本日の毎日新聞に、15時間勤務休憩30分「どうか、誰か助けて」の記事がトップと3面にわたって掲載されています。全文はこのあとの<続きを読む>に紹介しています。是非記事をお読みください。
「過労死防止法基本法」制定を求める署名運動への期待も結びに書かれています。かねてから問題にされている「ワタミ」過労死自殺です。当時26歳の森美菜さんが「誰か助けて」とメモを残して、わずか入社して2か月で自殺に追い込まれた事件。
「フォーカスシステムズ」と「ウェザー社」の事件も出ています。ウェザー社は、当時25歳、入社して3か月後の時間外労働が232時間54分に達していた、試用期間の中で30〜40人のうち、1〜2人が「契約職」に変更される仕組みで、「予選」これに変更されれば「予選落ち」。上司に「予選通過は難しい」と告げられ、25歳の気象予報士は2日後にアパートで練炭自殺しました。
この記事には雇用主の「本音」が露わにされていますが、渡辺美樹・ワタミ会長はツイッターで「彼女の精神的、肉体的負担を仲間で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません」と発言をしています。
私たちは、このようなブラック企業と経営者を許すことは出来ないことは当然ですが、時間外労働の上限規制の無い!この日本社会の異常さ、非人間的社会をどうつくり返るかの能力を持とうではありませんか。「過労死防止法基本法」署名運動の継続と達成へのちからをこの記事が与えてくれたような気がします。記事は松浦丈二さんでした。(副会長 服部信一郎)
ストーリー:「過労自殺」する若者 倍増した20代の労災申請
◇「どうか、誰か助けて」−−若者の過労自殺
「体が痛いです。体が辛(つら)いです。気持ちが沈みます。早く動けません。どうか助けてください。誰か助けてください」
彼女が使っていた黒いシステム手帳を開くと、小さな字でそう走り書きしてあった。神奈川県内の社宅で1人暮らし。連日のように深夜、早朝までの勤務が続いていた。
国内外に約700店舗の外食チェーンを展開する「ワタミフードサービス」の新入社員だった森美菜(みな)さん(当時26歳)が長時間労働から、適応障害、自殺に追い込まれたのは08年6月12日。「誰か助けて」とメモして1カ月。入社からわずか2カ月後だった。
「その日以来、私たちの時間は止まったまま。来る日も来る日も、娘の姿が浮かびます」
それから4年3カ月を経た9月20日。美菜さんの労災認定を受け、父豪(つよし)さん(64)と母祐子さん(58)が東京都大田区のワタミグループ本社を訪れ、経営陣に、謝罪と損害賠償について直接協議に応じるよう申し入れた。
長い道のりだった。横須賀労働基準監督署は09年7月に適応障害の発病は認めたが、業務上のストレス程度を「中」と判断して労災申請を却下した。遺族は神奈川労働者災害補償保険審査官に不服を申し立て、今年2月に逆転認定、確定した。
決め手は、美菜さんが残した手帳などから1カ月141時間26分の時間外労働が認定されたこと。1日12〜15時間勤務で休憩30分という実態である。厚生労働省が過労死のリスクが高まるとする「過労死ライン」(月80時間以上の残業)をはるかに超えていた。これが昨年12月に定められた同省の新しい労災基準でストレス程度「強」と判断された。
この逆転認定について、渡辺美樹(みき)・ワタミ会長(53)は「労災認定の件、大変残念です。四年前のこと昨日のことのように覚えています。彼女の精神的、肉体的負担を仲間皆で減らそうとしていました。労務管理できていなかったとの認識は、ありません」などとツイッターで発言した。
厚労省によると、精神障害による自殺(未遂含む)の労災請求は、01年度は全国で92件だったが、11年度には202件と倍増。うち20代は前年27人から倍増して55人となり、世代別で最多になった。若者の労働問題に詳しい水島宏明・法政大学社会学部教授は「厳しい労働環境のなか、自殺に追い込まれる若者が後を絶たない。会社側は原因を個人的な事情にすり替えがちで、表面化するのは氷山の一角だ」と指摘する。
「誰か助けてください」とのメモが忘れられない。美菜さんが働いた「和民」京急久里浜駅前店に向かった。<4面につづく>
