特集ワイド:続報真相 座談会 「女性活躍」の違和感 なぜ?

http://mainichi.jp/shimen/news/20141031dde012010002000c.html
毎日新聞 2014年10月31日 東京夕刊

詩人・社会学者の水無田気流さん=武市公孝撮影
作家の雨宮処凛さん=武市公孝撮影
政治学者の岡田憲治さん=武市公孝撮影
3人の写真は省略
 
女性が活躍できないよりは、できる社会の方がいい。でも、安倍晋三内閣に女性活躍担当相が置かれ、「女性活躍推進法案」が閣議決定されても、「女性活躍」という言葉に違和感を感じてしまうのはなぜ? 社会学者で詩人の水無田気流さん(44)、反貧困ネットワーク世話人で作家の雨宮処凜さん(39)、政治学者の岡田憲治さん(52)が語り合った。【まとめ・小国綾子、写真・武市公孝】

◇自己責任、さらに重く−−詩人・社会学者、水無田気流さん
◇切り捨てられた思いがする−−作家・雨宮処凜さん
◇「本音は経済成長」見える−−政治学者・岡田憲治さん

−−「女性活躍」という言葉に、違和感があるという声が出ています。

水無田 女性に目が向いた点は評価すべきですが「女性活躍」の語には違和感を覚えました。総務省の「社会生活基本調査 生活時間に関する結果」をみると、外で働くだけではなく家事や育児など無償労働を含む労働時間の合計は女性の方が男性よりも長く、逆に睡眠時間は短い。学校のPTA活動などを通して地域社会に貢献しているのも主に女性です。

一方、年間を通じて給与所得がある女性でも、その約7割が年収300万円以下です。つまり、女性はすでに活躍しているのに、社会がその活躍に見合う評価をしてこなかった。社会の側の問題が大きいのに、「女性活躍」なんて言われると「女性が自己責任でもっと頑張れ」と言われた気がします。

雨宮 最初に「女性活躍」と聞いた時、すごく変だなと思いました。「男性活躍」なんて言葉、使わないじゃないですか。「男性が輝く」とも言わないでしょう。

岡田 「男女平等参画担当大臣」でいいのに、なぜ「女性活躍担当大臣」にしたのか。そこを考える必要があります。安倍首相や有村治子・女性活躍担当相は、選択的夫婦別姓に反対するなど、復古的な家族観を持つ政治団体、日本会議のメンバーです。有村さんは妊娠中絶にも反対。安倍政権の多くの閣僚が3年抱っこし放題、内助の功で家庭を守るといった古い家庭のイメージを抱いている。「女性活躍」と整合性がない。そこがうさん臭いんです。

−−法案では2020年までに「指導的地位にある者に占める女性の割合を3割にすること」を目指すと明記されています。これは多くの女性を勇気づけたのでしょうか。

雨宮 全然。現実には、働く女性の約6割が非正規雇用で、単身女性の3人に1人が貧困で、シングルマザーなど1人親世帯の貧困率は5割を超え、65歳以上の単身女性の半分が貧困なんですよ。

政府がまずやるべきことは、一番弱い立場の人たちの底上げをはかることでしょう? それなのにこの法案が「活躍」を促す対象の女性のイメージは、高学歴で正社員で時間のやりくりも上手で健康で、子育てにも前向きなスーパーウーマン。年収700万円以上、上位3%の女性のための法案に見えます。

これを自分のための法律だって思えた女性が何人いるんでしょうか。むしろ、切り捨てられた思いになった女性が多いと思う。「活躍を期待される女性の枠に私は入らない」「弱者として不利益を被ってきた女性のための法律なのに、実はその法律の枠からも私は漏れるんだ」と。

岡田 私自身が子育て中なので幼い子を持つ母親の悩みをよく聞きますが、「女性活躍」では解決できない悩みばかりです。公立保育所は待機児童が多くて民間の高額の保育所に入れるしかなく、パート代が保育料に消えてしまうと嘆く人。介護を抱え、家にがんじがらめにされている人。貧困ぎりぎりで、将来の展望など持てない若い母親。

むしろ彼女たちが気にしているのは活躍法案より配偶者控除の行方です。安倍首相は「103万円の壁」ゆえ既婚女性はフルタイムで働かないと説明しますが、周囲の幼稚園ママたちは「ちゃんちゃらおかしい」と言い放ちます。「一度退職したら非正規雇用しかない」「子育てで、長時間労働できないのに」と。「103万円の壁がなくなったからもっと働こう」なんて思う人はあまりいないでしょう。

