アルゼンチン映画『瞳の奥の秘密』/眼差しと言葉が物語をつむぐ

 「もし、まだ観ていなければ、DVDで」シリーズ

★本作品は2009年度にアカデミー賞最優秀外国映画賞を受賞している。監督はファン・ホゼ・カンパネッラ。舞台は首都ブエノスアイレス。殺人事件を追う映画だが、サスペンスではない、愛の物語である。観終わったあと、思わず唸ってしまった。

★2000年に刑事裁判所の書記官を定年退職した独身のベンハミン(リカルド・ダリン)は、25年前に担当した殺人事件が忘れられず、それを題材に小説を書いているが、筆が進まなかった。思いあまった彼は、かつての上司イレーネ(ソレダ・ビジャミル)に会いに行く。彼女は検事に昇進しており、2児の母でもあった。この2人の会話を通じて、物語は軍事独裁政権が成立する直前の70年代に遡っていく。

★1974年、イレーネはアメリカの大学を出て、刑事裁判所に判事補として着任し、ベンハミンは彼女の部下として働くことになる。その直後、新婚早々の若い女性の殺人事件が起り、ベンハミンはイレーネとともに捜査にあたった。アルゼンチンの刑事裁判所の書記官には捜査権限が与えられており、警察と一緒になって現場検証もおこなう。

★ベンハミンは被害者の夫に事情聴取する。「犯人には生きていて欲しい。空虚(くうきょ)な日を送ってほしい」と夫はつぶやく。この言葉がベンハミンの心にいつまでも残る。やがて被害者の知り合の男が犯人だと分かるが、犯人は逮捕される直前に姿をくらましてしまう。

★1年後、ベンハミンは、偶然、駅構内の椅子に座っている被害者の夫と出会う。彼は仕事が終わったあと、列車から犯人が降りてこないか、毎日見張っていると話す。夫の行為にベンハミンは心をつき動かされ、ふたたび捜査を進める。やがて執念が実って犯人は逮捕される。ところが、あろうことか、犯人は、別の担当官によって、左翼ゲリラの居場所を教え、左翼勢力を破壊するという条件で釈放されてしまう。おまけに銃の携行まで許されて。ベンハミンとイレーネが釈放した担当官のもとへ抗議に行くと、担当官はベンハミンを罵(ののし)った。「彼女(イレーネ)は法学博士だが、お前は高卒だ。金持ちと貧乏人、価値ある人間とない人間、生きる世界がちがうんだ」と。このセリフが選別と差別のファシズムの到来を予感させる。やがてベンハミンの身に危険が迫ってくる。

★この映画は「眼差し」がキーワードになっている。ベンハミンがイレーネを見つめる眼差し、イレーネがベンハミンを見つめる眼差し、被害者の夫の、瞳の奥に秘める亡き妻への眼差し、そしてその夫が犯人を見る眼差し、ともかく物語の展開の上手さ巧みさに、すっかり魅了されてしまった。
2011/11/30 月藻照之進


 

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