■写真(省略) ワタミ本社前で美菜さんの遺影を手に、申し入れ書を手渡す森豪さん(右)と祐子さん。読み上げた豪さんの手は震えていた=東京都大田区で9月20日、梅村直承撮影
4面<1面からつづく>
◇6連勤、休日は研修
神奈川県横須賀市。自殺した森美菜さん(当時26歳)が働いていた「和民」京急久里浜駅前店はモダンな駅舎から道路1本隔てたところにある。平日の午前1時に訪れた。台風の夜だったが、2組4人の客がいた。
「本日は午前3時までです」。営業時間を聞くと、レジの男性店員が愛想良く答えた。営業は午後5時から午前3時まで。金、土曜日と祝日の前日は午前5時まで。周囲の店が閉まる時間帯に和民は営業を続ける。
始発電車の時間を店員に聞くと、乗る路線と方向を確認し、わざわざ時刻表を持ってきてくれた。注文したフライドポテトは互いにくっついていた。
「本社での調理研修は3、4時間。卵焼きや焼きそばを作ったり、カツオの刺し身の切り方を教わった程度だった。美菜さんも調理業務に携わったことはないとのことだったので、非常に大変だったと思う」
毎日新聞が入手した労災認定の決定書によると、美菜さんの同期社員はこう陳述している。美菜さんは配属後、キッチンで刺し身やサラダなどを作る「刺場(さしば)」と呼ばれる調理業務を原則1人で担当させられていた。
決定書によると、「刺場」は注文から15分以内に料理を提供するルール。美菜さんは分厚いマニュアルを横に置き、調理していたという。
あてがわれた社宅は隣駅とはいえ、店舗から徒歩約40分かかる。美菜さんは午前3時半に仕事が終わっても、始発電車が動く午前5時37分まで店内で待機していた。
閉店後、店から美菜さんが住んでいた社宅があったところまで歩いた。山道は暗く引き返したくなった。
「休みが休みであればいいのだけれど……」。美菜さんは母祐子さん(58)への電話でつぶやいた。休日にも、ボランティア活動や研修会への参加が求められた。
自殺する前日の08年6月11日。美菜さんは連続6日勤務の後の休日だったが、東京都大田区内の本社で午前7時から開かれた早朝研修に参加していた。この日、提出が課せられた「読書感想文」が遺品のパソコンに残っていた。課題図書は、ワタミ創業者の渡辺美樹会長(53)の著書「夢に日付を!」。
渡辺会長はこの本の中で「大学を卒業した私は、会社を設立する資金づくりのために1年間、運送会社でドライバーとして働きました。その一年間はまさに地獄。実際、毎日が二〇時間以上の労働という極めて過酷な状況でした」と記し、2年後に社長になる「夢」が励みになったと説いていた。
美菜さんはこんな感想をつづっていた。
<「夢」とは何だったろう? 何か楽しいものだったろうか? 今は、足元しか見えない。遠くを見通せる日は来るのだろうか? 日付を入れれば、見えるようになるのだろうか?>
痛々しい文面が胸を突いた。美菜さんは美術系大学を卒業した。祐子さんは「農業にも関心を持っていた娘は居酒屋で3年頑張れば、ワタミの経営する農場で働けると夢を語っていました」と話した。
死亡推定時刻は研修翌日の午前1時から2時。死因は墜落死。社宅近くのマンション階段の7階と8階の間に花柄の白い傘が立てかけられていたという。遺書はなかった。
父豪さん(64)は「だれが、何が、娘を死に追いやったのか。死因は何なのかを知りたい」と無念を語る。
ワタミの矢野正太郎広報グループ長は再発防止策などについて「労働環境の改善を経営の重要課題と認識しています」とした上で(1)労働時間の把握、管理を効率的に行うためのシステム対応(2)心身面が不調な社員のための相談窓口の設定――などに取り組んでいるとした。
美菜さんの両親は、渡辺会長をはじめとする経営陣から直接、謝罪の言葉を聞き、損害賠償の協議を求めたいと考えている。だが両親の申し入れについて、ワタミ側は9月26日付の内容証明郵便で直接協議を拒否、弁護士を代理人に立てての協議を続けていく意向を繰り返した。
豪さんは「事情を知らない弁護士ではなく、当事者同士で話し合うことで、ワタミの実態を明らかにし、経営者としての自覚を促していきたいのです」と訴えた。その声には静かな怒りがこもっていた。
◇労災認定後も続く係争
