡大、健康寿命の延伸、社会保障の支え手・働き手の増加などに貢献することが期待されています。
〔出所:https://www.mhlw.go.jp/public/bosyuu/iken/dl/flguideline-01c.pdf〕 太字は筆者
この文の中で強い違和感を感じるのは、「高齢者雇用の拡大」「健康寿命の延伸」「社会保障の支え手・働き手の増加」と、フリーランスと高齢者を結びつけている点です。欧米、韓国など、世界各国で2015年前後から、フリーランス(self-employed)の問題が大きく浮かび上がってきました。しかし、それはAIによる「第4次産業革命」や、「プラットフォーム労働」が広がる中で、従来とは異なる働き方が登場して、そこでの働き方としてフリーランスの働き方が増加しているという脈絡です。
これは、従来の標準的雇用関係(長期、直接、フルタイム)とは異なる不安定な働き方ですが、この新たな働き方の主体の多くは、既存の標準的雇用に就くことが困難な若年層であると考えてきました。とくに、ウーバー・イーツなどが目立つ中で、ギグ・エコノミーの拡大と結びつくのは多くが若者であると理解してきました。
「家族を想うとき」の主人公の働き方
しかし、ギグ・ワークで働くのは若者に限らないとうことに改めて気がつきました。そして、ケン・ローチ監督の映画「家族を想うとき」を思い出しました。この映画では、元建設労働者として働いていた主人公リッキー(中年男性)は仕事を失って、イギリスの小さな町で個人事業主(self-employed)として宅配の配達ドライバーとして働くことなります。個人事業主なので、自動車関係費用などはすべてリッキーが負担しなければなりません。とくに、「ゼロ時間契約(Zero-hour contract)」※という、きわめて不安定で過酷な働き方を強いる契約でしたので、リッキーは、長時間の仕事に追われ続けて心身を壊すまでになるのです。
※「ゼロ時間契約」については、沼知聡子「英国:ゼロ時間契約の増加 柔軟な働き方なのか、雇用主による搾取なのか?」大和総研HP(2013.8.16)参照。それによれば、「・・・次第に「就労時間は保証されないが、雇用主が必要とする時点で就労可能であること」をも意味するようになった。労働者は “on call”(求められた段階ですぐに就労できるよう待機)であることを求められるが、この待機時間に対し賃金は支払われない。しかも、就労時間は通常、雇用主の裁量により決められるという」と説明されています。
高齢者をギグ・ワークで働かせる狙い
そうすると、日本政府は、高齢者を映画「家族を想うとき」が描く、個人事業主としてのギグ・ワーカーとしての過酷な働き方で働かせる政策を目指しているのではないか?前述の「フリーランス・ガイドライン」案が示す「ギグ・エコノミー(インターネットを通じて短期・単発の仕事を請け負い、個人で働く就業形態)の拡大による高齢者雇用の拡大」という文言には、そうした狙いがきわめて赤裸々に表現されているのではないかという疑念が浮かび上がりました。そこで、ガイドライン案が、なぜ「ギグ・エコノミー」、「フリーランス」と「高齢者」を結びつけるのか、自分なりに関連情報を調べてみることにしました。
すると、政府関連の文書以外で、早速、次のような記事が見つかりました。
第二には、高齢者によるギグワークである。70歳までの就業機会の確保を企業の努力義務とする高年齢者雇用安定法などの改正案が2月4日に閣議決定された。定年延長や再雇用のほかに、フリーランスや起業した場合に業務委託で報酬を払う選択肢も認めるという。今国会で成立すれば2021年4月にも適用する見通しである。
人生100年時代、就業規則に合わせた固定的な働き方よりも、健康状態に合わせて、働く場所や時間などを自分で選択できるフリーランスやギグワーカーが活躍する余地は大きい。
このように、日本では副業や高齢者による業務委託など、パートタイムのギグワーカーが増加する可能性が出てきた。あとはこの二つの新しい人材の市場をどのように創り、育てていくことができるか。人材のマッチングや、職域の開発、サポート機能の充実などが課題となるだろう。
〔出所〕村田 弘美「ネット社会で成長の「ギグエコノミー」、欧米から日本へ浸透も」ニッポンドットコム( 2020.03.25)