水無田 この国では女性は子供を産んだ途端、低賃金職になってしまう。経済協力開発機構(OECD)の調査では子供を持つフルタイム労働者の男女賃金格差が一番大きいのが日本。正規雇用者同士の男女賃金格差は縮小しつつありますが、子どもがいる女性は同年齢の男性の4割以下しか賃金をもらえていない。子供がいると長時間労働ができず、出世レースから外れる。日本では、家事や育児を妻に丸投げできる男性以外は「周辺労働者」になるしかない。

雨宮 安倍政権のいう「活躍する女性」のパートナーの男性像が想像できないんです。家事や育児をちゃんとやるのかな。

岡田 法案には、男性も育児や介護に参加できるよう時短を促進するとありますが、具体的な道筋は書かれていない。2世、3世だらけの政治家は、自分の父親が家事をする姿を見たことがなく、「女性活躍」を支える夫像など見えないのではないか。

−−「国から活躍しろと言われるのが嫌」とも聞きます。

岡田 「女性活躍」と抱き合わせで議論が始まった配偶者控除の廃止は、財務省の悲願です。厚生労働省はパート労働者から社会保険料を取ることも検討し始めている。安倍政権の「女性活躍」は本人の幸せではなく、国家の成長戦略で、人口減少時代の労働力確保が目的だという政府のホンネを、女性たちが看破しているのではないか。

雨宮 派遣労働の期限を事実上撤廃する労働者派遣法の改悪もそう。派遣で働く人の6割が女性です。このままではさらに女性の雇用は不安定化し、「安心して働ける」環境とはますます程遠くなる。派遣法改悪は「女性活躍」と矛盾します。

岡田 そもそも、男女平等は憲法で守られている。経済成長のために実現するものではなく、たとえ国の成長の足かせになろうと、実現していくべきものなんです。

女性活躍推進法案は努力目標ばかりで、罰則規定もない。どう実現するのか、具体的な道筋が何も見えない。

水無田 20年までに、指導的地位の女性を3割にするという。でも、男女雇用機会均等法以降、総合職の女性がどの程度就労継続できているかを調べた調査があります。10年間で約7割は退職し、2割は一般職に転換する。出世するのは残りのたった1割。出世したその女性たちは同年齢階層の男性よりも長時間働いている。そんな働き方を3割に、というのはますます女性を苦しめるだけです。

雨宮 私を含むロスジェネ世代の目には、この法案の描く「活躍」はリアリティーのない絵空事にしか見えませんね。40歳前後を迎えたロスジェネ世代は、雇用が不安定だったり貧しかったりすることで、結婚など考えられず、女性であれば出産をあきらめる時期に直面しているんです。

でも、一部の「活躍」できている女性も幸せには見えない。以前、味の素のテレビコマーシャルがネット上で話題になりました。働く母親が自転車で保育園に子供を預けに行き、仕事に行き、働いて、また保育園にお迎えに行き、家に帰って食事を作って……。次の日に過労死するんじゃないか、って。

水無田 それが今の女性のリアルです。日本の母親は「時間貧困」。ライフコースも「30歳までに結婚し、出産までに仕事のキャリアを積み、35歳までに出産する」という理想モデルを実現するためには、20代半ばから30代半ばのわずか10年間が勝負です。

岡田 この国はいったいいつから何もかもが自己責任に還元されるようになったのか。女性が活躍できる社会を実現するには、指導的地位の女性の数を増やすだけでなく、多様な家族のあり方を認めることからはじめなければいけません。

水無田 本当に。少子化を克服した先進国は、事実婚など多様な家族のあり方を認めています。要は子供の絶対平等を守る。それが未来の平等を守ることだからです。

今、女性の間の格差がどんどん広がっています。それを放置しながら「女性は子供を2人以上産んで、家事も育児もこなしつつ、仕事も続けて活躍しろ」と言われても、究極の勝ち組女性ではない、普通の女性が「活躍」できる道筋は見えません。

「活躍」できない女性は自己責任と言われ、「だから女性活躍なんてダメ」という結論にしないためにも、女性が生きやすく能力を発揮しやすいよう社会環境を変えていく必要があります。

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■人物略歴
みなした・きりう
1970年神奈川県生まれ。立教大社会学部兼任講師。近著は「無頼化した女たち」。1児の母親。
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■人物略歴
◇あまみや・かりん
1975年北海道生まれ。著書「生きさせろ! 難民化する若者たち」で日本ジャーナリスト会議賞。
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■人物略歴
◇おかだ・けんじ
1962年東京都生まれ。専修大法学部教授。近著は「ええ、政治ですが、それが何か?」。2児の父親
 

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