【肥田美佐子のNYリポート】反ウォール街デモ・ロビー案発覚―賞与シーズンを前に「怒れるポピュリズム」爆発を恐れて
ウォール・ストリート・ジャーナル 11月25日(金)15時34分配信
犯罪歴や個人破産歴を調べ、運動の信用失堕をねらえ
「『敵対陣営調査』について――。『ウォール街を占拠せよ(OWS)』デモの後援者の身元をつかみ、その動機が、政敵(民主党)同様の冷笑的なものであることを示せれば、OWSの信用は大いに傷つく。運動の指導者たちの犯罪・租税情報、訴訟・個人破産歴などの調査を提案する。しめて85万ドル(約6550万円)なり」
先日、ワシントンDCの有力ロビー会社、クラーク・ライトル・ゲダルディグ・アンド・クランフォード(CLGC)が、クライアントの米国銀行協会(ABA)に、上記の内容を含む反OWSロビー計画案を送ったことが判明した。
「提案――『ウォール街を占拠せよ』への対応」と題された文書は、11月24日付だが、19日、米メディアのスクープで、ABAがすでに文書を受け取ったことが明らかになった。15日未明には、ニューヨーク市警(NYPD)が、デモの拠点であるズコッティ公園からテントを撤去するなど、運動への締め付け強化が目立つ。
15日午前2時過ぎ、筆者も現場に駆けつけたが、周辺道路は閉鎖され、地下鉄も運休。記者や議員も含めた200人が逮捕され、青い蛍光色で「NYPD」と車体に大書きされた大型バスが、何台も目の前を走り抜けた。運動開始2カ月目の17日には、大規模デモが行われ、デモ隊と警官の間で流血事件も発生している。
上記文書について、ABAの広報担当者は、一方的に送りつけられたものであり、採用するつもりはないと米メディアに語った。だが、当局の対応強化に加え、米金融界寄りとされる有名ロビー会社がこうした提案をしたことで、長期化し、拡大するデモ活動に危機感を募らせる権力層が増えていることが分かる。
文書によれば、民主党の主要ストラテジストは、OWS支援が大統領選のメリットとなる可能性を検討し始めているという。つまり、ウォール街にとって、デモは単なる「短期間の政治的不快感」にとどまらず、金融機関に長期的な政治・財政上の影響を及ぼしかねないというのだ。
ボーナス報道が「怒れるポピュリズム」に火をつける
CLGCが反OWS対策を急ぐ背景には、24日の感謝祭を境にホリデーシーズンに突入し、メディアが銀行幹部の高額ボーナスを報道し始めることで、OWSと茶会党に共通する「怒れるポピュリズム」が爆発しかねないという事情がある。
そうした懸念には根拠がある。幹部報酬の調査会社、米エクイラーによれば、昨年、S&P500指数の大企業の最高経営責任者(CEO)のボーナスは、前年比で43.3%アップしており、中央値は215万ドル(約1億6600万円)に達した。10年にボーナスを受け取ったCEOは、09年の73.6%から85.1%へと増えている。
かたや庶民の所得は1年前と変わらず、伸び悩む収入に追い打ちをかけるかのように、感謝祭のメインディッシュであるターキー(七面鳥)は、昨年より13%値上がりした。米世論調査会社ギャラップによれば、食費に事欠く世帯の割合は、ここにきて、また増え始めており、米国版おせち料理を家族で囲む余裕すらない家庭も多い。
11月に発表された国勢調査によれば、昨年、連邦政府のフードスタンプ(低所得者層向けの食料配給カード)を受給していた家庭は約1360万世帯に達し、前年比で16.2%増えている。全米45州で受給者が増加しており、ニューヨーク州では、10年の時点で、約10万件を記録。前年比約12%増となった。連邦政府の緊縮財政の影響で受給資格を得られない人も多く、地元の慈善団体は、年末にかけて、対応に四苦八苦だ。
こうした背景には、米国の貧困度が、公式に発表されている数字よりも、はるかに深刻だという現実がある。今月、米国勢調査局は、時代遅れと批判されてきた貧困測定方法を改め、より実態に即した可処分所得の算出法の採用に踏み切った。それに基づけば、全米で1億人が、貧困か「貧困予備軍」になる計算だ。
9月に発表された10年の公式貧困率は15.1%であり、連邦政府が定める貧困ライン(4人家族で所得が2万2314ドル)以下の生活を送っていた人は約4620万人。1959年の統計開始以来、最多だが、新基準に照らせば、米国民3人に1人が、貧困か、貧困に近いことになる。
米国では、25日のブラックフライデーとともに、小売業界が年間最大の「黒字」に転ずる年末商戦の火ぶたが切って落とされる。先日、全米小売業協会は、今年の年末商戦の売上高増加率が、10年(前年比5.2%増)に比べ、わずか2.8%の増加にとどまる見込みだと発表したが、庶民の台所事情を考えれば、うなずける。
11月16日に発表されたスタンフォード大学による報告書「世帯間収入格差の拡大(1970~2007年)」によると、70年に全米世帯の65%を占めていた中流層は、07年には44%にまで落ち込んだ。以前は各15%だった富裕層と貧困層が、それぞれ2倍に膨れ上がったわけである。翻ってトップ1%は、1979~2007年にかけて、約280%の収入大幅増を享受している。
それでも「1%」は変わらない
こうした数々の「現実」を突きつけられれば、さしもの「1%」層も社会不安への危機感を募らせ、チェンジを図るかと思いきや、その気配は、かけらも見えない。「1%対99%」論の生みの親であるジョセフ・スティグリッツ・コロンビア大学教授が「1%」層と呼ぶワシントンの政治家たちは、特にそうだ。
21日、超党派の米議会特別委員会は、財政赤字削減策協議の期限である23日を前に、交渉決裂を宣言した。富裕層増税を拒む共和党と公的医療費の削減などに反対する民主党が真っ向から対立しているためだ。決裂により、給与減税と失業保険の延長が、12年以降、更新されない事態になれば、「財政による景気押し下げ効果は3500億ドル(国内総生産<GDP>の2.3%に相当)に上り、来年、米経済は、景気の二番底に陥る」と、ニューヨーク大学のヌリエル・ルービニ教授は、米メディアに警告している。
また、国際政治リスク分析で有名な米政治経済学者のイアン・ブレマー氏(ニューヨークのコンサルティング会社、ユーラシア・グループ代表)は、米誌『フォーリン・ポリシー』(10月10日付電子版)のインタビューで、OWSについて、以下のような趣旨の発言をしている。
「米国は、失業で飢えるエジプトとは違う。依然として政治への無関心は大きい。(9月の失業率)9.1%という数字は非常に高率であり、国内には、激しい怒りが渦巻いている。とはいえ、それも、米政府の許容範囲内のように思える。真にこの問題に対処しようという緊急性はみえない」
つまり、この程度のデモでは、「1%」の富裕層がプレッシャーに駆られ、スタンスの変更を迫られることなどない、というわけだ。なにをかいわんや、である。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
東京生まれ。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などにエディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・トリノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘される。2009年10月、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のビジネスジャーナリスト向け研修を修了。『週刊エコノミスト』 『週刊東洋経済』 『プレジデント』 『AERA』 『サンデー毎日』 『ニューズウィーク日本版』 『週刊ダイヤモンド』などに寄稿。日本語の著書(ルポ)や英文記事の執筆、経済関連書籍の翻訳も手がけるかたわら、日米での講演も行う。共訳書に『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』『窒息するオフィス――仕事に強迫されるアメリカ人』など。マンハッタン在住。 http://www.misakohida.com