http://www.sankei.com/west/news/150107/wst1501070004-n1.html
産経WEST 2015/01/08
精神疾患と自殺の労災件数の推移(省略)
壮絶なパワーハラスメントや「ブラック」と批判されたあの有名企業の業績悪化−。昨年は過労死・過労自殺関連のニュースが相次いだ。個別のケースを振り返ると、パワハラをした上司や安全配慮を怠った経営者についても個人責任が問われる傾向がうかがえる。11月には、過労死・過労自殺防止を国の責務と明記した「過労死等防止対策推進法」が施行された。今年こそ、職場環境の悪化に歯止めをかけられるのか。
手帳の言葉、揺るがぬ証拠に
「会社の代表者や当事者は全く謝りません。判決は、当然の結果だと思っています」。パワハラによる過労自殺で命を絶った新入社員の男性=当時(19)=の父親は昨年11月28日、会社側の責任を認めた福井地裁の判決を受け、こうコメントした。
男性は高校卒業後の平成22年4月、福井市の消火器販売会社に入社。わずか8カ月後の同年12月に自宅で首をつった。
24年7月、福井労働基準監督署が労災を認定し、父親は会社と当時の上司に計約1億1千万円の損害賠償を求め提訴。地裁は「上司の発言は指導の域を超えた人格否定で、典型的なパワハラだ」と指摘し、会社と当時の上司に計約7200万円の支払いを命じた。
決め手となったのは、男性が残した手帳だった。仕事を覚えるために持ち歩いていたのだろう。上司の発言内容を詳細に記していたのだ。
「辞めればいい、死んでしまえばいい」「もう直らないならこの世から消えてしまえ」。手帳には震えるような文字で、仕事の失敗をあげつらう上司の言葉が書き連ねてあった。
父親はこうコメントを続けている。「息子の死に顔には、険しい眉の跡だけが残りました。このような思いをするのは、私どもだけで十分です」
入院患者の前で説教と暴行
人命を預かる医療現場でも、パワハラによる過労自殺は起きている。
公立八鹿(ようか)病院(兵庫県養父市)で勤務していた男性医師=当時(34)=の過労自殺をめぐり、両親が計約1億7700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、鳥取地裁米子支部は昨年5月26日、病院側と元上司2人に計約8千万円の支払いを命じた。
男性は19年10月、鳥取大から公立八鹿病院に派遣され、整形外科医として勤務。同年12月に官舎で自殺した。22年8月には公務員の労災に当たる公務災害が認定されている。
時間外労働が月174〜206時間にのぼっていた上、男性は上司2人から叱責と暴行を受けており、地裁支部は「社会通念で許される指導や叱責の範囲を明らかに超える」と断じた。
判決によると、上司は回診中に看護師や入院患者の前で男性に説教を繰り返し、介助の要領が悪いという理由で頭をたたいた。自殺の5日前には仕事ぶりが給料に見合わないとして「両親に連絡しようか」と言い放った。
上司の上役もこうした言動を黙認し、自らも手術中に「大学でできたことがなぜできんのだ」「田舎の病院と思ってナメとるのか」などと叱責したという。
病院側は「パワハラではなく必要な指導だった」と主張していたが、男性の前にこの2人に仕えた医師らは、陳述書の中でこう回想している。
「蹴ったりたたいたり頭突きをしたり。ただのストレスのはけ口だった」「できれば記憶から消し去りたい経験だ」
休日に使い走り
慢性的な人手不足や長時間労働が指摘され、過労死・過労自殺の事案が絶えない外食産業。26年は首都圏を中心に展開する「ステーキのくいしんぼ」の運営会社「サン・チャレンジ」(東京都渋谷区)がやり玉に挙がった。
渋谷センター街店の店長だった男性=当時(24)=の過労自殺について、東京地裁は11月4日、会社と社長、上司に当たる当時のエリアマネジャーに計約5790万円の支払いを命じた。特筆すべきは「自殺した本人に過失はなかった」として、過失相殺による賠償額の減額を認めなかったことだ。
