産経  ワープア、ブラック企業、鬱で自殺…悪循環

産経ニュース 2012年3月17日 【karoshi過労死の国・日本 第3部(1)若者に迫る危機】

 日本の将来を担う若者たちが過労自殺という形で「karoshi」に至る現実を探る。

 昨2011年世界規模で起きた、ある重大ニュースの発信源は米ニューヨークだった。「ウォール街を占拠せよ」。格差社会に疑問を持つ若者たちによって9月に自然発生したデモが、フェイスブックやツイッターといった新しいメディアを通じ、わずか1カ月間で東京を含む1400以上の都市に波及したのだ。

 ■非正規20代の2割、月10万円みたぬ収入

 デモは、先導者がおらず統一した要求もないという異例づくしだったが、だれかが必ずこんなプラカードを掲げていた。「We are the 99%」(私たちが99%だ)。1%の富裕層が招いた金融危機を99%の貧困層が尻拭いしているという批判を込めた言葉だ。これが、日本の若者たちの間でも共感を呼び続けているという。

 貧困問題に詳しい作家の雨宮処凛(36)は「デモの広がりは、非正規労働者と正社員が対立するという構図が、嘘であることを気づかせてくれた」と説明し、過労死問題について重要な指摘をしている。「非正規労働者の貧困と正社員の過労死は、表裏一体の社会問題なのだ」と。

派遣社員やパート、アルバイトといった非正規労働者の待遇が悪くなれば、正社員は明日はわが身と感じて会社にしがみつく。正社員は過労死のリスクを抱え、非正規労働者は仕事を奪われてますます貧困に陥る−。そんな悪循環が、日本の労働現場に起きつつあるというのだ。

30代3割が精神発症で労災申請…20代も2割

兆候は、若い世代にほど顕著に表れている。一昨年の厚生労働省調査によると、20代前半の働く男性のうち、非正規労働者の割合は46%。うち44%が月収10万円にも満たない。

 大阪過労死問題連絡会会長で関西大教授の森岡孝二(67)は言う。

 「ワーキングプアと過労死は、特に“ブラック企業”の中で併存している」

 ブラック企業−。低賃金での長時間労働やサービス残業を強いたり、暴言などのパワーハラスメントが当たり前だったりする会社を意味する言葉だ。

 この呼び方は、ネット掲示板への書き込みを書籍化した黒井勇人の「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」(新潮社)で知られるようになった。

 出版された平成20(2008)年は、ちょうどリーマン・ショックと「年越し派遣村」で、非正規労働者の貧困問題が注目された年だ。

 年越し派遣村の出現を境に、若者に迫る過労死の危機が表面化したと考えるのが、NPO法人「POSSE(ポッセ)」事務局長、川村遼平(25)だ。川村は、POSSEが受ける年間約350件の労働相談に、ある変化を感じている。派遣切りに続いて、入社1〜2年目の正社員が不当に解雇されはじめ、それがなおも続いているというのだ。

「相談者の大半が、自分でも気づかないうちに過労死寸前まで働き、心を病んだ末に退職を強要されている」。川村はそう明かす。

パソコン相手、孤独な労働

 厚労省によると、働き過ぎや職場でのストレスから鬱病などの精神疾患を発症したとする労災申請は22年度、過去最多の1181件にのぼった。年代別では、30代の390件(33%)が最も多かったが、20代も約2割を占めていた。

 「karoshi」が英語として使われだした約20年前は、40代の働き盛りが急死する例が目立っていた。

 それが今は、精神疾患を悪化させて正常な判断力を失い、自ら命を絶つ「過労自殺」として、若者に蔓延(まんえん)している。これこそが、過労死問題に取り組む弁護士や学者、遺族たちに共通する、現状への危機感だ。

 甲南大名誉教授の熊沢誠(73)は「今の若い労働者はコンピューターに向かう孤独な作業が多く、上司の圧力にも1人で対峙(たいじ)しなければならない」と指摘し、こう持論を述べる。

「若者は昔に比べて弱くなった、という精神論は必ず指摘されるが、それは本質的な問題ではない。ワーキングプアの若者が過労自殺の危機に直面しているいまだからこそ、社会は過労死問題と真剣に向き合わなければならないのだ」

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