2012/12/07 大阪読売新聞 朝刊
◇働く現場から
◆激務・重責… 心身追いつめられ命絶つ
大阪府内の女性(44)は2009年11月、長男を自殺で失った。当時22歳。前年春に人工透析などを扱う臨床工学技士として関西の病院に就職したばかりだった。「希望にあふれていた息子がなんで……」。悔しさがこみ上げる。
母子家庭だった。弟の面倒見がよく、女性には「いつか楽させてやる」と言っていた。就職を機に一人暮らしを始め、冬のボーナスでかばんをプレゼントしてくれた。
長男の様子が変わったのは2年目の9月。メールの返信が途絶えがちになった。心配して会いに行くと、頬は痩せこけ、仕事のことを尋ねても話さない。退職して実家に帰るように説得したが聞き入れてくれなかった。間もなく病院を休み、所在も不明に。そして、女性の携帯にメールが届いた。「おかん、ごめんなさい 最後まで迷惑かける」
女性は震える手で何通もメールを送った。「明日帰っておいで。ご飯作って待ってる」。返信はなかった。翌日、ひと気のない場所で首をつっているのが見つかった。
「何があったのか」。残された携帯を手がかりに、同僚や友人らに話を聞くと、長男がいた職場では、その年に、先輩3人が立て続けに辞めていたことがわかった。
人手不足で勤務がきつくなり、相談相手もいない状況で、経験の浅い長男に強いプレッシャーがかかったのだろう――。そんな思いが募った。「あの子は簡単には愚痴をこぼさない性格。ストレスを抱え込んでしまったのでは」
昨年10月、労災を申請したが認められず、不服申し立てをした。どんな働き方だったのか。すべてを知るのが母親の最後の役目だと思う。
◆20代の自殺倍増
過労死や過労自殺が若年化している。なかには、入社数か月で自ら命を絶った例もある。厚生労働省によると、精神障害による労災請求件数は11年度、過去最高の1272件にのぼった。
うち、自殺(未遂を含む)に至ったのは202件。20代の自殺は55件で前年から倍増し、全世代で最多となった。しかも、労災申請されるのは氷山の一角との見方もある。
関西大経済学部教授の森岡孝二さん(企業社会論)は「人員削減が進む中、採用された若者が、十分な指導もなく即戦力として働かされている」と説明する。また、正規雇用にたどり着くまでの就職活動がハードだった若手ほど、今の職場にしがみつく傾向が強いと指摘、「辞めれば再就職は困難という恐怖心から、長時間労働もパワハラも我慢してしまう。日本の働き方のゆがみが、若者を直撃している」と訴える。
◆法制定求め活動
こうした悲劇をなくそうと、遺族や弁護士らが、国や事業主の責務を明確にした「過労死防止基本法」の制定を求めている。昨年から、100万人を目標に署名活動も進む。今年11月中旬、神戸市・JR元町駅前での活動には、西垣迪世(みちよ)さん(68)の姿があった。
06年、大手IT企業に勤務していた一人息子の和哉さん(当時27歳)が、うつ病の治療薬を過剰摂取して亡くなった。システムエンジニアとして地上デジタル放送のシステム開発などを任され、残業は月100時間以上。終電を逃すと机に突っ伏して仮眠をとり、朝そのまま働いていた。
死の直前まで更新していたブログには「ふつーに生活をしたい」「このまま生きていくのは死ぬよりつらい」の文字が残っていた。昨年、労災が認められた。
中学生だろうか、署名を呼び掛ける西垣さんの前を、女の子3人が通り過ぎた。「過労死って何?」「働き過ぎて死ぬことちゃう」「ふーん」――。
西垣さんは願う。「死ぬほどつらい思いをして働く若者がこれ以上増えないために、息子の死を無駄にしたくない」
◇
厳しい就職活動の末、ようやく得た職場で精神的に追い込まれていく。過酷な労働環境に「SOS」を発する若者たちの現状を報告する。
〈過労自殺〉
過重な仕事によるストレスで、うつ病などの精神障害を発症し、自殺に至ること。心臓疾患などによる過労死と同様、労働災害として位置付けられている。厚生労働省は、昨年12月、新たな精神障害の労災認定基準を策定し、長時間労働の具体的な目安などを示して審査の簡略化を図った。
写真(略)=長男から届いた最後のメール。女性は「いつも私を支えてくれた頼りになる息子でした」と話す
写真(略)=署名活動をする西垣さん(中央)。「息子のような若者が、普通に働き、普通に暮らせる社会になってほしい」と願う(神戸市内で)