長時間労働が原因で死に追いやられるケースは、外食産業に限ったことではない。中堅IT企業「フォーカスシステムズ」で入社4年目のシステムエンジニア(SE、当時25歳)が死亡し、労災が認められたケースは、死亡から6年以上が経過した現在も、損害賠償額などを巡って遺族と会社が最高裁で係争中だ。
東京都品川区のフォーカスシステムズの本社近くで待ち合わせると、遺族の父親(66)は「労災も認定されていたし、まさか最高裁まで争うことになるとは思ってもいませんでした」と表情をくもらせた。
男性SEは、東京都内の国立大学に入学したものの、半年でやめ、SEの専門学校に進学した。卒業後の03年4月、第1志望のフォーカスシステムズに入社、社内評価で最高ランクに位置づけられるなど順調だった。だが3年後、慣れない業務への配置転換を機に笑顔が失われたという。
「あの日、息子はいつもと同じように家を出た後、会社には行かず、突然、京都に向かったのです」。記憶に焼き付いているように、父親は話した。今年3月下された東京高裁判決をもとに再現すると、次のような状況だった。
配置転換から2カ月半後の06年9月15日、男性SEは携帯電話の電源を切って京都市に向かった。鴨川河川敷のベンチで缶ビール500ミリリットル1本と720ミリリットルのウイスキーの大半をラッパ飲みし、翌16日午前0時ごろ、急性心疾患の疑いで死亡した――。
判決は、複数の医師の所見から「(業務上のストレスから)うつ病及び解離性遁走(とんそう)を発症し、その結果過度の飲酒行為に及びこれが原因で死亡した」と指摘し、業務との関連性と会社側の責任を大筋で認め、4300万円余りの賠償金支払いを命じた。双方が判決に納得せず上告した。
普段からそんなに飲めるタイプではなかったという。親は自殺同然だと思っている。それというのも死亡前1カ月の時間外労働は117時間に達していた。業界関係者によると、SEは入社3年目ぐらいから責任あるプロジェクトを任され、納期に追われる。徹夜作業は珍しくなく、業界内では「デスマーチ(死の行進)」と言い習わされているという。
父親は言う。
「過労は明白でも、息子が戻ってくるわけではないから、と当初は裁判を迷いました。でも、息子の死を無駄にしたくない。勝訴して判例を残したい。今は息子と一緒に闘っているような気がします」
日本労働弁護団事務局長の佐々木亮弁護士は「労災認定を受けても和解せず争ってくる会社は少なくない。安全配慮義務は尽くしていたとか、従業員側にも落ち度があったなどと主張して、賠償額を減らすことができるからだ。しかし、争いが長引くと遺族の重荷になりかねない。遺族の負担軽減策が必要だ」と話した。
息子の七回忌は終わったが、裁判は続く。男性SEの死をどう受け止めているのか。フォーカスシステムズ総務部は「本件に関しましては、現在係争中であるため、ご質問に対する回答、その他コメントは控えさせていただきます」とそっけなかった。
◇入社半年「予選落ち」重圧
「『過労自殺』で弟を亡くした遺族として、伝えたいことがあります。普段から過労問題に対する意識を少しでも持つこと。声を上げることで、救い出してくれる友人や家族、さまざまな機関があることを絶対に忘れないでほしい」
民間気象会社、ウェザーニューズ(以下ウェザー社)に入社した気象予報士の弟(当時25歳)を自殺で亡くした兄(34)のメッセージが涙声で読み上げられた。7月28日に東京都内で開かれた「ブラック企業大賞」授賞式でのことだった。
実行委員の水島宏明・法政大学教授は「『過労自殺』とは、過労が自殺の原因になるということを知ってもらうために市民、労働者側から出てきた言葉です」と話した。精神障害による自殺(未遂含む)の労災申請が20代で倍増(1面参照)したことについて「学生にとって厳しい就活状況が続いている。企業側はそれにつけ込み、若者を使い捨てることで競争に勝ち残ろうとしている。若者は即戦力になることを要求され、プレッシャーから精神を病み、自殺に至ってしまう。時代の病理だ」と指摘した。
文部科学省の学校基本調査によると、今春の大学卒業者約56万人のうち、ほぼ4人に1人にあたる12万8000人余り(約23%)が正社員など安定した仕事には就いていなかった。就けないのだ。大手チェーンストアの男性社員(28)に話を聞くと「大学卒業後、正社員になれず、派遣社員とアルバイトで3年。2年前に就職できたものの配属された店舗は24時間営業でした。高校生のバイトが休むと夜中でも呼び出されるから、安心して眠れない。すでに数人の同期が、うつ病などで休職中ですが、やっとなれた正社員だから辞められない」と苦しそうだった。なりたくてもなれない。そして、正社員になったらなったで辞められない。若者を取り巻く労働環境が垣間見えた。
