安倍路線「労働過重に」 遺族懸念、思い反映
超党派の議員連盟が提出した「過労死等防止対策推進法案」は23日、衆院厚生労働委員会で可決され、今国会で成立の公算が大きくなった。過労死防止を「国の責務」とするなど遺族の思いを強く反映したが、肝心の安倍政権は労働時間の規制緩和に積極的だ。過労死が増えるとの遺族らの懸念は消えず、法律が歯止めになることに期待を寄せる。
「夫の死が無駄でなかったと思える」。前日の22日、法制定に取り組んできた遺族や国会議員らが東京・永田町で開いた集会。2004年、岡山県高梁市職員だった夫=当時(40)=を過労死で亡くした森貴美さん(44)は涙ながらに話した。
夫の死後、当時小学生だった次男が七夕の短冊に「家族そろってご飯が食べられますように」と願い事をしたのが忘れられない。次男は「1年に1回くらいパパと会わせてくれてもいいのに」とつぶやき、次の年から願い事をしなくなった。森さんは「これ以上、傷つく子どもがいないようにしてほしい」と訴えた。
▼泣き寝入り
遺族の思いは政治家を動かし昨年、超党の議連が発足。参加議員は120人を超える。自民党のワーキングチームも昨年から8回の会合を開き、法案をまとめた。
内容もおおむね遺族の希望に沿う。対策の柱となる実態の調査研究は労災認定されたケースだけでなく、業務に関連し死亡した事案を幅広く対象に。労災認定されなかったり、そもそも申請に至らなかったりと、過労死が疑われても詳細が明らかにならないことが多いためだ。
息子が勤務先の社員寮で自殺し労災認定を求めたが、証拠が集まらず断念した経験のある大阪府の富原美恵さん(64)は「認定されるのは氷山の一角。泣き寝入りする人がほとんどだ」と話す。
法律は国に対策のための大綱作りや、国会へ年次報告することも義務付ける。厚生労働省は今後、予算確保などの準備作業を進めていく考えだ。
▼タイミング
法律が成立すれば、過労死対策に責任を負うことになる安倍政権。「日本の成長のため、柔軟な働き方ができるように変えていく」という首相の号令の下、働く時間を自由裁量にする代わりに残業代などを支払わない「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入を含め、労働時間の規制緩和を推し進めている。
厚労省は導入の対象を高収入で専門性の高い職種に絞り込む方向で検討しているが、政府の産業競争力会議の民間議員は、より広い層とするよう求めた経緯があり、調整は難航している。
首相は長時間労働抑制策もセットにする考えを示すが、過労死問題に取り組む和泉貴士弁護士は「労働時間が管理されなくなれば、成果が出るまで働かされる労働者が増える恐れがある」と指摘。今回の法律は規制や罰則を定めていないが、「政権の雇用改革が進む中、いいタイミングで法律ができることになる。国や企業への一定の歯止めになる」と評価する。
法制定に向け尽力した関西大の森岡孝二名誉教授(企業社会論)は「日本の労働生産性が下がっているのは、働き過ぎで労働者が疲労し意欲をそがれているのが原因。規制緩和は乱暴な議論だ」と批判。調査研究を通じ、過重労働の実態が明らかになるよう期待した。