★不気味な映画である。監督はジム・シェルダン。2007年、銀行強盗で服役していた弟のトミー(ジェイク・ギレンホール)が出所し、家に戻る。入れ替わるようにして米海兵隊大尉の兄サム(トビー・マグワイア)がアフガニスタンへ出兵していく。サムには妻のグレース(ナタリー・ポートマン)と2人の娘がいる。優秀な兄と厄介者の弟だが仲は好い。
しばらくしてサム戦死の訃報(ふほう)が届く。サムの搭乗していたヘリコプターが撃墜されたのだ。グレースと娘たちは悲嘆にくれる。そんなグレース一家をトミーは励まし、なにかと面倒を見た。そのなかでトミーはグレースに淡い想いを抱きかける。ところが兄のサムの生存が確認されたと連絡が入った。敵の捕虜になっていたのだ。
しかし帰還したサムの人格は前とは全然違う。何故そうなったのか。私(=サム)の中の地獄が明らかにされていく。そこからが恐ろしい。
★この作品はデンマーク映画『ある愛の風景』(2004年度)をリメークしたものである。DVDになっているが、まだ観ていない。いくつかの批評によると『マイ・ブラザー』はそれを上まわる作品だと書いている。たしかに本作品は良い。
夫が出兵したあとの妻の想い、戦死した家族の心情を、抑揚をおさえ、事実を一枚ずつ重ねで描くジム・シェルダン監督のリアリズムに徹した手法はさすが。しかしこの種のアメリカ映画の大半がそうであるように、何故、他国に行ってまで戦争を続けるのか? は描いていない。戦争原因は9.11テロであるものの、今日まで戦争を続ける理由は何か?
★シェルダン監督はアイルランド人である。アイルランドは数百年にわたって大国イギリスに支配されていた。その国出身の彼は1993年に『父への祈り』(主演ダニエル・デイ・ルイス)を作っている。イギリスに支配されている北アイルランドの独立をめざし武装闘争の行うIRA暫定派(IRA=アイルランド協和軍)が1974年に起こしたロンドンのパブ爆破で冤罪(えんざい)になった人物を描いている。力作だ。
息子の冤罪を晴らすために闘う父親役のピート・ポスルスウェイトが印象的だった。『ブラス!』の指揮者役といえば思い出す人は多いだろう。大国に翻弄(ほんろう)される市井の人たちを描いてきた監督だけにアフガン戦争をどう描くかに興味を持って観たが。
★この映画ではサム役のトビー・マグワイアの演技が光った。『スパイダーマン』シリーズに出演している若手俳優だ。奇跡の生還を果たしたサムが痩せこけ、目をギラギラさせ、戦争後遺症に苦しむ。そして妻と弟の仲を疑い、異様な行動を次々に起こす。最後に何かとんでもないことをしでかすのではと、ハラハラさせられる。しかし、この過程は短すぎる。もっとじっくり描いて欲しかった。
それに終わり方に違和感が残った。内容は言わぬが華。フランスやドイツ映画なら、もっと冷徹に描いたのでは、あんな終わり方をしないのでは、と思った。まあ、それはともかくとして、面白い映画には違いない。ぜひ観ていただきたい。 (月藻照之進)