気象予報士の兄を京都市内に訪ねた。弟は子どものころから気象に興味を持っていた。有名私大工学部を卒業、メーカーに就職したものの、あきらめきれずに07年に気象予報士を受験、合格した。日記が残っている。<気象予報士試験に合格したぁー。ラッキー>
文面からはじけるような喜びが伝わってくる。弟は翌春、念願の業界最大手、ウェザー社に入社した。
「大きな希望を持って入社しました。でも、携帯メールにも返信がなくなり、家族が心配している、と書いて、何とか返事をもらいました」。弟からのメールにはこうあった。
<毎日2時とかまわるから電話できひんねん。もし心配してたら大丈夫やと言うといて>。
弟はテレビなどで読まれる気象予報のライターとして早朝から深夜まで締め切りに追われていた。兄が弟のパソコンなどの記録から算出した時間外労働は、入社2カ月後の6月に216時間15分、翌7月には232時間54分に達していた。
ウェザー社によると、新入社員の試用期間(6カ月)は会社と社員の「相互評価期間」としており、同期入社30〜40人のうち、1人か2人が勤務時間を限った「契約職」に変更される。「この制度は『予選』と呼ばれ、弟の大きなプレッシャーになっていた」と、兄は思っている。そこへ上司からの叱責が加わった。
「何のために生きているのか」「なんでこの会社に来たのか。迷い込んできたのか」。上司から弟に宛てた電子メールだ。ほどなく弟は京都の実家に日帰りで帰ってきた。
「弟は『こんなメールが来た』と心配していましたが、家族と食事をして表情が少し明るくなったように見えました。何度も辞めて帰ってきたら、と促したのですが、本人は『とにかく10月までやってみる』と繰り返した。『予選』の結果を見て判断したかったのでしょう」
新幹線の改札口を抜けて、千葉県の職場に戻っていく弟の背中が兄にはいつもよりも小さく見えた。胸騒ぎがした兄は何度も弟の携帯に電話してみたが、車中の弟には通じなかった。これが最後になった。
兄によると、08年10月1日、弟は上司から「予選通過は難しい」と告げられ、翌2日に自宅アパートで練炭自殺した。千葉労働基準監督署は10年6月に労災を認定。これを受けて同年10月に遺族は賠償などを求めて京都地裁に提訴。同社は即座に和解の意向を示し、12月にほぼ要求通りに謝罪、賠償、再発防止を約束した。
この和解について、戸村孝ウェザーニューズ副社長は「遺族から提訴され、われわれの会社は潰れてしまうぞ、と社内がパニックになった。悪評が広がって事業継続が難しくなるということで、早期解決を弁護士に依頼したのです」と話す。
和解後、ウェザー社内に結成された労働組合からの職場改善要求については「資本と労働の関係で言えば、業務命令は全部出せるのです。それに従わなければ解雇とか、処遇を悪くするとか権限を持っていて、(会社と社員は)対等な契約関係にない存在なんですよ」と言う。対等でない……。雇い主側の本音が見えた気がした。
過労死、過労自殺を防ごうと「全国過労死を考える家族の会」「過労死弁護団全国連絡会議」などは昨年11月、「過労死防止基本法」の制定を求める100万人署名運動を始めた。現在までに30万人の署名が集まり、支援の輪が広がっている。
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◆今回のストーリーの取材は
◇浦松丈二(うらまつ・じょうじ)(東京夕刊編集部)
91年入社、北京、バンコクなど海外勤務10年。昨年4月に東京に戻り、長編ルポを主に担当する。ストーリーには「橋下徹 野心の源流」「ジュゴンを探して」を執筆した。
■写真(省略) <上>難関を突破して「もちろん就職。気象会社に!」と日記につづった。翌春夢を実現したはずだった<下>自殺したウェザーニューズ男性社員が兄に送った携帯メール
■写真(省略) 息子が勤務していたフォーカスシステムズ本社前に立つ父親。七回忌が済んでも裁判は続く=梅村直承撮影