男性はアルバイトとして採用された後、19年8〜9月に正社員となり、21年7月に店長に昇格。22年11月に店舗の事務室の非常階段で首を吊った。渋谷労働基準監督署が24年3月に労災認定している。
自殺7カ月前の時間外労働は月162〜227時間で、この間の休日がわずか2日。残業代に当たる割増賃金の支払いはなかったという。
過酷な長時間労働に加え、判決は「限度を明らかに超えるパワハラがあった」と指摘した。上司は「本当にばかだね」「おまえは使えない」などと暴言を吐き、厨房のしゃもじで頭を殴るなどの暴力をふるっていたというのだ。
上司はプライベートにも干渉していた。交際相手の女性と別れるよう説得し、男性に携帯電話を替えさせた上で、番号を交際相手に教えないよう命じた。休日のデート中に電話をかけ、ソースを買ってくるよう使い走りもさせた。勤務終了後の深夜には、カラオケや釣りに付き合わせた。
追い込まれた男性は、携帯電話に両親に宛てたメールを残していた。
「出来の悪い息子でしたが 感謝しています 産んでくれてありがとうございます 相談なしですみません 1からやり直したいとおもいます」
メールは未送信だったという。
ワタミショック…50億円の下方修正
外食産業では、居酒屋チェーンを経営する「ワタミフードサービス」の女性社員=当時(26)=が過労自殺した事案も、余波が続いている。
両親が創業者の渡邉美樹参院議員らワタミ側に「懲罰的慰謝料」を含む約1億5300万円の損害賠償を求めた訴訟で、渡邉氏本人が昨年3月27日、東京地裁で行われた口頭弁論に出廷した。
渡邉氏は「自ら絶たれた命の道義的責任を重く受け止める」とする陳述書を提出し、法廷で謝罪した。一方で「法的責任の見解相違については司法の判断を仰ぎ、司法の結論に従う」とも述べ、争う姿勢を崩すことはなかった。
ワタミは5月19日、遺族の心情を察した結果として、渡邉氏のメッセージをまとめた社員向けの内部文書「理念集」から「365日24時間死ぬまで働け」という表現を削除したと発表。26年度の重点目標に労働環境の改善を掲げ、27年3月末までに居酒屋などの店舗を102店閉鎖し、1店舗当たりの社員数を1・86人から2・50人に高めるとしている。
それでも26年9月期の中間連結決算では、グループ全体の売上高が前年同期比3・8%減の777億円と低迷し、10億円の営業赤字に転落した。通期の業績予想も最終黒字20億円から30億円の赤字へと大幅に下方修正している。
居酒屋業界はワタミに限らず全体が不振にあえいでいるが、女性社員の過労自殺に端を発した「ブラック」の悪評が業績に暗い影を落としていることは、疑いようがない。
氷山の一角…過労死防止法で調査研究は進むか
26年6月に厚生労働省が発表した25年度の統計では、仕事で鬱病などの精神疾患にかかって労災申請をした人は1409人にのぼり、過去最多を更新。うち未遂を含む過労自殺は177人だった。
労災認定されたのは436人。引き金となった出来事としては「嫌がらせやいじめ」と「仕事内容や仕事量の変化」がいずれも55人で最多となった。
もちろんこれらは氷山の一角だ。閉ざされた職場で心を病み、過労自殺の危機にひんしている労働者が存在することは、想像に難くない。
26年11月1日に施行された「過労死等防止対策推進法」は、過労死・過労自殺を国の責務で防ぐことを明記している。遺族と労使の代表者、専門家でつくる推進協議会から意見を聴いた上で、防止対策を計画的に進める大綱づくりを義務づけているのだ。
対策の柱に据えているのが、実態の調査研究だ。対象には労災認定の事案だけでなく、個人事業主や会社役員などの突然死も対象に含めている。
遺族らとともに法律制定を求めてきた森岡孝二・関西大名誉教授(企業社会論)は「従業員の健康管理情報や労災が申請されたケースの詳細な元データなど、事業者と政府が可能な限り社会に情報開示していくことが望まれる」と指摘している。