ここでは、昨年の高年齢者雇用安定法改正による、高齢者の業務委託形式での就労という選択肢容認が肯定的に紹介されています。しかし、この法改正は、高齢者を労働法や社会保障法の適用を受けず、無権利なままで働かせる道を拡大するものであり、重大な問題点を含む法改正です(詳しくは、日本労働弁護団「高年法改正案に反対する緊急声明」参照)。
※筆者紹介によれば、村田弘美氏は、「リクルートワークス研究所グローバルセンター長・主幹研究員」であり、「専門は外部労働市場、非典型雇用。最近の主な研究は、人材ビジネス、HRテクノロジー。独立個人事業者、フレキシブルワークなど」とされ、とくに、「厚生労働省雇用類似の働き方に関する検討会委員、雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会委員」と紹介されているので、個人的な見解とは言え、政府文書作成にも一定の影響を与えておられるのだと思う。
同氏は、これ以前に(2020年12月16日)「社会に溶け込むギグエコノミーの社会課題」という記事を掲載されていました。そこでも、次のような記述があります。
一方、日本ではギグの正確な統計や調査はないが、クラウドソーシングの大手4社の累計登録者数(副業を含む)は2020年5月時点で、約700万人(2019年末比で約15%増)と、これは全就業者数の約1割に相当する。増加の背景は、①人材不足、②テクノロジーの進化、③働き方の変化、④副業を容認する企業の増加などが挙げられる。2021年4月には、改正高齢者雇用安定法によって70歳までの就業機会の確保策として、社員から業務委託への移行が支援されることから、近い将来、シニアのギグワーカーも増加するだろう。
〔出所〕村田弘美「社会に溶け込むギグエコノミーの社会課題」(2020.12.16) 太字はS.Wakita
また、注目できるのは、その記事には、「ギグワークの一例」として、次の表が掲載されています。数多くの仕事の種類が例示されています。サービス業だけでなく、製造業、農業、さらには運送業も含まれています。まさに「家族を想うとき」の主人公がしていた「配達」の仕事もギグ・ワークの対象に含まれていることになります。
高齢者を「非雇用」で働かせる既存政策(シルバー人材センター就労)
この表を見て、「シルバー人材センター」の高齢就労者が就いている仕事のリストととても類似していると思いました。つまり、「全国シルバー人材センター事業協会」(全シ協)は、シルバー人材センターで行っている主な仕事として、次のような例を挙げています。管理部門、折衝外交分野などの仕事は、上述のギグ・ワークとは違っています。しかし、シルバー人材センターでの就労も、労働法が適用されない「個人請負」形式の就労ですので、高齢者を個人事業主形式で働かせる点では共通しています。つまり、高齢者フリーランスを活用していくという点では、政府の労働力政策として既定の路線であり、それを新たな状況に応じて「ギグ・ワーク」として延長・拡大するものと言うことであれば、私の疑念は一部ですが、解消することになりました。
技術分野
・家庭教師 ・学習教室の講師 ・パソコン指導 ・翻訳・通訳(英語)
・翻訳・通訳(英語以外) ・自動車の運転
技能分野
・庭木などの剪定 ・障子・ふすま・網戸の張替え ・大工仕事
・ペンキ塗り ・衣類のリフォーム、・刃物とぎ、・門松・しめ縄づくり
事務分野
・一般事務 ・経理事務 ・調査・集計事務
・筆耕・宛名書き ・パソコン入力
管理分野
・建物管理(ビル、アパート・マンション管理など) ・施設管理(スポーツ、遊戯施設管理など)
・駐車(輪)場の管理
折衝外交分野
・販売員・店番 ・配達・集配 ・集金、・営業 ・電気、ガスなどの検針
一般作業分野
・除草・草刈り ・屋外清掃 ・屋内清掃 ・包装・梱包(封入、袋詰めなど)
・調理作業(皿洗い、配膳など) ・農作業(種まき、水やり、収穫など)
・エアコン・換気扇の清掃 ・チラシ・ビラ配り ・荷造・運搬
サービス分野
・家事サービス(掃除、洗濯、留守番など) ・福祉サービス(身の回りの世話、話相手、介助など)
・育児サービス(子守、送迎など)
