時間外ゼロ、手取り激減 「残業代で家計維持」常態化の末

090602 朝日新聞 (賃下げショック:1)

1月下旬、給与明細を見た男性(28)は驚いた。手取りがいつもの半分以下の約12万円に激減していたからだ。

上場企業の正社員。世界市場で業績を伸ばしてきた機械メーカーだ。東日本の地方都市で製造現場に立ち、機械の操作や品質管理を担う。高校を出て10年間、人一倍まじめに働いてきた自負もある。

昨夏までは額面30万円台の月が多く、社会保険や税金を引いた手取りは25万円前後。400万〜500万円の年収は、中古住宅で家族と暮らす生活には十分だった。

激減の理由ははっきりしていた。あまりに時間外労働が多く、その一方で基本給が低く抑えられていたからだ。

24時間操業の2交代制で、夜勤と残業に加え、休日出勤も多い。ひどい時は残業が100時間を超え、時間外手当が給料の半分以上を占めた。

それが昨秋を境に一変した。リーマンショック後の世界的不況で受注が激減。派遣社員は契約を打ち切られた。暮れには夜勤も残業も休日出勤もゼロに。勤務は本来の所定時間である、日中の8時間だけになった。

時間外ゼロの日々は3月まで続いた。2月も3月も手取りは約12万円。同僚には10万円を割り込む人もいた。

初任給で15万円台だった基本給は、今も18万円に届かない。最近は徐々に従来のシフトに戻ってきたが、素直には喜べない。「10年勤めても大卒の初任給以下なのが納得いかない。今回のことで、いかに自分が低い賃金で働かされているかがわかった」
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昨年暮れから続く生産調整で、こうした実質的な賃下げが広がっている。3月の毎月勤労統計調査で1年前と比べると、製造業全体の所定外労働時間は17・2時間から8・9時間、残業代などの所定外給与は3万4260円から1万8122円に減った。自動車など「輸送用機械器具」の従業員500人以上の企業は、7万4980円から2万3901円と5万円以上急減した。

残業代の減少は、消費にも影を落としている。小売業界ではこの春、三越やイトーヨーカ堂などの大手を含め、営業時間を短縮したり、休業日を導入したりする動きが広がった。その結果、今度はサービス業の従業員が労働時間を削られ、収入減に苦しむ悪循環となっている。

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大手紳士服チェーンのコナカは1月から、閑散期の開店時間を午前10時から11時に遅らせた。この決定に、一部の社員が加盟する全国一般東京東部労組コナカ支部が「一方的だ」と反発した。

それまで午後8時までの営業時間をフルに働くと、1時間の残業がついた。1日1時間でも、1カ月で20時間超、数万円の残業代がなくなる。

千葉市内の店舗で働く松田慎司さん(33)は、月3万〜6万円あった残業代が大幅に減り、5月はゼロだった。それでも子供の教育費を削るのは避けたいと、妻がパートに出て補うようになった。

コナカ支部は、社員が残業代も含めて家計を維持する現実がある以上、営業時間の変更も組合と事前協議すべきだと会社に訴えた。会社側は、営業時間の見直しが「ワークライフバランスのとれた労務環境の形成に寄与する」(総務部)として、主張は平行線だ。
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長年、日本企業の長時間労働の問題を研究してきた関西大学の森岡孝二教授は「日本の労働者は、所定内賃金だけでは暮らせないために、めいっぱい残業し、『恒常残業』と言うべき状態に置かれてきた。一方で使用者側も、雇用調整の代わりに、何ら補償なしで増減できる調整弁として、一定の時間外労働を求めてきた」と指摘する。

しかし、今回の不況では、時間外労働の削減にとどまらず、一気に一時帰休にまで進む企業が続出した。森岡教授は「特に住宅や教育費の負担が大きい子育て世帯を減収が直撃している。残業なしでも暮らせる賃金を企業に求めていく必要がある」と話す。
 (江口悟)
 (この連載は5回の予定です)
 
 

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