過労死撲滅か“ブラック企業”風評防止か 企業名開示訴訟で分かれた判断

SankeiBiz 2013/01/06

過労死があった会社などが記載された資料は企業名や事業所名がすべて黒塗りになっていた(寺西笑子さん提供)【写真省略】

 「悲惨な過労死を少しでも減らしたい」「ブラック企業と評価される」−。社員が過労死した企業名の開示をめぐり、大阪地・高裁で判断が分かれた。

 「全国過労死を考える家族の会」代表の寺西笑子さん(63)が、社員が過労死の認定を受けた企業名を大阪労働局が開示しなかったのは違法として、国に対して不開示決定の取り消しを求めた訴訟。1審大阪地裁は企業名の開示を命じたが、2審大阪高裁は原告側の請求を棄却する逆転敗訴の判決を出した。寺西さんは「企業名が開示されるようになれば過労死に歯止めがかかる」と訴えており、最高裁に上告。最後まで戦い抜く決意を固めている。

 黒塗りの企業名

 「真面目に働く人が過労死で亡くなっていく。命がいくつあっても使い捨てにされるばかりだ」

 昨年11月29日、高裁判決を受けて大阪市内で記者会見した寺西さんは、悔しさをあらわにした。

 寺西さんは、平成21年3月、脳や心臓の疾患などによる過労死があった複数の企業名について大阪労働局に情報公開を請求した。しかし、労働局は個人情報が明らかになることなどを理由として文書の企業名を黒塗りに。これを不服とした寺西さんは同年11月、不開示とした決定を取り消すよう求めて地裁に提訴した。

労働局の上位機関である国側は「企業名が開示されれば、取引先から不利な扱いを受けるほか、人材確保でも影響が出る」などと主張。寺西さんは「開示は再発防止の第一歩。労働者を過労死から守る利益の方が大きい」と訴えた。その結果、地裁は23年11月、「個人や法人の利益を害する不開示情報にはあたらない」として、労働局の不開示決定を取り消す判決を言い渡した。「企業評価に直結する情報ではなく、企業名だけで過労死した社員を特定することもできない」という判断だった。

 原告側弁護団によると、過労死のあった企業名の開示を命じる判決は全国で初めて。寺西さんは「過労死を繰り返さない社会へ向けた大きな前進だ」と評価した。

 「ブラック企業と評価される」と逆転敗訴

 しかし、国側の控訴を受けた高裁は昨年11月、「会社に過失や違法行為がない事案でも、一般には否定的に受け止められ、ブラック企業との評価を受けて信用が低下することもある」として1審判決を取り消し、原告側の訴えを棄却する判決を言い渡した。

 高裁判決は、1審と異なり、「規模の小さい会社では、同僚や取引先などに過労死した個人が特定されうる」と認定したほか、「開示されることになれば、企業側が労災の調査に協力しなくなり、(調査を行う)労働基準監督署の業務に支障が出るおそれがある」とも述べた。

寺西さんは「高裁判決は大切な人の命が失われたことに何も触れていない。もっと働く人の命を大切にしてほしい」と憤る。原告側弁護団も「過労死を出さないことは、企業にとって基本的なコンプライアンスだ」と指摘。「企業の姿勢はもちろんだが、労働行政をつかさどる国の責任も問われている」と述べた。

 夫を過労による自殺で失い「最後まで戦う」

 寺西さん自身、過労死で家族を失った遺族だ。17年前、飲食店チェーンで店長を務めていた夫=当時(49)=を過労による自殺で亡くしている。夫は、売り上げのノルマに追われ、上司からの叱責を浴び、ストレスに苦しむ中、毎月の時間外労働が100時間を超える状態が長く続いていたという。

 そして、8年2月15日未明、夫は自宅近くのマンション4階から飛び降りて亡くなった。直前は食欲がないなど明らかに普段と違う様子だったが、当時は自殺が労災と認定されることの壁が高く、相談した弁護士からも「裁判をやっても勝訴するのは難しい」と言われた。

 それでも、寺西さんは諦めきれずに労災を申請。5年後の13年3月にようやく労災が認められると、民事訴訟でも夫の勤務先だった会社にも責任を認めさせ、謝罪を勝ち取った。

 こうした経験を元に、寺西さんは「家族の会」代表に就任。シンポジウムなどに参加して積極的に発言するほか、行政や企業の責任を明記する「過労死防止基本法」の制定を求めて署名活動に取り組むなど、過労死の撲滅を目指す運動を続けていた。今回の訴訟もその一環だ。

 寺西さんは「固い扉をこじ開ける難しさは分かっている。それでも命に関わることだから最後まで戦う」と話しており、最高裁でも徹底抗戦する構えだ。

 「過労死自殺」も深刻化

 厚生労働省の統計によると、23年度に脳や心臓の疾患などで死亡し、過労死として労災認定されたのは121件。発症の直前6カ月間で過労死認定の基準となる月平均の時間外労働が80時間を超えたのは93件となっている。厚労省は「過労死の数は依然として高水準で推移している」とした上で、「多くのケースで重い労働を課されている実態を示している」と警戒を強めている。

 過労死の問題に詳しい関西大の森岡孝二教授(企業社会論)は「近年は、長引く景気低迷の影響で厳しい労働環境を強いられるケースが多い」と指摘。「最近では特に20〜30代の若い世代で過労による自殺などが目立つ。この状況は何とか改善しなければならない」と危機感を抱く。

実際、同年に精神障害による自殺が労災と認定されたのは66件あった。労災補償の請求件数も1272件で、3年連続で過去最多を記録。このうち相当数が過労によるものが背景にあるとみられる。

 森岡教授は今回の訴訟について「基準に基づいて労災を認定している以上、労働局は企業名を開示すべきだ。また、企業は対策を講じる義務がある」と強調。「過労死は絶対にあってはならないということを出発点にしてほしい。その点は国も企業も異論はないはずだ」と述べ、過労死をなくすために国や企業側も相応の努力をすべきだと提言している。

 

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