ただ、「シルバー人材センター」就労者の働き方は、労働基準法、最低賃金法、労働安全衛生法、労災保険法、雇用保険法などの適用がない、きわめて無権利な働かせ方です。その改善が長く求められてきましたが、厚生労働省は、「労働者でない」ことを理由に、調査、監督なども怠ってきているので、その実情を確認することが困難です。国として、そうした問題点を放置したまま、高齢者をギグ・ワークで働かせることには強い疑問を抱きます。
※シルバー人材センターの高齢者が死亡を含む重大事故に遭う一方、それに対する法的保障がないことを批判するものとして、2012年10月25日毎日新聞「シルバー人材センター、就労時負傷は実態重視で=龍谷大学法学部教授・脇田滋」参照。
高齢者を労働力として活用しようという政府の政策が、本格化してきたということだと思います。歴史的には、戦後の経済状況の中で政府が回避できない労働政策の一つであった緊急失業対策法に基づく「失業対策事業」を、1971年の「中高年齢者雇用促進法」の成立を期に廃止する方向が出されました。そして、政府は、その代わりに自治体レベルで広がっていた「シルバー人材センター」を国の補助事業として拡大させ、さらに、1985年に成立した「高年齢者雇用安定法」に基づいて「シルバー人材センター」を法制化したのです。シルバー人材センターは、時間的・経済的に余裕があり、まだ元気な高齢者の「生きがい就労」というのが「建前」でした。
たしかに、公的年金がまだ大きく削減されていない時期には、そうした「シルバー人材センターの建前」の「虚偽性」が目立ちませんでした。ところが、中曽根内閣、小泉内閣のときに、少子高齢化や団塊の世代の高齢化などを理由に公的年金水準を低下させる制度改正が行われて、年金だけではとても老後を過ごせない水準にまで大幅な切り下げが行われました。とくに、基礎年金に依存する自営業者や非正規雇用労働者(696万人)は、国民年金だけでは月額で平均51,938円(2018年年金事業年報)にしかなりません。
その結果、シルバー人材センターは「生きがい就労」というよりも、生活のために働かざるを得ないという「経済的な理由」で就労する高齢者の数少ない仕事を見つける場になってきたのです。既に、かなり以前から、最低賃金以下の労賃で働く高齢者を労働力として活用するという企業主が増えてきました。その結果、既に20年前に、シルバー人材センターから紹介されて、危険な仕事を担当する高齢者が増え、その就労中に重大事故に遭っても労災保険の適用を受けることができない問題が社会的にも大きく取り上げられました。
※1996年~97年に関連したマスコミ報道がありました。「シルバー人材センターの高齢者にも労災補償を」 「安全に働きたい 検証・増える高齢者の事故」参照。
政府は、こうした問題の多い、シルバー人材センターの在り方を抜本的に改善することはありませんでした。この間の変化は、一方で進めていた労働者派遣事業の拡大の中で、高齢者については対象業務などの制限を撤廃するとともに、シルバー人材センターが労働者派遣事業を行えることにして、「違法」「脱法」の批判を避けることにしただけです(2003年労働者派遣法改正)。そして、(違法)派遣の実態で働いていた高齢者の一部は「個人請負」から「派遣労働者」になりましたが、依然として不安定・劣悪労働の実態改善は大きく改善されたとは言えません。
※とくに最近、無権利な派遣労働者が重大な労災事故に遭っていることについては別のエッセイで指摘しました。第15回 派遣労働者の労働災害、派遣先の安全衛生責任回避
低年金高齢者の劣悪労働力化という、あくどい「一石二鳥」策
そして、現在、高齢者の多くを、それだけではとても生活できない年金額水準にすえおく一方で、政府・財界は、少子化で不足する労働力を補うために、団塊の世代が高齢化する中で急増する高齢者を、不安定・劣悪労働力として活用するという、いわば「一石二鳥」のあくどい意図を持って、高齢者のギグ・ワーカー化を進めているのだと思います。
内閣官房においては、令和2年2月から3月にかけて、関係省庁と連携し、一元的にフリーランスの実態を把握するための調査を実施し、その上で、当該調査結果に基づき、全世代型社会保障検討会議において、政策の方向性についての検討がなされ、同年7月に閣議決定された成長戦略実行計画において、フリーランスとして安心して働ける環境を整備するため、政府として一体的に、保護ルールの整備を行うこととされました。
