朝日デジタル 2014年10月23日
マタニティー・ハラスメント(マタハラ)をめぐり、妊娠・出産を理由にした降格は「原則違法」とする判断を最高裁が示した。4年にわたって裁判を闘ってきた原告の女性だけでなく、同じようにマタハラ被害にあった女性たちも喜びの声を上げた。
23日の最高裁の判決後、上告した女性は、代理人の下中奈美弁護士を通じ、コメントを発表した。
「あきらめず、声をあげてよかったと、喜びの気持ちです。これまで何度も憤り、傷つき、悔しい思いをしてきました。新しい命を宿した女性がこのような苦しみを受けることはあまりに酷です」
裁判では、妊娠や出産を理由に女性労働者に不利益な扱いをすることを禁じた男女雇用機会均等法の9条3項の解釈が、争点となった。広島市内で会見した下中弁護士は「均等法9条3項違反について一定の基準が示された。多くの女性にとって朗報だ」と、最高裁判決を歓迎した。
判決は、妊娠中に負担の少ない業務に移ったことをきっかけに降格させることは、原則として「違法」と明言した。違法にならないのは、労働者が降格に同意した場合や、降格させないことが業務上の支障になる場合などに限る、とした。下中弁護士は「労働者が(使用者側の)法違反を立証する責任を軽くする効果があるのではないか」と評価する。
会社の意向に逆らえず、労働者がしぶしぶ降格に同意することも考えられる。しかし、最高裁判決は、降格による利益や不利益がはっきりと説明されているなど、合意が自由な意思によるものであると判断できる事情が必要だとして、歯止めをかけた。
「安心して子を宿し、子を産み、子を育てながら、働きがいのある仕事を続けられるようになってほしい。そのために、今日の判決が役立ってほしいと切に願っています」。上告した女性はコメントの中で、マタハラに苦しむほかの女性たちを思いやった。
一方、女性が働いていた福島生協病院を運営する広島中央保健生活協同組合(広島市西区)は「最高裁の判決は誠実に受け止めたい。判決内容を見て対応を考えたい」と取材に答えた。
被害者らでマタハラをなくそうと7月につくった「マタニティハラスメント対策ネットワーク(マタハラnet)」のメンバーや支援者ら15人もこの日、都内に集まり、判決を待った。
世話人をつとめる圷(あくつ)由美子弁護士が「均等法に真正面から向き合った、非常に画期的な判決。これから女性たちが声を上げやすくなる」と解説した。
マタハラnetの代表をつとめる小酒部さやかさん(37)は「マタハラのない社会にしていくための、大きな一歩になってよかった。勇気をもらった」と話した。
この春、育休から復帰する直前で「子どもの病気で穴をあけられると困る」と退職を迫られ、断ると解雇されたという都内の30代女性は「会社側は妊娠や出産をめぐる法律を守ろうという意識がとても薄い。今回の最高裁判決で、流れを変えていきたい」と語った。
■マタハラ相談増加 年3千件超
妊娠や出産で女性が退職せざるをえないなど、マタハラそのものは、昔からあった。ただ、「子どもができたら退職するのは自然」という意識を持つ女性もいたり、慣れない乳児の世話に追われて声を上げられず、泣き寝入りしたりする女性が多く、これまで表面化してこなかった。
「マタハラ」という言葉が注目されるようになったのは昨年だ。労働組合の中央組織・連合が、マタハラの意識調査を発表したのがきっかけとされる。
調査では、妊娠経験のある働く女性のうち、4人に1人がマタハラ被害の経験があると回答。その傾向は今年の調査でも変わらない=グラフ。多いのは「心ない言葉を言われた」(10・3%)、「妊娠を相談できる職場の文化ではなかった」(8・2%)、「解雇や契約打ち切り、自主退職への誘導」(5・6%)などだ。
マタハラという言葉が知られるにつれ、「わたしのケースもマタハラでは」といった相談が、連合や全国の労働局などに多く寄せられるようになった。各地の労働局に寄せられたマタハラの相談は、2013年度は3371件と、前年度より2割弱増えた。
「働く女性とマタニティ・ハラスメント」の著書がある立教大社会福祉研究所の杉浦浩美・特任研究員は「マタハラは日本の職場のあり方が引き起こす構造的な問題だ」と指摘する。育児や介護などに責任をもたず、時間の制限なく働ける人を評価する風潮が日本の企業社会に根強くあるため、妊娠・出産する女性を排除しようというマタハラが起きやすい、という。
マタハラnet代表の小酒部さんは「マタハラ問題に取り組むことで、長時間労働が当たり前になっている日本の働き方を変えていくきっかけにしたい」という。(岡林佐和、編集委員・沢路毅彦)