中日新聞 2014年6月6日
改正高年齢者雇用安定法で昨年から、企業は希望する全従業員を六十五歳まで雇用するよう義務づけられた。ただ、働くことができても現役時代との待遇の落差で、家計を大幅に見直さねばならない人が増えている。「仕事がない」などと露骨に自発的な離職を促すケースも。公的年金の支給開始年齢引き上げが背景にあり、労働者や経営体力のない企業が締め付けられている。
「最低賃金の時給七百八十円」。愛知県内の製造業に長年勤め、昨年末に定年を迎えた男性(60)は、その三週間前に会社から提示された再雇用の契約内容に目を疑った。パートタイムで勤務時間も短いため、ひと月の収入は手取りで八万円ほど。定年前の約三分の一以下になる。「以前に再雇用された先輩の話から、八割程度と思っていた」と男性。二十万円強の収入を見込んでいたため、これでは将来の見通しが大きく狂ってしまう。
契約に合意できないまま、労働基準監督署に相談すると「雇用契約がないので対応できない」と相手にしてもらえない。次に行ったハローワークでは、職員から「最低賃金をクリアしているので、違法でもなんでもない」と言われた。男性は高年齢雇用継続給付金を受けられるはずだが、そうした仕組みなどの説明もなく、突き放されたような気分になったという。
「まだ働きたいのに、会社や行政から『おまえに働く場所はない』と言われているようだ」。会社に従業員組合はないため、個人で加入できる合同労組に加入し契約条件変更などを求め交渉を続けている。
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機器メンテナンスの会社で働き、今年四月に定年を迎えた名古屋市内の男性(60)も、定年直前に示された条件に驚いた。週四日勤務で月収は手取りで十二万円強。以前の四分の一になってしまう。男性は定年後の雇用条件を示すよう、一年前から会社に求めてきた。しかし、具体的な回答どころか「残っても耐えられないよ」「年金がもらえるまで、貯金で生活しなさい」などと、上司に諭されたという。同期の一人は離職を決めた。
それでも男性は条件をのんだ。六十歳支給開始の企業年金や高年齢雇用継続給付などで、当面の生活の見通しは立った。当然、生命保険の解約や出費を抑えるなどして、家計を見直した結果だ。「安定した給料が当たり前と思っていた自分の考えは甘かった。定年がこれからの人は、自分に何ができるのか早めに考えた方がいい」と話す。
◆「65歳」義務化、企業も対応苦慮
「高年齢者雇用安定法が企業に義務付けたのは雇用の確保だけで、待遇は企業に委ねられた」と、第一東京弁護士会労働法制委員会で問題を調査した近衛大弁護士は指摘する。現行の労働法制は、企業に正社員の六十歳までの雇用と待遇の確保を強いている。企業はこれを前提に人件費の配分を決める。
ところが、高齢者人口の増加などに伴う年金財政の悪化もあり、厚生年金の支給開始年齢は六十五歳へと段階的に引き上げられている。定年退職後、年金受給までの無収入期間をカバーするため、六十五歳までの雇用を義務づけた。ただ、改正高年齢者雇用安定法には再雇用する期間を段階的に引き上げる経過措置があり、完全義務づけは二〇二五年度になる。
企業は再雇用者の人件費を捻出せねばならず、定年前の基本給減額や新規採用の抑制などの対応もしているが、再雇用者の待遇まで手が回らないのが実情だ。
雇用延長の動きが段階的に始まった〇六年当時は、景気回復に伴う労働力不足があった。しかし、〇八年のリーマン・ショック以降、非正規労働者の増加や若者の就職難など、厳しい雇用環境が続いている。近衛さんは「年金や労働政策の不備のつけが、民間に押し付けられた形となっている」と話している。 (林勝)