「雇用特区」という解雇特区 TPPの受け皿? 国家戦略特区の怪しさ

http://www.asyura2.com/13/hasan82/msg/118.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2013082402000134.html
2013年8月24日 東京新聞:こちら特報部

「ブラック企業」が問題視されている。安倍政権が検討する雇用特区にも「ブラック」な匂いがする。企業の欲望に寄り添うことで国際競争力を育み、青い鳥を呼ぶのだという。こうした新自由主義に貫かれた特区構想は雇用に限らない。同政権の「国家戦略特区」には複数の構想がある。外からは環太平洋連携協定(TPP)、内では受け皿としての戦略特区。その先に何が見えるのか。(小倉貞俊、佐藤圭)

 「『雇用特区』は企業が労働者をクビにしやすくする方策だ。労働環境を悪化させるだけだ」

労働組合「東京管理職ユニオン」(東京都豊島区)の安部誠副執行委員長は憤りを隠さない。

雇用規制緩和は、安倍首相が議長で関係閣僚と有識者で成長戦略を策定する「産業競争力会議」の重点テーマだ。これを雇用特区の形で先行実施しようと、5月に設置された内閣府の「国家戦略特区ワーキンググループ(WG)」で具体的な中身が検討されている。

テーマは決して新しくはない。かつて小泉政権時代に検討された規制緩和路線の踏襲で、雇用分野にかかわる話だ。

ただ、中身は刺激的だ。労働基準法など現行の労働法制下では問題視される項目が並ぶ。例えば、▽不当だが悪質性のない解雇に対する金銭解決▽雇い止めの金銭解決▽労働時間の上限規制の緩和▽一部の業種で労働時間規制を除外するホワイトカラー・エグゼンプションの導入▽個別合意による規制の除外─などだ。

労働問題に詳しい関西大の森岡孝二教授(企業社会論)は「正社員を減らし、非正規化を進めたい大企業の思惑が表れている。実現すれば労働者にとってより苦しい状況になる」と指摘する。

提案のうち、金銭解決の制度については「政府は『日本は解雇するのが難しい社会』ということを議論の前提にしているが、実際には不当解雇が横行している。より解雇がエスカレートするだけだろう」とみる。

労働時間規制の緩和は「現行の1週40時間・1日8時間という労働時間規制はすでに形骸化しているという趣旨なのだろう。だが、過労死問題などの認識が薄い。労働者の健康をどう担保するのか」と疑問視する。

ホワイトカラー・エグゼンプションは2007年に第一次安倍内閣で導入を図ったが「残業代ゼロ制度」と反発を浴びて頓挫した経緯がある。

「参院選が終わるまで議論が表面化しなかったのは、反発を避ける思惑があったのだろう。社会実験だから、大胆な改革に踏み込みたいのだろうが、大きな法改正が必要になる」(森岡教授)

安部副執行委員長も「労働法制をいじるということは、人の生き死にを左右してしまう。改革をイメージさせる『特区』という言葉で印象操作をしているが、実際には『解雇特区』でしかない」と厳しく批判する。

「この特区が施行されれば、地域によって労働基準法の運用がダブルスタンダードになり、法律で守られる人と守られない人が出てくる。これは憲法にも抵触する」

雇用特区は、安倍政権が構想する国家戦略特区の一つにすぎない。

23日、都内で開かれた国家戦略特区の説明会。新藤義孝・総務相兼地域活性化担当相は、地方自治体や民間企業の担当者ら約250人を前に「戦略特区は経済成長戦略の鍵を握っている。国家を挙げたプロジェクトだ」と力説した。キャッチフレーズは「世界で一番ビジネスのしやすい環境をつくる」だ。

戦略特区WGは、解雇規制の緩和以外にも、外国人医師の国内医療解禁や、公立学校運営の民間開放、企業による農地所有の自由化などを検討事項に挙げている。

政府は既に具体的な提案を自治体や企業から募集している。10月中旬をめどに第一次の特区を決定した場合、秋の臨時国会に関連法案を提出する予定だ。成立すれば、年内にも「解雇特区」などが誕生することになる。

特区は今回が初めてではない。元祖は小泉政権時の02年に始めた「構造改革特区」だ。1197件が認定され、このうち352件が継続中だ。菅政権時の11年には国の支援を強化した総合特区が追加され、214件が準備中だ。

ただし、安倍政権が今回、新たな特区と導入しようとするのは、従来の特区に不満を抱いているからにほかならない。これまでは地域活性化に主眼を置いてきたが、戦略特区では「国主導・都市部中心」が鮮明だ。

「世界で一番ビジネスのしやすい環境」は、東京、大阪、愛知などの大都市部が念頭にある。

小泉改革をけん引した竹中平蔵・元経済財政担当相は産業競争力会議に提出した資料で「(従来の特区は)大胆な制度改革に踏み込めていない。地域活性化だけでなく、国全体の経済成長の柱として特区制度をリニューアルする」と狙いを説明している。

WGの議論では、規制緩和のために特区を利用するかのような発言も飛び出している。

ある有識者はヒアリングの中で「今は火事場だという認識をつくることが必要だ。『平常のルーティンはスキップさせてもらいます』ということだ」と言い切った。「スキップ」という意味は、特区を使えば、審議会などの諮問機関に答申を得るなどの手続きを省略できるということだ。

松原隆一郎・東京大教授(社会経済学)は「一部の人たちが特区という手法で、国民生活に大きな影響を及ぼす規制緩和を一挙に進めるのは問題が多い。国民的議論が必要だ」と批判する。

橘木俊詔(たちばなきとしあき)・同志社大教授(日本経済論)は「戦略特区は大都市の大企業を活性化させるのが目的だ。しかし、大都市が潤っても地方に恩恵は及ばない。弱い地方と中小企業がますます弱くなる」と疑問を投げかけた。

加えて、戦略特区は交渉が進行中のTPPの「受け皿」ではないかという見方も少なくない。

前出の森岡教授は「特区ではTPPと同様、外国人労働者が日本国内に移入する要件の緩和策なども議論されている。労働条件を新興国レベルの最低水準に引き下げる規制緩和が本当の狙いではないか」と指摘する。

鈴木宣弘・東京大教授(農業経済学)は「外国人医師の国内医療解禁などは、TPPを国内で先取りしている。TPPでもうけたいグローバル企業などが、国内で戦略特区を推進しようとしている。TPPと戦略特区は表裏一体だ」と断じた。

[デスクメモ]
護憲運動には思わぬ落とし穴がある。憲法が変わらずとも、現実が憲法に反していれば改憲に等しい。雇用特区もその恐れが高い。秘密保全法案や集団的自衛権行使に向けた解釈改憲の企ても同列だ。「改憲のハードルが高いなら中身から」。誰かの言う「気づかぬよう」改憲はこうして進みつつある。(牧)

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