しんぶん赤旗 2013年10月11日
ルネサスでは5社の担当者 社内に常駐
退職強要受けた社員に「決断」促す
「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型へ」を掲げて、労働政策の根本的な転換をねらう安倍晋三政権。政府・財界がめざす「失業なき労働移動の実現」とは、どういうものでしょうか。18万人規模ともいわれる電機産業でのリストラの実態から、無法なリストラを税金で支援する構図が浮かび上がってきました。 (行沢寛史)
(写真)ルネサスの早期退職募集で社員に渡された「再就職支援サービス利用申請書」と退職願(写真省略)
ここに1枚の書類があります。
「再就職支援サービス利用申請書」
昨年と今年、半導体大手・ルネサスエレクトロニクスで大規模な早期退職が募集された際、「退職願」とともに社員に配布された書類です。「退職願」「申請書」のいずれにも、「9月30日」の退職日だけが記入されています。
ルネサスは今年8〜9月、三千数百人を目標に早期退職を募集しました。このとき、課長職1298人を総合職に降格したうえで、8〜11回もの違法な退職強要の“面談”を繰り返しました。
この“面談”で会社が求めたことは、「再就職支援会社」がおこなうキャリアセミナーとキャリア相談を受けることでした。
“バラ色”描くが
業務命令により社内でキャリア相談を受けたAさんが語ります。
「相談では、『再就職を希望する人は1年以内に7〜8割が決まる』などと、バラ色の話がされます。最初は下を向いていたまわりの人の顔つきが変わって、最後は顔をあげて聞いていました」
社内では常時、キャリア相談が実施されてきました。ルネサスが契約する「再就職支援会社」のパソナ、ランスタッド、マンパワーなど5社の担当者が、それぞれ社内の応接室に毎日常駐し、退職強要を受けた社員がいつでも“相談”に行けるようになっていたといいます。
しかしセミナーや相談を受けるだけでは、求人リストを見ることができず、正社員の求人がどれだけあるか、賃金の水準や労働条件はどうなるのか、はわかりません。
「これらの情報は、退職願といっしょに再就職支援サービス利用申請書を提出した人だけが、受けられるサービスです。キャリア相談で再就職後の年収を聞いても、『一人ひとりによるので、お答えできません』と言われるだけでした」と、Aさんは語ります。
再就職後の実態は知らせずに「明るい未来」をちらつかせ、企業が辞めさせたい労働者に退職を決意させる―。「再就職支援会社」が「リストラ請負会社」の異名をもつゆえんです。
大手共通の手法
電機・情報ユニオンの森英一書記長は、「この手法はルネサスだけでなく、リストラをすすめた電機大手に共通しています。電機産業は、これまでも政府の労働政策の先取りをしてきましたが、今回も同じです」と語ります。
安倍政権は、再就職支援会社を助成するために「労働移動支援助成金」を2013年度予算の1・9億円から、14年度概算要求で158倍の301億円を計上。この予算は、雇用を守るのに大きな役割を発揮してきた雇用調整助成金の大幅削減でつくりだしたもので、「雇用破壊」を加速させる危険なねらいをもつものです。
ハローワークの求人 ちゃっかり利用
それでも助成金支給
「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型へ」は、安倍晋三政権の発足直後から動き出した規制改革会議、産業競争力会議などが主導してきました。
政府は6月、これらをふまえて閣議決定した「日本再興戦略」で、労働移動支援助成金を抜本的に拡充すると明記。雇用調整助成金の予算を大幅に削減し、労働移動支援助成金に大胆に資金をシフトさせ、「2015年度までに予算規模を逆転させる」と打ち出しました。
あわせて▽対象企業を中小企業だけでなく大企業に拡大する▽支給時期を支援委託時と再就職実現時の2段階にする―などとしています。
早期退職増狙う
ここでねらわれていることは何でしょうか。
労働移動支援助成金はこれまで、雇用を維持できなくなった中小企業を対象に、労働者が再就職できたときに、支給されました。
政府は今回、対象を大企業に広げ、支給の時期も、労働者が再就職支援会社に支援を委託した時期と、再就職できた時期の2段階にするといいます。
目的は、「早期退職」をふやすために、政府が再就職支援会社を支援することで、大企業が再就職支援会社を今まで以上に利用しやすくすることにあります。
では、再就職支援の実態はどうなっているでしょうか。
九州地方のあるハローワーク職員が語ります。
「昨年、電機産業で大規模なリストラがありました。リストラされた社員の再就職を引き受けた複数の有料職業紹介所の社員が、求人を探しにハローワークによく来ています」
ハローワークでは、事業者が申し込む求人のほか、ハローワーク職員が事業所を一つずつまわって開拓した新規求人を紹介しています。その成果を利用しているのが再就職支援会社です。
労働移動支援助成金の対象は、再就職支援会社の紹介による就職だけでなく、ハローワークの求人による就職であっても、再就職支援会社に助成金が支給される仕組みです。
大企業が再就職支援会社を利用する際の相場は、社員1人当たり70万〜100万円ともされます。再就職支援会社がまともな就職あっせんをしないままハローワークの成果を利用しても、政府は、再就職支援会社に1人当たり40万円を上限に労働移動支援助成金を支給するというのです。
正社員は狭き門
求人の内容も深刻です。厚生労働省が1日に発表した全国の有効求人倍率(求職者1人当たりの求人数)は0・95倍ですが、このうち正社員では0・56倍と、狭き門です。
先のハローワーク職員は話します。「相談者は、以前いた会社と同じ水準の賃金・労働条件を希望しますが、それに見合う求人はありません。正社員として働くことは大変難しいですし、賃金も大幅に下がると思います」
安倍政権は現在、▽「残業代ゼロ」と批判された「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入など労働時間法制の見直し▽派遣労働者を急速に拡大させる労働者派遣法の改悪▽職務や地域などを限定し、解雇しやすい「ジョブ型正社員」(限定正社員)のルール整備―などを掲げています。
「労働移動支援型」で多くの正社員をリストラして、不安定で低賃金の非正規雇用・派遣労働をさらに拡大させながら、残った正社員にはさらなる長時間労働を押し付けるものです。
日本の未来をも破壊する安倍「雇用改革」に対して、いま全労連をはじめとする労働組合、法曹団体が反対の声をあげています。
議論は労働者不在 竹中平蔵氏が主導
労働政策はこれまで、政労使3者の構成による会議で決めてきました。しかし今回、規制改革会議、産業競争力会議には労働者代表は入っていません。
とりわけ「日本再興戦略」の案を練り上げた産業競争力会議には、再就職支援会社パソナの取締役会長でもある竹中平蔵氏が議員として参加し、議論を主導してきました。人材ビジネス業界の代表者を議員に選出し、リストラ促進の仕組みとあわせて、業界と自社の利益になる仕組みづくりをすすめてきたのです。
竹中氏は現在、産業競争力会議で雇用・人材分科会の議員となり、「国家戦略特区」の導入による解雇規制や労働時間規制を除外することもねらうなど、働くルールを根本から破壊することをねらっています。