「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン(案)」 太字S.Wtakita
世界の動向を踏まえて、フリーランスの権利の大幅拡大を
政府は、年金財政の悪化の原因を「少子高齢化」とし、若い世代が増加する高齢世代を支えるという「世代間対立」論を煽る形で、年金水準を切り下げてきました。しかし、社会的格差の拡大、とくに非正規雇用が増加する中で、高齢者にも所得格差が大きくなっています。問題の基本は「世代間の格差」にではなく、一方では最低生活も困難な勤労階層と、約480兆円もの内部留保を蓄積した大企業や富裕層の階層間格差にあると思います。新自由主義政策で、この階層間格差は、政府によって維持され、格差が大きくなってきたというのが問題の根本原因だと思います。日本国憲法は、第25条で国民の「健康で文化的な最低限度の生活」を基本的人権として保障しています(生存権、健康権)。また、第27条は、労働権と働くにあたっての法定基準(労働基準)の保障を定めています。
今回のフリーランス・ガイドラインは、従来の政策を基本的に維持するものです。たしかに、「事業者とフリーランスとの取引について、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律、下請代金支払遅延等防止法、労働関係法令の適用関係を明らかにする」とともに、「これら法令に基づく問題行為を明確化するため、実効性があり、一覧性のあるガイドライン」を提案しています。しかし、これは、従来の「個人請負」形式で、最低賃金法の適用もなく、労災保険の適用もなかったシルバー人材センター就労者の状況を一般化するものと思います。
コロナ禍が広がる中で、OECD(経済協力開発機構)やILO(国際労働機関)、さらにEU(欧州連合)が、雇用脆弱層(vulnerable workers)の保護強化を提起しています。この雇用脆弱層には、有期雇用、派遣労働、オン・コールワーク(ゼロ時間契約)などともに、偽装雇用(名ばかり個人事業主)や自営業形式就労者(self-employed)の保護が重視されています。欧州では、こうした自営業形式労働者への労働法・社会保障法の拡大を進めています。労災保険については、フランスの2016年法やイタリアの2015年法、2019年法が、自営業形式のギグ・ワーク労働者の強制加入を義務づける法改正を行っています。韓国では、「特殊雇用」と呼ばれる自営業形式の労働者について、労災保険(産業災害保険)加入を義務づけ、労災保険料については労使折半としています。とくに、重要なことは、フランス法、イタリア法では、フリーランスの団結活動の保障を定め、韓国でも国家人権委員会が特殊雇用労働者への団結権保障を勧告しています(2017年)。
ところが、今回の「フリーランス・ガイドライン」案では、労働関連法については、偽装雇用(名ばかり個人事業主形式の就労)を許さないための「労働者性」判断については従来の判断基準を維持するだけです。そして、一部職種に限って「労災保険特別加入」(保険料は労働者が全額負担)を認めるだけに止まっています。韓国では、労災だけでなく、さらに、雇用保険についても自営業を含む「全国民雇用保険」の政策がとられています。コロナ禍でフリーランスへの保護の必要性が明らかになったからです。そして、昨年、その根拠となる雇用保険法改正が国会で成立し、段階的に適用拡張適用を進めています。また、ガイドライン案には、フランス、イタリア、韓国で重視されているフリーランス自身の団結活動や団体交渉の権利保障についてはまったく言及されていません。
たしかに、今回の「フリーランス・ガイドライン」案は、従来、労災についての公的補償がほとんどなかった状況の一歩改善になるかもしれません。しかし、欧州や韓国など世界の状況と比較したときには、あまりにも貧弱な改善です。むしろ、関連情報を色々と調べ、考えるほどに、政府が進めるフリーランス対策は、高齢者を中心として不安定・劣悪な「非雇用」就労者を大きく増やすことにつながるのではないか、という疑念を払拭できなくなっています。基本的には、世界の動向を踏まえ、憲法の生存権、労働権保障の要請に応えた、フリーランス対策に大きく転換することが必要だと思います。